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正解は、チュロス




「…へぇ」


飯を食って満たされたからか、寝落ちして、気づけば深夜。


まっ裸に腰にタオルだけ巻いて飯食って、寝落ち。…バカすぎんだろ。


もそもそと動き、寝室まで行き着替えてバスタオルも片して、掘りごたつの部屋へ。


…で。何がどうしたのか目がさめてから急に調べたのが、あの映画館で食ったものの正式名称。


元いたとこだと、チュロスって名前で、ここでの名前は『ぽいチュロ』とか書かれてる。


「ぽい…って、それっぽいのぽいからのネーミングじゃねぇだろうな」


書かれている情報と、誰か知らないけどそのネーミングセンスに、テキトーすぎないか? と呆れたり。


へぇ…と思わずこぼれたのも、バカじゃね? と思った瞬間にこぼれた一言だ。


チュロスっぽい……。味とか作り方は同じなのかな、別なのかな。味自体は美味かったと思う。腹持ちよかったし。


「…って、脱線してる場合じゃないんだよな」


夢を見た。寝落ちして、中途半端に寝ちゃったからなのか、寝ちゃ起き寝ちゃ起きを細かく繰り返しては起き上がらずにいたら結構時間になってた…ってオチの中での夢なんだけどさ。


でも単純に夢と片づけるには惜しい内容だった。しっかり覚えているから、話になるってもんだけど。


俺がいるこの街で、就職しようと思えば役所みたいなのとか、カルチャースクールのあの連中みたいなのもあるけど、いわゆる警察や農家や酪農家のそれじゃないけどそういう獣? 魔物? を狩る仕事もあって。


そういう仕事に就くには、格闘だったり、魔法が使えるのが必須で。そのための講習ってのが開かれていると。


そもそもの話。まずは仕事をするための登録ってとこだ。いわゆるハロワ的な?


ハロワっぽいそこで、適性検査を受けることが出来て、その時に自分の中の能力をいろいろ調べることも出来るとか書いてある。


「っても、フルコンプな魔法にプラスで使ってみたい魔法を創造出来ちゃうとか…相手次第じゃ、いいように使われそうな」


使い物になるって言われるのは、きっと悪いことじゃないんだろうけど。あの会社みたいに俺が何のためにしないでもいい苦労をしながらあのマニュアルを作ってあそこまでの状態に持っていってたかを見ないような相手だったら…イヤだな。


言葉にするとすごく単純なイヤだなって感情は、思ったよりも俺の胸の奥の方にしこりみたいに傷を残してる。


きっとずっと残っていくんだろう。癒えることがあっても、傷ついた事実は変わらない。変えられない。


仕事の出来だけじゃなくて、経過を蔑ろにしない人に出会えたらなぁ…。


「…………また、腹減ってきた」


あれこれ考えると、腹減るのか? 


