第十一章 『御前会議』 その2
議長のザイルに促され、カンが、まず『月の神殿』内に潜入してからの経緯を説明すると、矢継ぎ早に質問が沸き起こった。
「で、その『魔月』とは、一体、何なのでしょうか・・」
「一言で言えば・・反『月の神』です。シュメリアから主神の影響を駆逐しようとする意図のようです」
「それは、また」
「ミタン一行を狙った事件では、現国王の王位簒奪が目的のようでしたが・・それですと、シュメリアの体制そのものを転覆させようとしているようにも思えますが」
「多分・・。それも武力ではなく、国体の中枢を狙うと云う巧妙なやりかたで・・」
「しかし、その首謀者シャラは、シュラ王の従兄なのでしょう・・。自らも主神『月の神』を仰ぐ、聖なる『月の系譜』に属するはずですが」
「その辺りは何故なのか、まだ判然としないのですが・・。その『魔月』の目的と言うのが・・」
そこで、コウの蘇った記憶が明かされた。
『月の王宮』、『月の宮殿』及び『月の神殿』で、『魔月の宴』を行い、『魔月』即ち、反『月の神』の力を集約する。
それは、その三か処を繋いで出来る『魔月の三角地帯』を開けるための、謂わば梃の力のようなもので、その三カ処に膨大な〝魔月〟の力が加わることで、その繋いだ線に亀裂が入り、『魔月』界への扉が開くというのだ・・。
「・・で、何が、起こるんだ」
「それも、まだ不明ですが・・」
「確か、陛下も以前、何か仰っておられましたね・・」
そう言って、ザイルは精霊の女王に視線を向けた。
が、リデンは何か自らの心の内でも覗いているかのような面持ちでいた。
「・・『月の神』の反対勢力でも、大挙して現れるんでしょうか。・・〝魔月界〟、と言うなら」
「つまり、シュメリア王国の地下には、革命を目論む輩が潜んでいるのか・・」
「或いは・・囚われているのかも知れませんね・・」
「どちらにせよ、そんな扉、開けたくないわな」
「しかも、〝扉〟と言っても凄い規模ですよね」
「・・シュメリアのほゞ半分だろう」
「反対に、こちらが・・その異界に呑みこまれてしまいそうですね」
「いや、もしかすると、それが目的かも知れんな」
俄かには信じがたい話にも関わらず、いきなり核心に触れるような反応が出て来た。
その時、急に暖かな日差しが傾き、列席者は皆、常春の森には稀なゾクッとするような妙な寒さを覚えた。
「しかし、そのコウの記憶自体、亡くなられたジュメ大使が現れて語った事だということなのでしょう・・」
「・・しかし、その・・大丈夫なんですか、そのジュメ氏の甥っ子というのは・・」
先程から興味深そうにやり取りを聞いていたトルクの大臣、ネルが口を挟んだ。
彼は何度かジュメと酒を酌み交わしたことがある。
(・・あのしっかり者の・・ジュメ大臣の亡霊?)
「・・確かに、やや憑り込まれやすいところは、窺えますな」
「それを言うなら、そのシャラとやらの方でしょうが・・そんな奇想に憑りつかれているなんて」
「じゃ、あの以前の奇妙な噂は、本当のことなんですかね・・」
ネルが言った。
トルクでも一時期、そのシュメリアの噂のことは話題になっていた。
「月夜の水の中から、ナンかが出て来て・・人を殺すって話ですか」
「つまり、水中にもどこかに通じる扉・・いや、栓ですかな、そんなものがあるってことですかな・・」
「リデン様の泉にさえ、ナンか現れましたからね」
それにはリデン側の何人かが、苦笑の表情を見せた。
「至るところに村や集落が現れたって話もありますよ。でも行ってみると、そこはただの廃墟で・・」
「そりゃ、噂に乗じた単なる悪戯じゃなかったんですか」
「しかし亡くなったジュメ大使は、それを信じていたらしいのです・・色々調査をなさって・・」
ハルが三年近く前の経緯について話した。
「・・シュメリアの古代史にも嵌まっておられたらしいのですが、何故か、それを裏付ける物が何も残されていないのです」
「・・それで、律儀なジュメ殿は・・亡者となっても、何とかその調査結果を報告しようとなさっておられるのか」
妙に納得したようにネルが言った。