人間全員が強いわけではないですよ
「それでは、まずはリュカさんとリーンさんを助ける所からですね」
「いや、二人を助けるのは後にした方がいい」
「まずは捕まっている仲間を助けるのが、大事だと思いますよ。まさか、見捨てるつもりですか!!」
「いや、リュカを俺が見捨てるわけがないだろ!! いいか、助けた所でまずは人質がいるんだ。そっちをどうにかしないとどうにもなんねえだろうが。今度は俺達もまとめて捕まっちまうぞ」
そうかって顔しやがって、当たり前じゃねえか。
リュカとリーン。そして、エクレアも人質がいたら身動きが出来なくなってしまうだろう。まずは、解決するなら人質をどうにかしてオルトを丸裸にしてから、救出するのがベターではある。だが、そんなに上手く行くかのかは未知数だ。
そう言えば、人質になっている東の町の住人はどうして逃げ出したりしないのだろうか。ちょっと前に逃げて来た人々がいたが、逃げられるのなら逃げてそうなもんなんだけどな。
「グラン、人質にされた奴らを逃がすことはできないのか。どこかに捕まっているなら、開放して逃がせばいいだろ」
「それは無理だな。人質は捕まってなんかいなからだ」
「妙だな。捕まっていないのに、オルトはどうやって管理している」
人質は多ければ多いほど、一か所に集めるのが定石だろう。だって、普通に考えりゃいろんな人がいれば自分だけ助かろうとして隙を見て逃げ出したりする奴が必ず出てくるはずだ。そこから、なし崩し的に崩壊するのが目に見えている。
「催眠をかけて、町の真ん中で立ったまんまだ。だから、管理などはしなくてもいい」
「なるほど、催眠ってのは俺が考えてるよりも便利なんだな」
聞いてる限りだと、かなりやっかいだ。複数人に同時にかけられる感じなら、逃がす行為を出来ない。催眠を解く方法でもありゃいいが。
「催眠を解いたりする方法はないのか?」
「本人をぶっ倒す」
「とっても簡単ですね!!」
「それが出来る状況なら、リュカが解決してんだろ」
それが出来ねえから、捕まっている奴らを人質にされちまってるんだろ。倒す以外の方法がなければ、不意打ちでオルトを討ち取るしかねえ。そうなれば、リュカもリーンも助け出せて話が簡単だ。それが出来ないって点に目をつむればな。
「強い衝撃を与えると目が覚めるらしい」
「強い衝撃ってどんぐらいだよ」
「オレのパンチ一回分くらいの衝撃だな。なあに、少し歯を食いしばれば大丈夫って事よ。ガハハ!!」
「ガハハじゃねえよ。なに笑ってんだ、死ねって事か?」
馬鹿じゃねえの。エクレアよりも強い一撃を一般人が受けられるわけがないだろ!! よしんば、耐えられたとしよう。何人もいる人質を一人ずつ殴っていくという、コンプライアンスも真っ青の光景なんて見たかねえし、そんな時間もねえよ。
「オレのパンチなんて、勇者に簡単に止められちまったからなら安いもんさ」
「やめろ、全ての人間を勇者の耐久力で考えんじゃねえ!! 普通の人間にその耐久力を求めんのは酷だろうが!!」
「そうでもねえって、嬢ちゃんでも受けられる程度だとは思うぞ」
「バッチコイです!!」
俺が止める前にエクレアに向けて、グランのパンチが放たれた。グランの拳は防御行動を一切しないエクレアのお腹に突き刺さった。人間が動いてはいけないスピードでノックバックしたエクレア。だが、ケロッとした表情でこっちに親指をぐっと突き立てる。
「これなら、余裕ですよ」
「ほらな」
「馬鹿共がよ。あれかな、人質を全員殴り殺して人質は実質なしです。みたいにしたいのかな」
ゴリラ共がゴリラ語で会話しとるわ。俺は人間だから、こいつらの肉体言語を理解すんのが難しいんだよ。とりあえず、催眠を解くのが難しいって事だけは理解した。
じゃあ、最悪の場合も想定しておかねえといけねえな。職業ガチャが使えればもっとよかったんだが、無い物ねだりはしねえ。
「うーん、催眠に解く方法じゃねえんだが。催眠にかかりにくい人間がいるらしいぜ。なんでも、欲望に忠実に生きている生き物は催眠にかかりにくいそうだ。つまり、我慢している人間はかかりやすいって事でもあるな」
「生き物は多かれ少なかれ我慢をして生きてるだろうし、催眠の回避方法としてはちょっとな。てか、それって誰から聞いたの?」
「本人が自慢そうに話してた」
「そう」
狡猾のオルトは割と自分の力を過信しているのかもしれないな。そう言えば、グランには聞きたい事があった。いや、魔王軍の六魔将とまともに会話できる機会なんてなかったからな。聞けるなら、聞きたい事である。
「魔王ってさ、どんな奴なんだ?」
俺の問いにグランは初めて顔をしかめた。流石に元仲間の事だし、言いにくいのかもしれんが勇者の仲間になったんだから、お前も人間側なんだからこれぐらいは教えて欲しいぜ。
「魔王様は自由なお方だ。魔物を生み出したのも出来るからやってみた、それだけらしい。俺達を生み出したのも何となくだとおっしゃっていた。魔王様からすれば、俺達が何してようが関係ないのかもしれんな。ただ、一つだけ確かな事がある。それは、人間には確実に憎悪を向けているって事だ」
「魔王に人間が何かして、恨みを買っているって事か?」
「いや、ここからは俺の感想になるがそういう感じではないと思う。ただ、憎んでいるって感じなんだ。理由があるわけじゃあないんだと思うんだ」
理由がないのに人間が嫌いねえ。それって、人が気持ち悪い生き物、例えば黒光りする虫を見た時に示す嫌悪感みたいなもんなのかね。
魔王の事を聞いたら少しはどんな奴かわかると思ったのだが、余計によくわかんなくなっちまったな。
そうこうしている間にも東の町に着いてしまった。町の近くだというのに人が一人も出歩いていなくて、そして町の中からも声が聞こえない。
明るい真昼なのにも関わらずにこれなので、不気味感がさらにましているな。はっきりと今の状態が異常である事を伝えてくれている。
俺達は外の草むらに隠れながら、町の様子を伺っている。だが、とりあえずグランには言いたい事がある。
「お前さ、体がでかすぎんだよ!! 丸見えじゃねえか、草むらに隠れろっつったろ!!」
「しょうがねえだろ、体が大きいのは生まれつきなんだからよ」
「俺は隠れる努力をしろって言いたいんだが」
体の大きさはしょうがねえけどさ、隠れる努力をしろや。なんで仁王立ちで立ってんだよ。
まあいいや、どっちにしろエクレアもグランも隠れて行動するのに向いてないだろう。俺が一人で潜入して行くしかねえようだな。
「お前らは隠れてろ、合図したら正面から突撃して来い」
「おうよ」「お任せください」
「隠れてろよ!! 絶対だぞ!!」
俺は念を押しておいて、東の町の入り口に近づいて行くのだった。