「なーんか、俺。こっち来てから、食ってばっか」


元の方でまともな食生活してなかった反動か? ってくらいに、飯食ってる気がする。


さっき飲んだ豚汁、美味かったなー。


そういや、あまった豚汁にうどんぶち込んで豚汁うどんって…まんまだろ! ってのを、父親が母親に作ってもらってたな。


余りものって言い方するとアレだけど、うどんを入れただけで有効活用かつ腹が満たされるって…最高だろ? って言ってたな。


その頃、有効活用って言葉を知らなかったから、なにが? と思いながらも最後まで食い切るっていうのには、悪いことのように感じなかった気がする。


アレが食いたい、アレ。


「んんんん-ーーーっっ」


今日食った豚汁をなるべく思い出して、それにうどんっていうイメージを浮かべる。


「……え? こっちの方?」


目の前に出てきた豚汁うどんに、思わずあげた声は具材の意外さ。


さっき食べたやつの中に、さらに白菜とじゃがいもが増えている。その二つが入った豚汁には、見覚えがある。


「これ、叔母さんとこのメニューじゃん」


母親が作った豚汁の記憶は、かなり薄い。だから、さっき食ったやつをイメージしたはずだったのに、どこかで叔母さんの店で出してるのが混ざったのか。


手をあわせて、最初にじゃがいもに手をつける。


ほくほくの芋のまわりがとろっと溶けかかってて、それが汁の方にも甘みやとろみを出して何とも言えない自然の甘さが好きだった。


箸で軽くつまんで、半分に割る。かんたんに割れた芋は、口に入れて一口噛んだだけでホロッと崩れてく。


「は…ぁ。あんま、じゃがいも食う方じゃないけど、この中に入ってるのは好きだったな」


汁をすすり飲み、それからうどんをすする。


この豚汁うどんの時は、平うどんじゃなくて細めの丸うどんの方が好きだ。


「ず…ずずっ……はー…これこれ。豚汁うどん、最強じゃん」


静かな部屋で、うどんをすする音だけが響く。


一味をかけて、味変。


そうして、またすすり食う。


ちゅるりとうどんをすすり、咀嚼して。ふと、思う。


「俺、一人飯ばっかだな。気づけば」


就職してからは、友達と飯を食うどころでもなく、家での飯か叔母さんのとこでか。どっちにしても一人飯ばっか。


叔母さんの店で食ってる時は、他の客もいたし、甥っ子だってバレてからは声をかけてくれるおっさんとかいたけど、結局食うのはいつも一人だった。


「今まで考えたことなかったけど、俺って寂しい人? もしかして」


言葉にしてみたら、思ったよりも滑稽で。


人恋しいとか思う時期はとっくに過ぎていたはずなんだけど、仕事をしなくてよくて、時間に追われなくてよくなったら…すこしだけ人恋しく思えてきた。


猫の齋藤と過ごしたわずかな時間は、思ったよりも楽しく過ごせた。


(ただの役所の職員なんだけどな)


連絡先を交換したわけでもない。その辺で会えたら、他愛ない話ができたらいいなってレベル。…くらいには、なってるよな? そう思ってるのって、俺だけ?


(…うっわ。こういうの相手にわざわざ聞くことじゃないだけに、確認できないってやつ。…気になったまんまになるんだろうなー)


何とも言えない気持ちになりながら、最後のうどんをすする。


豚汁が、芋のせいかやっぱりすこしとろッとしてて、飲めば体の隅々まで温めてくれる。


「あー…! あっちぃ。汗かいた」


そういいながら、冷たい緑茶を思い浮かべて目の前に出てきたところを一気に飲む。


「っっ…はー…っ、美味っ」


こっちでまともな食事をしていくと、ちょっとずつ自分の中に食へのこだわりとか好き嫌いがあるのを思い出す。


二杯目の冷たい緑茶を飲みながら、自分が苦手な食材ってあったっけ? と考えて…。


気づけば、こたつのテーブル板に突っ伏して寝てた。


「…んんー…っ」


思いきり伸びて、ついでに掘りごたつから出てすこし体を動かしてみる。


「たしかこんな風に…」


座って足を伸ばして、片方の足をクロスしつつ上半身を捩じるようにして…。


「ぐえ…」


なまってる。この体は若いはずなのに、体の造りは元の俺のままだったりする?


反対へも同じように捻って…を三回ずつやって、それから背中側で手をあわせてみる。


なんだっけ、肩甲骨がどうとかってやつ。


(うちの母親、壊滅的にアチコチ固すぎて、これ出来なかったっけな。背中を掻くのも一苦労って言ったな)


懐かしいことを思い出しながら、そうして背中側で手をあわせ、そのままあぐらをかいた格好で体を前にゆっくり倒して…っと。


「う…ぐ」


なんかいろいろダメな気がする。


魔法のこともだけど、普段から自分をケアする方法を知っていくのも、自分癒しにもつながるんじゃないかなー。


散歩とかからでもいいから、なんかやった方がいいのか? どうなんだ?


