回復の奇跡は料理にも効く
慣れるもんで、何とか朝になるまでに少しだけ寝る事が出来た。隣でさぞ自分だけ気持ちよく寝れたエクレアは、昨日の夜の様子とは違って、元気そうである。
とりあえず、服は元の奴に戻してくれとお願いしたので元に戻った。本人は海賊らしさがあった前の方が良かったようで顔が不満げであった。
そんなこんなで、俺海賊生活二日目。何をしているかと言えば甲板を掃除している。まあ、つまり暇って事だな。シルドラにカジノのゲームのルールは夜になったら教えてくれるとの事だったので、昼間はシルドラの部下達に交じって、生活してるってわけだ。
俺はあくびしながら、仕事をしているふりをしている。
「兄貴、いいっすか?」
「何で兄貴なんだ。俺はお前とは初めて喋ったよな?」
目の前に居たのは、シルドラの部下達だ。何人もいるので、いちいち顔など覚えていない。とりあえず、俺の方を向いて兄貴と呼ばれたが、今日初めて喋った相手に兄貴と呼ばれる筋合いはねえ。
「いやー、昨日のお頭との戦いを見ましたよ。まさか、お頭と対等に渡り合える男がいるとは思いませんでしたよ。アンタも海の男っすね」
「そりゃ、どうも」
シルドラもこいつらもそうだが、俺が常に強いと思われているようだ。まあ、強いと思われていて不便な事は一切ないので、訂正などしないが。
「一緒に連れていた別嬪さんに兄貴の事聞こうと思ったら、脅かせてしまったみたいで申し訳ないっす。男で囲ったのが良くなかったようっすね。いやー、男所帯で配慮が足りなかったっす。兄貴の方から謝っといてもらえないっすか、俺達お頭から近付くの禁止されちゃって」
「えっ、なに。エクレアにセクハラしようとしたせいでぶっ飛ばされたわけじゃねーの?」
「いやいや、お頭の信念は理解しているつもりっすよ。海賊とは言っても、人さらいもしなけりゃ、不義理な事もしませんて。それに、お頭と同等の強さを持つ兄貴の女にちょっかいかけるわけがないじゃないっすか」
「じゃあ、あいつの勘違いってわけか」
昨日の様子を見るに、トラウマのせいで過剰に反応したって所だろうか。もう俺の女ではないって事をいちいち突っ込むのも嫌になってきたので、俺はもうこの件については何も言わねえからな。
「海賊なのに悪い事しねーのか」
「そりゃ、海賊同士の争いだったら相手の船を沈めるし、根こそぎ奪う事もしますよ。けどね、俺達の船のルールでお頭に一般人には迷惑を掛けないって決められているんすよ」
「そういうのちゃんと守ってんだな。ゴロツキの集まりかと思ったぜ、ちょっと見直したわ」
「まあ、ゴロツキなのは間違いないっす。行き場のない俺達をまとめ上げてくれたお頭には感謝してるんすよ。ですから、俺達は誓ってセクハラなんてしません。そりゃ、女の子との出会いが欲しくないわけじゃないっすけどね。それで、兄貴はどこであんな美人を捕まえてきたんすか教えてくださいよ」
周りを見ているとうんうんと海賊達が頷いている。お前ら、俺に話しかけてきたのって絶対にそれが聞きたかっただけだろ。まあ、隠すような話でもないんで今までの旅の事を適当にかいつまんで話した。
「はえー、でも密航はするんすね」
「金はねえからな」
何となく仕事をしながら、楽しく会話している。なんか、前々から思っていたんだけど俺ってこの異世界に来てから、女よりも男の方に慕われているような気がしないか。気のせいならいいんだけど、気のせいではない気がすんだよなあ。
「そう言えば、エクレアさん。今日は料理を振舞うつって張り切ってましたよ。俺達も女性の手料理なんて、食べた事ないんで楽しみっす」
「ふーん、あいつ料理すんだ。……んっ!? あいつが料理を!?」
「ええ、昼作るって言って厨房を借りたいと言われたんで、喜んで使ってどうぞって言ったっす」
俺の記憶が確かなら、あいつは料理など一度たりともした事がなかったはずだ。飯は基本食べる事しかしない、俺と野宿する時もあったが、基本は俺が用意していたのだ。王都で聖女として過ごしてきた機関が長いからだろう。
なので、料理などできるはずもないと思うのだが。もしかしたら、ひそかに練習をしていたのかもしれない。そんなわけねえか、一応、一応確認してきた方がいい気がしてきた。
「悪いんだけど、ここを任せていいか。少し厨房を見てくる」
「お任せを」
