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お前らなんなんだよ



(あー…まーほうがぁー、つーかえたぁーーーならぁー、こんなとこからぁー、帰られるのにぃー♪あーーーぁあーーーー♪)


謎の現実逃避ソングを脳内で歌う俺を、誰も責めないでくれ!


威圧を放つ二人を目の前にして決して両手に花! とか喜べない状況下で、笑顔だけはなんとかキープしているんだから。


「あー…ははは。えー…っと、やっぱり俺、帰ってイイデスカ?」


何とか逃げたい。どうにかして理由をつけたい。


「この茶は美味いのに、飲まずに帰るのか」


ニコニコと目の前で同じカップに入ったお茶を、帯剣したオッサンがごくりと飲む。


俺だって飲んでいいものなら、普通に飲むっての。


(自白剤って、なに! って、弱とか書かれているけど、弱だろうが強だろうが、自白剤は自白剤だろ?)


俺がそのことに気づいているのを、二人は分かった上で飲めって空気を醸し出しているのか?


(っていうか、俺、なんでこんな目に?)


考えれば考えるだけ、焦れば焦るだけ、喉がどんどんカラカラになっていく。


(家にいたら、普通に食い物も飲み物も安全なものを手に出来るのに)


太ももの上でこぶしをぎゅっと握って、家に帰りたい気持ちで胸を満たす。


「「…おぉ……」」


うつむいていた俺の頭頂部あたりで、コトンという音と同時に左右の二人の声がした。


「え?」


驚くようなその声に、思わず顔を上げると。


「…は」


見覚えがあるグラスに、今朝二杯も飲んだ冷えた緑茶が入っていた。


(え? 俺んちじゃなくても、これって有効なのか?)


今まで試してもいなかったからか、俺がこの場所で一番驚いている。


チリッとノイズみたいに、また脳内に文字が浮かぶ。


『よく冷えた緑茶。美味い。いい茶葉を使ってます』


謎の美味しいですよアピール付きで。


この場所で提供されたハーブティーじゃなく、見慣れたグラスを手にして俺はのどを潤していく。二人が俺の一挙手一投足をものすごく凝視していることに気づいてても。


(ただ飲んでるだけなのに、ここまで見られなきゃいけないなんて)


落ち着かない気持ちで飲み干した緑茶のグラスが消えて、目の前で現れたのはあたたかい茶色いお茶だ。


「「……っっ!!」」


二人が息を飲んだのがわかった。


多分、ほうじ茶…かな。とか思っていると、脳内に正解が浮かぶ。


『ほうじ茶。癒し効果はバツグンだ!』


…なに、そのどこぞのゲームのバトルの最中にありそうなコメントは。


(たしかにあったかいお茶は、ここに来てから癒されまくってるけどさ)


二人の視線を見ないふりして、すし屋の湯飲みを手にしてほうじ茶をすする。


「…っはー」


いつものくせで、勝手に声が出た。たったそれだけでまったりしすぎだ。


(目の前には、自白剤入りハーブティーがあるってのに)


どんな顔をしていいのかわからず、「あ…はは」と笑いつつ茶をすする。


すると、帯剣をした方のオッサンが「つかぬことを…」と話しかけてきた。


「は…。な、ナンデスカ」


噛みかけながら、返事をする俺に、オッサンは同じほうじ茶を所望してきた。


「あまりにも美味そうに飲むのでな」


それだけの理由で。


「い…いいですけど。よくあるお茶ですよ?」


「かまわん!」


俺とオッサンの会話の後に、所長からもついでにと頼まれる。


二人へ視線を動かしてから、小さくため息を吐き。


「……どうぞ」


二つの湯飲みを、それぞれの前に置く。


「これが…っ」


「…ほぉ」


よくわからない声をあげながら、二人が湯飲みを手にした。


…が、オッサンの方は、湯飲みが熱いのか、一瞬ビクッとしてからハンカチを取り出してハンカチ越しに湯飲みを手にした。


(…これ、本当に効果あるんだろうな? 俺がイメージしたのそのままなら、あのお茶になってるはずなんだ)


こういうのって、意趣返しとかいうのかな。


鑑定らしいのは使えていたみたいだけど、自分が飲むもの以外には表示不可? それとも、今後みられるようになるのか?


二人に出したほうじ茶をどれだけ凝視していても、あの表示は脳内に現れない。


『自白剤(中)』くらいのを含んだほうじ茶をイメージして、ここに用意した。


緊張をごまかすように、自分のほうじ茶をゴクゴク飲む俺。


なんか甘いものが欲しい。…ああ、どら焼きとかそんな感じのやつ食いたい。


とか思っていたら、カチャンという皿がテーブルにぶつかった音がして、現れたのはどら焼きだ。


(…出ちゃうんだ。食い物も、問題なく)


