最強の竜騎士ノービス・エレクトラム
俺は裏路地で座り込んだ。ドラと格闘していた時の何倍も疲れちまった。俺は宿泊している場所がエクレアと同じ部屋である事を思い出した。
ますます、やってられねえわ。部屋に帰るのが気まずくなっちまったじゃねえか。どーしてくれるんだよあの女、これからどういう顔で顔を合わせりゃいいんだ。
相手も今頃そう思っているのだろうか。と言ってもアステリオンのど真ん中でする事もねえ。かと言って、ぶらつくとイリステラ教の狂信者やら、アステリオン国民が楽しそうな目で俺を見てくるし。
あーあー、このままドラとどこか遠くへと飛び去ってやろうかな。
「少しいいか、救世主殿」
「んっ?」
ここは裏路地だ。わざわざ近づくもの好きはいない。だからここに逃げ込んだわけなんだが、そんなもの好きが俺以外にいたようだ。
救世主って呼んで来たって事は俺が一人になるタイミングを待っていたのかもしれないな。俺のが声の主の方に顔を向けると知らない顔だ。
凛々しい顔立ちの女性だ。
「誰だお前?」
「私はノービス・エレクトラム。このアステリオンの王子であるライアン王子の幼馴染にして、アステリオン竜騎士団最強の竜騎士だ」
どう反応すればいいのかわからない。何故かと言えば、この女は顔の表情が一切変わらないからだ。おまけに声にも抑揚がない。鉄仮面のように淡々と喋りかけてくる。
一言で表すのなら愛想がない。表情がコロコロと変わるエクレアとは正反対と言ってもいいだろう。
「すまない。冗談のつもりだったのだが、やはり駄目か……」
「どの辺がだよ。最強がって所か?」
最強を自画自賛する奴は始めて見たしな。まあ、竜騎士ってのはこのアステリオンにしかいないだろうから、最強の範囲が狭いからあり得るのかもしれねえけどさ。
「最強だぞ」
「冗談でも何でもねえじゃねえか!!」
「すまない。いつも顔が固くて何を考えているのかが分からないと言われているので、自画自賛する事で笑ってもらえるかと考えたのだが」
「すまんが説明されると余計に笑えねえんだよ」
最近思ったんだが、この世界の女ってろくな奴がいねえな。当然、初対面であるノービスからやばい女のにおいがプンプンするぜ。
「それで、いったい何の用なんだよ。俺は現在進行形で機嫌が悪いから、つまんねえことだったら無視するぞ」
これからどうやってエクレアをいなして、いい感じの着地所に着陸するかを考えるのに死ぬほど忙しいのだ。馬鹿の相手はしてやんねえぞ。
「いや、ずっと話しかけようとは思っていたんだが、外で聖女様と痴話喧嘩をしだしたので終わるまで待っていたのだ」
「痴話喧嘩なんかしとらんわ!! さっさと要件を言え!!」
「ああ、そうだな。私は救世主殿にお願いがあるんだ。それはな、貴方には是非ライアンを負かして聖女様と結ばれて欲しいんだ」
結ばれるかどうかわかんねえけど、ライアンにはどういう流れであろうと負けるつもりは最初からねえから言われるまでもない事だ。
「要はレースに勝って欲しいって事だろ。もちろん、勝つつもりでやるがそれでお前に何のメリットがあるんだ」
そう、ノービスが提示しているお願いに対するノービスのメリットが全くと言っていい程わからん。この国の竜騎士なら王子側についていてもよさそうなものだが。
「ふむ、確かにこれだけではいささか説明不十分か。少し恥ずかしい話になってしまうのだが聞いてくれるか?」
全然顔が恥ずかしそうではないのだが、俺はなんだかんだ言って時間を潰していので聞くだけなら聞いてやってもいいだろう。
「ああ、話してくれ」
「簡単に言ってしまうと、私は聖女様とライアン王子が婚約するのに反対なんだ。そんな事になってしまっては困ってしまう」
「それは、アステリオン国としてか」
「いや、個人的にだ。他の竜騎士は聖女様との婚約に賛成の様子だった」
まあ、イリステラ教と竜信仰が盛んなこのアステリオンだからな。
その信仰している宗教の聖女様であり、子聖竜の母親代わりもしているエクレアとの婚姻に文句を言う奴などいないだろうな。
だからこそ、個人的にってのが気になる。
「個人的にってどういうことだよ?」
「……実はだな。私はライアンの事が好きなんだ」
「はぁ!?」
驚きの発言をしてくれたよ。まさか、あの王子の事が好きな奴がいたとは。そう言えばこいつ幼馴染とか言っていたな。
「だから、私はライアンと結婚したいから聖女様は救世主殿とくっついて欲しいというわけだ。悪い話ではないだろう。このままだと私以外の竜騎士が妨害をしてくる事が考えられる。そうばれば、いくら救世主殿とは言えど、一人では捌ききれまい」
そうか失念していた。確かに竜騎士全員が参加する大規模なレースだ。敵はライアン王子だけではなく、ライアン王子の息のかかった竜騎士が俺の邪魔をしてくる可能性があるわけだ。
初心者の俺からしたら、そんな状態でまともライアンとのレースが出来るわけないだろう。そうなりゃ、この自称最強に手伝ってもらえるなら嬉しい話だ。
「なるほどな。お前はライアン王子とエクレアを婚約させたくねえから俺と組もうってわけだな」
「そういう事になるな。救世主殿としても、恋仲の聖女様をとられなくて済むと言うわけだ」
「だから、恋仲じゃねえって」
「恋仲ではないのか? あんなにも仲睦まじく会話して、二人の時間を過ごしていたのにか。私は二人を見ていたが羨ましい限りだったぞ」
ノービスは本当に心底不思議そうな物を見るような目で俺を見てきた。今の俺には、真っ直ぐ誰かの事が好きと言える人間の目を直視で見るのはきついものがある。




