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『月の迷宮』(第2巻)「禁断の塔の戦いへの叙事詩より 及び 外伝」  作者: nico


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外伝 その六 『精霊の病』①



 リデンがシュメリアに来て数年・・シュラ王は変わることなく、美しく機知に富む精霊の女王に魅了されていた。

 

リデンの方はといえば、『精霊の森』への思いは尽きなかったが、新たな森と緑野の創生に着手して以来、次第にその渇いた心も癒されていった。同時に、自然の破壊者にして、その再生に対しても全面的な協力を惜しまないシュラへの奇妙な思いも・・微妙に変化を遂げていったもた


 大海原のような砂丘に難破舟の帆柱のように沈んで行くかと思われた一本の若木は、その渇いた地下から懸命に水を吸い上げ、今やシッカリと根を張っている。その周りにもこんもりとした木立ちが茂り、難破する小舟を繋ぎ止める小島へとその風景を変えている。


 リデンは時折、広いテラスに置かれた天蓋から下りた紗を脇に纏め、見事に織り上げられた敷物の上に並べられたクッションに凭れて・・そんな変わりゆく景観を眺めていた。


「・・またあの木々をご覧になっているのですか」

 

 その声に振り向くと、シュラの姿があった。


「嬉しいですね・・貴女がそんな顔をして下さるなんて」

 

 振り向いたリデンは、相手の姿に無意識に微笑んでいたらしい。

 侍女達が美酒と美味しい肴や果実を運んで来た。楽師達は静かに心地よい楽の音を奏し始めた。


「昨日、戻る途中でバーラの辺りを見て参りました。随分と育っていましたね・・」


 リデンの近くに腰を下ろすと、シュラはそう言った。

 

 シュラは暫く都を離れていて戻ったばかりだった。この王都に被害が及ぶ事はなくても国境周辺は戦火の中で、その発端の当事者であるシュラ王の不在の故は明らかだった。

 

 しかし、ここではまるで・・世界はどこも平和が続いているかのようだ。


 もちろん当初は戦争に関する話題抜きにはゆかず、お互いに王国の統治者として議論は白熱し、機知の応酬が皮肉の応酬に代わり・・着地点がずれた。シュラがリデンをシュメリアに招いた地点と。


 リデンの方も、本来の理性的なる精霊の女王はどこに・・と、自らの思わぬ〝情熱〟に困惑した。

 しかし、真の戦うべき対象を見極め、その戦いを開始し・・そして邁進している内に、落ち着きを取り戻したのか・・。


「・・次は、トードの方面に着手いたします」

「トード・・?あそこは水が豊富なところでしたね、元々・・」

「ええ・・今、水源を掘り起こしています」

「それでですか。チャドの部隊を派遣なさったのは・・」

「ええ・・」

 

 シュラはリデンの要請には何でも応えた。そしてその一番の要求は、常にシュメリア軍そのものだった。


「うちの陣営が、手薄になるじゃないですか・・」

「いくら破壊なさっても、ムダよ」

「この私に、そんな自然を動かす力があるなどと、『精霊の森』の女王様が思って下さるのは光栄ですが・・」


 シュラには、沃野を砂漠に変えたなどと云う大それた自覚はない。むしろ最近では、自分こそ自然環境再生の推進者だとさえ自負している。

 果たしてシュメリアの太陽が暑過ぎるせいなのか・・時折リデンでさえそんな気がして来るほどだ。


「少し・・陽にお焼けになりましたか・・」

「そうでしょうか・・」

 

 リデンには然程自覚がない。深い森の空気が育てた美しいリデンの肌質は、強い陽射しを浴びても却って光を跳ね返すように輝くだけだった。しかしヴェールを被っているとはいえ、連日各地に出かけているのだ。

 

 そんなリデンは、シュラの目には触れがたい精霊の女王の魅力は残したまま、同時に魅惑的な地上の女人に近づいたような気さえする・・その言動でさえ、時折、生身の女のような稚拙さが窺えるほどだ。


〝・・もし、リデン様を永遠に失いたくないとお思いでしたら、いかなる不埒な行いにも及ぶことはございませぬように・・〟

 

 とは、リデンの忠実な侍女フィーナの進言だが・・。


 

 その日以来、シュラは美しい夕陽が砂丘を染める夕べの毎にリデンの許を訪れ・・そしてリデンにも、精霊の心では分からない何かが生まれていた・・。


 いつものように侍女達が美酒と肴を用意し、楽士達が音楽を奏でるその夕べ・・篝火が落ち、火を継ごうと立ち上がった侍男をさり気なく侍従長が止めた。

 

 砂丘の稜線を照らす満ちた月の輝きがテラスに灯り、神秘なる夜の光を降り注いでいた・・。


 ふと気づくと・・何時の間にか楽の音が止んでいる。

 振り返ると、目の前に拡がる大海原に漂う小舟に二人を残して、テラスから人の姿が消えている。

 更に小舟を月夜の凪ぎの海へと漕ぎ出すためか、天蓋の紗が、まるで帆のように撓んで落ちた・・。


 

 暫くしてリデンは重い病に臥せた。王宮の御典医にも何の治療法も見出せず、リデンの肌は透き通るような色合いを帯び、誰の目にも今や人間的な生命から離脱した正しく〝精霊〟そのもののように映った。


「リデン様のご症状は、〝精霊の病〟でございます。これは誰にも手を施すことは出来ないものなのでございます・・」


 が、〝精霊の病〟とは何かと尋ねるシュラに、フィーナは言葉を濁しただけだった。


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