「あの…よかったら……どうぞ。お菓子みたいなもんなんですけど」


結果的に、俺が接待している状態になってきた。なんか、カオスだ。


「茶色いな」


「…茶色いですね」


見たことがない甘味なのか、色の感想だけが応酬される二人の前で。


「…あむ、んっ、美味っ」


俺はためらう様子もなく、かぶりついた。


粒あんだ、粒あん。小豆の皮が歯の裏に引っつくとかいって、こしあんが好きって人もいるけど、俺は小豆っぽさを堪能したいから粒あん派。


で、ほうじ茶…っと。


緑茶の方がいいんだろうけど、ま…これはこれでいい。


二人が俺の様子を見つつ、同じように素手で持ってかぶりつき細かく何度もうなずく。


半分ほどまで食べてから、「くどさがないのがいい」と嬉しそうな声をあげた。


と、ここまでほうじ茶だのどら焼きだのを提供してから、ちょっと後悔。


(睡眠薬を仕込んどけば、眠った隙に逃げられたじゃん)


なんて、若干不穏な内容で。


ずずずっ……もぐ…もぐもぐ…ゴクン…。


男三人が集う部屋で、茶をすする音とどら焼きを食う音が繰り返されてく。


(自白剤って、どれくらいの時間で効果が出るもんなのかな)


意趣返しを仕掛けたものの、その手の知識はほぼ無い俺。二人の様子を黙って見ているしか出来ないでいる。


「…茶のお代わりがないもんか」


とか右から声がかかり、


「この菓子は、うちの家内に土産にしたい」


と、左から目尻を下げながら言われたり。


「え…っと、俺はどうすれば?」


従えってことなのかな、これ。それとも、お願いなのか?


ドキドキしながら、二人へ確認をしてみれば、互いに互いを見つめてから「「いやいやいやいや、それはないだろう」」と、打ち合わせでもしていたかのように同じ言葉を吐いた。


ないだろうって、何に対しての言葉なんだよ。


戸惑う俺をほっといて、二人がものすごい早口で言い合いを始めた。


「茶の代わりなら、まーだ、話が通じるだろうが、さすがに菓子の代わりとかは図々しかろう」


「いやいや、お茶のお代わりだって大差ないでしょう? どうして私だけそんなことを言われるのか…心外ですな」


「何を言ってる」


「いやいや、そちらこそ」


「だがしかし、この茶は美味いだろう? もう一杯飲みたくなったのだから、物は試しに口にしてみてもよかろう? 所詮、欲があってこそなのだから」


「欲? まあ、それはわからなくはないですけどね。…ええ。ですが、この私の家内への愛情からの申し出を、ただのお茶のお代わりと一緒にしていただきたくないな。崇高な愛情ゆえに、彼女の喜んだ顔が見たいという…その気持ちへの冒涜と受け取っても?」


「…あぁん? そうか…そうか…そうきたか。おい、表に出ろ。元同じ隊にいたよしみだ。手加減をしてやるから、かかってこい。買った方が、彼への申し出を許されるというのはどうだ」


「はぁあああ? お前の尻拭いを何年してやってると思っている。何かにつけ、とうに部署は違うというのに、俺の方にお前の部下の嘆きの声が届く身になってみろ。普段のそういったことへの詫びとは思えんのか」


「…おい。いろいろボロが出始めているぞ」


「あ?」


「まあ、いい。…おい、水兎と言ったか。茶をくれ、さっきと同じものだ」


「おい! お前だけか! 俺にもさっきと同じ菓子を!」


「はぁ?」


「あぁ?」


途中から立ち上がって、やいのやいの言い合う二人。もしかしてこれって、薬効いてる影響か?


自白剤が効いているかハッキリしないけど、ごく…っと生唾を飲んでから二人へと問いかけた。


「あのー…俺、どうしてここにいるんでしょう」


なるべくのんびりした口調で。


すると二人が、眉を吊り上げて汗をダラダラかきながらこう言った。


「「んなもん、相当振りの決算前の漂流者が現れたのに、顔見知りにならない理由がないだろう!」」


と。


本当に打ち合わせとか無しで、これ?


…にしても、だ。


それなのか、理由は。


「今期の対象者は、かなりな能力持ちと聞いているしな」


「そうだそうだ」


「恩を売れば、こちらを助けてくれるやもしれん」


「まさしく!」


「本人から能力含めて諸々の情報と、困っていることを聞けば、きっと!」


「きっと!」


オッサン…それで、昨日…あの場所にいたのか。カルチャースクールの先生からでも、連絡がいったのかな。


自白剤が効いていそうな気配を感じて、続けて質問をする。


「もしかして俺の顔写真でも、出回ってるの?」


そうじゃなきゃ、名前だけで申し込んだのに、即バレとか…俺にはよくわからない事態で。


「この街の上層部には渡されているぞ。…ほら」


そういいながら、二人がポケットから取り出したのは俺の写真。


「えぇええええっっ」


これ、役所で手続きしていた時の俺じゃん。どういうこと。犯罪者かアイドルのそれか…みたいな写真って…なんなの。


はぁー……とため息を吐き、ついでに質問をする。


「俺を……飼い殺しみたいなことでもするわけ?」


自分の胸の奥の奥が冷えていく感覚があって、会社にいた時の自分の姿が脳裏に浮かんだ。


「恩を売る? 売って、俺になんの見返りが? こんな風に自白剤を仕込んだハーブティーなんか飲ませようとしておきながら?」


自分の声がどんどん低くなっていくのが、嫌ってくらい耳に入る。


「え? 自白剤?」


とか所長が口にしたけど、知らないはずないだろ? アンタんとこの職員が茶を持ってきたんだから。お前の指示だろ。


(あぁ…俺、怒ってるのか)