俺は一切掃除などしていない持ち場を全て、押し付けて厨房へと向かった。向かっている最中で既に異変が起きていた。なんていうか、臭い匂いが充満しているのだ。それが、厨房の外からでもわかる。それぐらいの異臭だ。俺は意を決して、厨房の扉を開けた。
「おや、アリマではありませんか。どうしました?」
「どうしたじゃねえよ。なに、魔女の薬品作りでもしてんのか? 紫色の煙がふいてんぞ」
「失礼な!? 料理ですよ、料理。もう少しで完成するんです」
「完成ねえ……」
俺が近づいて紫色の煙が噴き出す鍋の中を覗き込んだ。そこには、どの料理に該当するのかわからない、多分液体状なのでスープに分類される何かかが鍋に入っていた。
「これ、なんて料理?」
「もう見てわかりませんか? オールドスープですよ」
オールドスープとは、この世界で広く楽しまれているスープ料理だ。余った具材と水で混ぜ合わせて、適当な調味料で味付けして完成の忙しい母親の味方のスープだ。
昔から親しまれているって事で、オールドの名がついているのだが、決してこの泥の塊みてぇな料理ではねえはずだが。
「これって、どんな食材を混ぜたんだ」
「えっ、机の上に置いてあった物を片っ端から入れましたけど、美味しい物と美味しい物を組み合わせればきっと美味しいですよね!!」
机の上と言われたのでそちらに目を向けると確かに残骸が残っていた。なるほど、肉も魚も油も何もかもをスープにぶち込んで混ぜてるわけだ。それが、この地獄みたいな光景を作り出しているわけだな。
とりあえず、俺がするべき事はこの料理と呼ぶのもおこがましい存在を海賊の皆さんに振舞われないようにしなくてはならないな。幸い、気づくのが早かったからまだ時間がある。
「エクレア、味見したか?」
「あじ、み……?」
「わかった。もう、わかった。どうあがいても見た目の通りに鍋の存在は危険だって事がな。とりあえず、自分が食べて見て美味しいかどうか試したらどうだ」
そう言われて、ようやくエクレアは鍋のスープのような何かをすくって飲んだ。数秒後、顔を青くして地面を転げ回った。
「不味いです!! いや、なんか、なんでしょうか、これ!! 今まで食べた事ない味がします。ですが、美味しくない事だけは確かです!!」
「それを人に食わせようとしてたんだが」
大体の料理がへたくそな奴の原因は味見をしない事だからな。味見をして作ったら、最低限自分が美味しいと思う料理にはなると思うしな。後は好みの問題だろう。
「舌が焼けるかと思いました。うーん、一生懸命作ったのですが、どこで間違ってしまったのでしょうか」
「最初からじゃね。そもそも、料理なんてした事ねえ奴が何で料理しようと思ったんだよ」
「だって、アリマに食べて欲しいと思って」
「はぁー」
俺は深いため息を吐いた。鍋の元へ行き、鍋から、大量にあるスープもどきを皿に入れた。
「それどうするんですか、まさか飲むつもりですか。危ないですよ!!」
「お前は危ないと思うものを作ったのか?」
不安そうな表情をしているエクレアをよそに俺はスープを一気にかきこんだ。口の中が焼けるように熱く、ドロッとしているせいで中々喉の奥に入っていかない。味はクソ不味い。いい所はまるでないだろう。
「俺は甘やかさねえ。お前が作った料理は料理とは呼べねえし、クソ不味いかったよ」
改めて、言葉にされてエクレアはしょんぼりとした顔をした。
「だから、今度はちゃんと食べられる美味しい料理を作ってくれよな」
「はいっ!!」
俺の言葉を聞いて、エクレアは笑顔になってくれた。とりあえず、今日の昼をどうにかしなくてはならない。かと言って、作り直す食材費がねえ。
「あっ、エクレア。このスープを回復させて見てくれ」
「えっ、スープにですか!?」
「いいから」
物は試しだ。エクレアは言われた通りにスープを回復させる。すると、毒々しい色をしていたスープが透明な色へと変わって行った。
思った通りだ、スープがあまりにも不浄すぎて、エクレアの聖なる力で浄化されたようだ。
スープを改めて飲んでみると味が薄くなっていて、いい味になっていた。飲めなくもないので、ここに調味料を足せばいい感じになるだろう。
「やったなエクレア、お前の料理が邪悪すぎて聖なる力で浄化できたぞ」
「素直に喜べません!!」
その後、透明なスープは昼食として振舞われて無事に人気となった。本人はどこか不服そうな顔であったが、上手くカモフラージュしただけ喜んで欲しいものだ。