「でも、昨日みたいに変なのに囲まれそうになった時に対策を手にしてからのが…?」


一晩経ってみても、あの時の何とも言えない心地は抜けていなくて。


たとえ相手が悪人じゃなかったとしても、いきなりオネェと仲間たち! みたいに立たれてて恐怖を感じないなんて無理だろ。


魔法か格闘かっていったら、これからやるなら魔法一択な気がするんだけど、まずは使い方…か。


とりあえずハロワっぽいとこ、行ってみるか。


「またハズレだったり、変なのに囲まれたら…って想像するのも嫌だけどな。かといって、このままでいるのは暮らしにくい。俺的には、そっちの方が精神的な負荷高めだなぁ」


行くか行かないか。天秤にかけてみて、やっぱ昨日のことは怖かったけど、このままでいるのはもっと嫌なんだ。


直接的に暴力とか魔法攻撃とかでもあれば、別なとこへの相談案件だったんだろうなーと思いつつも、意外と打たれ強いなと思った俺。


自問自答じゃないけど、ああいうことがあったらどうにかしたいとか考えること自体しないのかもって、心のどっかで思ってたのに。


実際、寝て起きて、飯食って。ちゃんと感情が働いてるし、生きようとしてんのか飯も食えるし。


あの会社にいた時も、飯が食えているうちはまだ大丈夫っていう謎の判断材料だった飯項目。食えるか否かってのが、生存本能っぽいなと思ったり思わなかったり。


いつかの話。俺が飯を食わなくなったら、きっといろいろ諦めた時だろう。


「…さーて…っと、服選んでくるか。今日行くとこは、動きやすい格好の方がいいかな」


昨日のカーゴパンツの色違いに、袖もヒラヒラしていない普通のシャツ。長袖でいいか。


カーゴパンツは…これ何色? どっかの軍隊にありそうな緑って、何色っての?


「それと、今日もニット帽かぶっていくか」


髪を寄せながらニット帽をかぶって、裾からすこし飛び出ている髪を後ろに流す。


かぶる直前に髪を凝視してみたけど、やっぱここに来てから繰り返し見ているアッシュグレーの髪でしかない。


「……よくわかんねぇや」


全体を鏡で見てから、ボソッと文句のようにこぼしてクローゼットを閉めた。


持ち物を確かめて、しっかり鍵を閉めてバス停に向かう。


今日は昨日よりも余裕をもって出かけられた。


すこしどんよりした空は、俺の気持ちを映したみたいで。


新しく手に入れた折りたたみ傘は、今日も俺の持ち物に含まれる。


昨日とは違う方へと曲がっていくバス。見慣れない景色に、何とも言えない不安感を抱えつつ、運転手の頭上にある表示を眺めている。


時計を料金箱の横にあてて、支払いをして。


「…っと、こっから12~13分。…結構細かいな、時間設定」


こういうナビって、どれくらいの速さで歩いてる前提での時間を表してんのかな。


車とかだと、制限速度内って設定なのかな? もしかして。


銀杏によく似た新緑の葉がたくさん付きだしている並木道を横切って、ピンクとも肌色とも言い難いカラーリングの建物を見つけた。


ナビは、そこがその場所だって示しているんだけど、俺的にその色は「豚っぽいな」という色合いで。


それ以降、俺の中で(ああ、あの豚の)となにかにつけて脳内に出てくることになる。


建物に入ると、数人の女性の獣人っぽいのがいて、胸にはプレートで『案内係』と書かれている。その中のリスっぽい女性に声をかけて、かいつまんで説明するとこちらへと言わんばかりな感じで案内してくれる。


リスの尻尾ってふっかふかだなとか思いながら、後をついていく俺なんだけど、なんか視線が痛い。


(なんか、すごく見られてんだけど。変わった格好でもしてきたっけ? 今日)


街中で映画を見た時だって、猫の齋藤と一緒にいた時だって、元いた場所でその辺のやつが着ていたような服ばっかだった。そこまで差がない状態で、可もなく不可もなくな格好にしたんだけど。こういう場所で推奨とされる服がわかんないんだから。