腹が立ちすぎると、逆に冷静になっていくんだな。俺。


「…………ふう。どうぞ、お納めください。そして今後一切! 俺にかかわらないでください。なにかあれば、こちからかお話に伺いますから」


テーブルの上には、あたたかいほうじ茶。それと、土産用にラッピングされたどら焼き。


イラつき、思わずかぶっていたニット帽をグッと握ってむしるように勢いよく脱いだ。


「「……あ」」


二人の視線が、俺であって微妙に俺じゃない場所へと動く。


(やっぱ、髪に何かあるのか?)


自分にだけわからないナニカにも、イラっとしつつ。


「それでは失礼します」


帽子を手に握ったまま、二人を置き去りにして部屋を出ていく。


勢いよくドアを開けると、その先には数人の職員らしいのが俺たちがいた部屋の様子を伺っていたようだった。


「帰ります。避けてくれませんか? …邪魔です」


冷えた声がそう告げると、昔教科書で見たことがある光景が目の前にあった。


モーゼの十戒だっけ。


海か何かが割れて、道が出来るやつ。あんな風に職員の連中が廊下の左右に分かれていき、その間を俺は歩いていく。


豚の色をした建物を出て、時計に指をあてる。


外に出なきゃよかったのか? 上層部ってどっからどこまでだよ。俺はどこにも行けないの? 行かない方がいいのか?


(誰にも、どこにも…頼るなってことなのか?)


奥歯をギュッと噛んだつもりが、口の中を噛んでしまったよう。


「…痛ぇ」


肉を噛んだような、コリッという音が耳まで響いて。


「自分の音なのに、気持ち悪いな」


嫌悪感を抱いた。


建物内には、鍵穴が存在していたようだ。一番近いものは、施設内を示している。


「その次のやつ……っと、意外と離れてるな」


ナビを見ながら、トボボトと歩いていく。


うつむき、下ばっかりを見て。


ナビ通りに進めば、元いたところにもよくあったような電気屋があると示されている。


ややしばらくして、その電気屋に近づいた。そのタイミングで顔を上げると、電気屋の横に見慣れた感じのイラストの看板が見えた。


「隣にあるの、ドーナツ屋?」


自分の感覚では、そこまで時間が経ったように思えないけど、妙に懐かしさを感じる看板だ。


食べたい? 食べたくない? と自問自答をしながら、信号を渡って右へと曲がる。


転移の鍵穴は、電気屋の中だ。


ふらふらっと店に近づき、ドーナツ屋のドアを押し開ける。


トレイはあるのに、挟むトングみたいなものがない。自分の横には、同じように買いにきた獣人がいた。


見よう見まねで買ってみることにする。


(…ふんふん。トレイを一度指先で触れて。それから…ケースに入っているドーナツのガラスの板面を、指先で欲しい個数分タッチするのか。……ちゃんとトレイに入るんだな、それだけのことで)


チラチラ見ながら、三つくらいのドーナツをトレイにのせて、レジの方へと向かう。


「こちら、三個ごとにおまけがついていますが?」


「おまけ」


「はい!」


そう言われて、メニュー表みたいなものを見下ろせば、よくわからないキャラクターの小さいトートバッグみたいなのがあって。


「これくらいの大きさでーす」


と言いながら、目の前に出してきたトートバッグはかなり小さめ。トートバッグっていうよりも、ランチバッグくらいの大きさだ。


「…じゃ、ちょうだい」


何に使うでもないけど、後でほしくなっても手に入らないのは嫌だなとなんとなく思った。それだけ。


ドーナツを一緒に受け取って、支払いをすませ、電気屋の鍵穴の場所をさがす。


ここに来るまでの間に、いくからだけど気持ちは落ち着いてきた。


いくらか…っていいつつも、ホントにちょこっとだけ。


かんたんに飲み込めるものじゃなかった。


「帰って、ドーナツに癒してもらお」


紙袋に入ったそれは、遠い昔に同級生たちと行ったことがある店に似てて。


鍵穴に鍵を挿しかけて、手が止まる。


ふと思ったのは、この場所には俺がいた場所を思い出させるものや仕組みが多すぎるってこと。


帰れないのに帰りたくなるような、人の心の傷に触れてくる感じが…イヤだ。


紙袋をつかむ指先に、自然と力が入って。


「あーぁ」


帰ってから見た紙袋は、中身こそ大丈夫だったけど、かなりクシャクシャになって元には戻せないほどで。


「もう、元には戻せないか」


自分の口から出たその言葉が、やけに不快で仕方がなく。


たとえ事実なんだとしても、帰っても居場所なんかないって思えても、やっぱり帰りたいとどこか思ってしまう自分に苛立ちはじめていた。



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