大賢者の娘
こうして、シルドラの魔の手から何とか逃れた俺達は水の大地に何不自由ない体で水の大地に降り立った。そこから、水の大地の事なぞ知らない俺達は立ち寄った村とかで道を聞きながら、魔術国家リーンにたどり着いた。
魔術国家というだけあって、効果のわからない薬品やら、杖やらが売っている。後は今まで見た町や国の中でどこよりも静かだ。店の人も売る気がないというよりは薬品を混ぜたりして研究している感じだ。
研究成果をついでに売って金にしていると言った方がいいだろうか。売って金にするのは二の次という印象を受けた。
「さあ、大賢者リーンさんの娘であるアリシアさんに水の宝玉を貰って、リューネさんお使いであるカードを渡しましょう。おや、どうしましたかアリマ。浮かない顔をしているようですが」
「あー、いや、そんな上手くいくかなって」
「もー、アリマの悪い癖ですよ。今回は魔王を相手にするっていう大義名分がありますから大丈夫ですよ。世界の危機です、アリシアさんも快く水の宝玉を渡してくれますよ」
「だといいけどな」
最近、まともに話が進んだ試しがねえ。アリシアがどういう人物なのか知らないからわからないが、少なくともこの非常時に親子喧嘩するような奴らだって事はわかる。ここまでの旅は基本的に善人と呼べる人間が多かっただろう。果たして、アリシアはどの分類に含まれるのだろうか。
俺とエクレアはとりあえずアリシアがどこにいるのかを周り人間に聞いた。
「アリシア? ああ、大賢者様の娘さんね。それなら賢者の館にいるんじゃないかな」
どうやら、山奥とか変な場所にいるわけではないようだ。まあ、リーンも魔術国家リーンにいるって言ってたし、いなかったら困るわけだが。
ただ、気になる点が一つ。どいつもこいつもアリシアの事を大賢者の娘としか、呼ばないのだ。
「こいつら、名前で呼ばねえな」
「別にいいのではないですか? 大賢者の娘さんなのは間違ってないですし」
「まあな」
珍しく、どんどんと話が進んで行く。賢者の館と呼ばれる場所も別に隠してあるわけでもなく、一番目立つでかい建物だ。
「いや、まだだ。どうせあれだろ、賢者の館には警備が厳しくて、中に入れないとかだろ。俺は詳しいんだ」
「どれだけ、疑ってるんですか?」
賢者の館に近づくと警備に止められ、全然止められなかった。受付のお兄さんには。
「やあ、ようこそ魔術の総本山である賢者の館へ。歓迎するよ。見学なら大歓迎さ」
むしろ、こんな感じで歓迎ムードだった。あんまりにも不用心すぎやしねえか。平和ボケしてるんじゃねえかってくらいだ。
「不用心すぎねえか?」
「ハハッ、そう思うかい。でもね、わざわざこの場所を攻めようって思う人物はいないと思うしね。こんなもんで大丈夫だと思うよ」
俺とエクレアは顔を合わせる。どういう事なのかわからないが、とりあえず俺も喧嘩を売りに来たわけではない。用事を手早く済まそう。
「アリシア・ポートメントがどこにいるかわかるか」
「アリシア……ああ、大賢者の娘さんね。今なら賢者の間にいるんじゃないかな。出入りは自由だけど、ノックとかはしてね」
場所だけを教えてもらって、俺とエクレアは教えて貰った場所へと足を進める。
「なあ、大賢者と賢者って違いがあるのか?」
「さあ、流石に私もそこまでは知りませんね。大賢者は一人しか存在しないって事はわかりますけどね」
すんなりと賢者の間と呼ばれる場所についた。賢者の間とは、賢者に与えられた専用の部屋をさすらしい。さっき、近くの掲示板に書いてあった。アリシアの名前を見つけて、ノックをすると声が返ってくる。
「どうぞ」
俺達は中へと入る。大きな椅子に似合わない女性が座っていた。この部屋にはアリシアがいるはずなので、彼女が大賢者の娘であるアリシア・ポートメントなのだろう。アリシアは品定めをするように俺達を見ている。
「見かけない顔ね。水の大地出身じゃなさそう、それで一体何のようかしら」