「こちらへどうぞ。所長が対応いたしますので」


席に案内されて、かけられた言葉に思わず立ち上がった。


「なっ! なんで所長!?」


他の人たちみたいに、いたって普通の職員が対応してくれるんだとばかり思ってたのに。


「どうしてそんな…上の人が」


俺がいくら尋ねても、ここまで案内してくれたリスの女性は微笑んでスーーーッといなくなってしまう。


数分ほどして、奥の方から細身でメガネをかけたロバっぽい顔つきの所長と書かれたプレートをつけた男性がやってきた。


「…あっ、あのっ…俺」


別に所長なんて上の人じゃなくても…と言おうとすると、ニッコリ微笑んで「こちらへどうぞ。奥の方で対応させていただきますね」と伝える前に、妙な圧を感じながら奥の部屋へ案内されるハメに。


「あ、待って…っ」


なんとか言おうとするのに、近からず遠からずな距離で声をかけるのには思ったよりも声を張らなきゃいけないほどで。


「あのっ!」


俺の声が届いたのか、ロバの所長が足を止めて振り返る。


ホッとして続きの言葉を言おうとすると、俺が口を開いたと同時に「この中へどうぞ」と微笑みと共にドアが開かれた。


「待ってください! あの! 俺はっ」


なんとか伝えたくて口を開いたのに、「…おや」の声にその続きがとまった。


部屋の入り口で立ち止まった俺の背を、ロバの所長がやんわりとした手つきで、けれど拒むことを許さないほどの強さで押す。


よろけて部屋の中に入った俺の目の前に、わずかな記憶がよみがえる。


「…昨日はどうも」


見覚えのある格好。


(そりゃそうだろ、昨日の今日だ)


白い長めのジャケットに、腰に帯剣しているオッサン。昨日あの場所にいた一人じゃねぇか。


ゴクッと生唾を飲み、一歩下がる俺の背にやわらかくも硬いものがあたる。


左上を仰ぎ見ると、ここまで案内してくれたロバの所長が、俺がこれ以上下がるのを拒むようにそこにいて。


「水兎さん。そちらのソファー席の方にどうぞ。今、職員が飲み物を持ってきますので」


飲んでいくよね? と言わんばかりに、女性にするエスコートのように俺に手を差し出す。


首をブンブンと左右に振る俺に、目の前のオッサンがあごにあるヒゲなのか毛なのかわからないものを手のひらで撫でつけながら。


「ここの茶は、大変美味いぞ。飲んでいくといい」


まるで自分の家の茶だとでも言ってるかのように、自慢げにうなずいている。


逃げ場を失くした俺は、そのままよろけながらソファー席にドスンと腰を落とす。


よく見れば、ここへと示された席は上座じゃないだろうか。多分だけど。


(なんで俺がこの席に)


戸惑いながら、左にロバの所長、右になんだろうな…人に結構近い感じの獣人? 動物っぽさが少なめだな、この人。トラかなんかそれっぽいけど、毛色は白なんだよなぁ。その、謎の隊服を着たオッサンが座している。


すこしして、さっきとは違う職員がお茶を持ってくる。


お茶なんだけど、ティーカップに入ってきた。紅茶っぽくも見えるな、これ。


「さあ、どうぞ。特別なお茶を用意させていただきましたので」


所長がそう口火を切ったものの、俺はい香りを放っているこのお茶に口をつけるのをためらう。


「……あ、あぁ。毒見をしましょうか?」


まるでどこぞの貴族相手みたいな会話に、俺は顔をこわばらせながらリアクションに困っていた。


(このタイミングで鑑定が使えるようになるなんて)


ごく…っと、唾を飲む音がやたら部屋に響く。


頭の中に映像が浮かぶ。


黒地に白文字で、『ハーブティー・自白剤(弱)』とか書かれるのを見ちゃった後で、これのことか? と手をつけるにはいろんな意味で勇気がいる。


何かを自白させられる? でもなにを? 俺、どういう扱いの対象者? 何かの疑いをかけられている? この場所に来たのはたまたまだったのに。確定したのだって、ほぼ今朝だったのに。


「喉、渇いてないんで」


そういいながら、ソーサーごとお茶をテーブルの中ほどに押し出す。


特に鑑定と呟きもしていないのに、いきなり脳内だけに浮かんだその映像に、内心目の前のハーブティーを一気飲みしたいほど喉が渇いていくのを感じていた。



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