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第十章 『巣窟』 その3



「ペリさま、これをお飲み下さい。飲み終えたら参りましょう」

 

 前日の夕刻、サアラの家にやって来たシャールは、ペリに一杯の飲み物を与えた。

 ひどく甘かった。それを飲み終えたペリは、一年近く一緒に暮らしたサアラに暇を告げた。


「・・早く良くなってね・・そしたら、また一緒に暮しましょうね・・ずっとよ・・」

「・・ええ、サアラ・・すぐに戻ってくるわ・・」


 そう言ってまるで本当の姉妹のように抱き合うと、ペリはあの〝お山〟の強い霊力で不治の病を治すために出発した。



 小さな身体で何時間も歩いたペリはその間、自分でもびっくりするくらい疲れも知らずにシャールの歩調に合せて歩いた。

 

 やがて辿り着いた森の中の小屋には、男が一人いて、二人が入ると直ぐに扉の閂を下ろした。

 それから、シャールと男は小声で何かのやり取りをしていた。

 シャールが視線で外を示して言った言葉は、ペリにも聞こえた。


「ネズミ・・」

 

 その言葉に男はニヤッと笑った。シャールの口角もちょっと上がった。

 それから男が床の一部を持ち上げると、シャールはペリを促してその下に続く階段を降り、その先の狭い通路をペリの肩を抱いて歩き出した。


 ・・それまで全く疲れ知らずだったぺリは、その地下道を進むうちに眠気で朦朧としてきた。

 シャールはそんなぺリを抱き上げて抱えると、そのままその長い地下通路を先に急いだ。

 ・・シャールの衣を通して、暖かな体温が伝わって来る。

 半分微睡みながら、ペリはそのことに不思議な思いがしていた・・。


 シャールは何故かいつも冷たい水を連想させる・・この地下もそんな水のようにヒンヤリとしている。・・でも、その手が携える一本の松明が映し出すこの狭い空間の中では、その伝わる体温に妙に安心して・・目を閉じると、いつの間にかその力強い腕の中に全身を預けて眠りに入っていた・・。



 目が覚めると、ぺリは広い洞屈の中の大きな寝台の上にいた。

 天上の高い岩の重なりから、帯のように光が差し込んでいた。


 ここが、『春の森』から遠くに見えたあの山の中なのだろうか・・狭いサアラの小屋で迎える朝とは随分違う。起き上がって、辺りを見回す・・。


 大きな台の上に、必要なものが一通りきれいに並べて置いてある。

 畳んである柔らかな布地を手にとって広げてみた。その上質な織物のローブを手にした途端、ふとあの男達が語ったことを思い出した・・ペリはミタンの王女だと。

 ペリはいつも首に架けている鎖を衣の中から出すと、外して眺めてみた。


 そこに付いている二枚の銀の飾りには、幾つもの細い線で描かれた透かし模様が施されている。

 熱から醒めたぺリに、サアラが渡してくれたもの。

 以来、なぜか外に出しておくといけないような気がして・・いつも衣の中に入れていた。


〝・・私が差し上げた物は、ちゃんと身に付けておられますか・・〟

 あの男達の一人がそう言った。


 それをまた服の下に隠すと、洞室の中を一回りしてみた。


 奥の壁際には大きな棚が置かれ、外部に面した岩壁の上は少し引っ込み、そこに格子戸の入った窓がある。

 部屋の端の三段の石段の先が出入り口らしかったが、頑丈な木の格子扉は設錠してあり開かない。そこから覗くと、更にその先にも同じような格子扉が垣間見えた。


 再び寝台に座り、台の上の小さな銀の鈴を手に持って振ってみた。

 鈴の音が驚くほど鮮明に辺りに響いた・・。


「お目覚めになられましたか・・」

 

 その声に振り向くと、神官の衣を纏った若い男が手に水差しを持って、その出入り口から現れた。


「シャラ様から、こちらでお世話をするよう仰せつかったセブともうします」


(・・シャラ・・『月の宮殿』の主・・?)

 ぺリは、あの男達の話を思い出した・・。


 セブは女のように柔らかな物腰の見習神官で、すぐに食事を乗せた御盆を運んで来た。そしてペリが食べている間、好奇心旺盛なその質問に丁寧に答えてくれた。


 ここは『月の神殿』内の居住区の一角だが、他とは少し離れているので、外部の物音からは断絶している。この岩屋の外には門番がいるが、二重の格子扉になっているため、外廊下からは部屋の中は殆ど見えない。しかし鈴の音は外にもよく聞こえ、鈴の音がなると、直ぐ近くの居室にいるセブに牢番が知らせてくれる。

 しかし、神官としてのお勤めもあるので、直ぐには来られない場合もある。


「とにかく何かご用がございましたら鳴らしてください。シャラ様は、いずれいらっしゃると思います」

「シャールもここにいるの?」

「シャール・・誰です」

「わたし・・シャールにここに連れて来られたのよ」

「・・ペルさまを、ここにお連れした方はシャラ様です」


(・・シャラ・・?・・ペル・・?)


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