「俺はアリマ、隣はエクレア担当直入に言うぞ。アリシアが水の宝玉を持ってるとリーンから聞いた。よかったら、譲ってくれないか?」
リーンの名前を出した途端だ。どこかの壁がミシミシと音をたてた。完全に機嫌が悪くなっている。
おいおい、ここまで仲が悪かったのかよ。リーンの野郎言っておいてくれねえとさ。こんなんなら、リーンの名前を出さなかったつーの。慎重に会話を試みた方が良さげだ。
「ふーん、母さんの使いってわけね。それで、何で私が見ず知らずの貴方達に、水の宝玉をプレゼントしなくちゃいけないの。馬鹿馬鹿しい」
辛辣というよりは、母親の名前が出て、母親の使いが相手だから反発しているといった様子だ。見た目に反して、ガキそのものと言った感じ。
アリシアの明らかに小馬鹿にするような態度にエクレアが怒りの表情を見せている。おいおい、頼むから勢いで喋るのはやめろよ。
「何ですかその態度は!! 大賢者の娘である貴方が、そんな態度ではリーンさんの名前が泣きますよ。世界の危機なんですよ、もう少し真面目に話を聞いてください!!」
いや、俺の想像が正しいならその話し方は火に油を注ぐだけだ、エクレア。
エクレアの話を最後まで聞いて、アリシアはゆっくりと椅子から立ち上がった。杖を手に持った、そして杖をエクレアに向けて振った。
「トクン」
こちらには聞こえない小さな声で何か呟いたかと思うと、杖の先から小さな光弾が発射された。勢いよく放たれた光弾はエクレアに直撃、次の瞬間だ。
エクレアは後方に吹き飛んで、扉外の壁にめり込んだ。ここで俺にもアリシアが魔術を行使したというにがわかる。
「おいっ!! いきなり何をするんだ!!」
「これでも我慢したんだけど。私って、スリーアウトまでは許してあげてるのよ」
スリーアウトという言い方。つまり、彼女をイライラさせる言葉を使うなと言う事だろう。俺も親に話をしたから、ワンアウトってとこか。しかし、それならエクレアもワンアウトのはずだが。
「ああ、言い忘れていたけど、私の事を大賢者の娘と呼んだら強制的にスリーアウトだから、よろしくね」
「いったあ、クラクラします。よくもやってくれましたね!!」
「常在魔力量からわかってたけど、魔術の効き目が薄いね。タフって感じかしら」
エクレアとアリシアは睨み合い、一触即発の空気を出している。やばいって、さっきの衝撃で人の目も集まっている。最悪、出禁になっちまうんじゃねえか。
「いい、馬鹿な貴方にも教えてあげる。今、貴方に放った魔術はトクン、衝撃を発生させる魔術よ。そして、私は貴方に一番威力の低い魔術を行使した。この意味がわかるかしら?」
「意味はわかりませんが、馬鹿にされてるって事だけはわかります!!」
「攻撃魔術にはテラ、ペタ、エクサと上級魔術になっていくの。次、貴方が馬鹿みたいに私に部屋の敷居を跨いだら、一つ上の魔術を行使するわ」
「上等ですよ。真正面から来る攻撃に何度もやられませんよ!!」
エクレアのやつ完全に頭に血が昇ってるな。熱くなりやすい体質だしなあ。エクレアなら、死にはしないと思うが次暴れたら流石に追い出しをくらう可能性も十分にある。
「エクレア、お前ちょっと外で待ってろ」
「いやです!! あの人に一発入れないと気が済みません!!」
「いやですって、お前なあ。俺達は何しにここに来たんだ。戦争でもしに来たのか?」
「……世界を守る為に水の宝玉を貰いに来ました」
「それがわかってるなら、どうすりゃいいか後はわかるよな」
俺の言葉を聞いて、エクレアは静かに引き下がった。どうやら、外で待ってくれるようだ。
「これで、満足かい。アリシアちゃん」
「私の事をちゃん付けで呼ぶなんて久しぶりの感覚ね。アンタは馬鹿じゃなさそうだから話を聞いてあげるわ。中へ入ってきなさい」
杖を収めて、アリシアは客人用のテーブルに座る。俺も静かに対面に座った。




