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海賊生活の始まりじゃ

 シルドラの部屋に連れられた俺は入ってそうそう早く扉を閉めろとの指示が出た。なので、扉を閉める。


「さて、いつ気づいた?」


「正拳突きで殴った時に当たったからな。だから、女々しいって俺の言葉に過剰に反応していたわけだ」


 ふうっとシルドラはため息をついた。どうやら、シルドラの様子から俺が男の胸に触れて、女と勘違いしたという線は無くなったようだ。そういう意味でよかったよ。


「さて、お前には選択肢がある。海の底に沈むか、俺の部下となるかだ」


「秘密を知ったからには、死ぬか手元に置いておきたいってわけだな。わざわざ、生かす条件を用意した所を見ると、俺がお前が女だって事を死ぬ間際に無理矢理言いふらすような奴に見えたってわけだな」


「よくわかってるじゃねえか。答えはどうする?」


 実際だが、俺は戦闘を止められなければいきのびる為に、シルドラが女である事を暴露していただろう。


 そういう意味では、シルドラは先見の目があった。答えなどは選択の余地がないに等しいが、俺にも目的というものがある。


「部下になるのは構わないが、ずっとは無理だ。俺は水の大地にある魔術国家リーンに行かなきゃなんねえからな」


「ほう、さっきから水の大地に行きたがっていたが一体なんの用なんだ」


「世界平和」


「ハハッ、密航していた奴が世界平和を語るか!!」


 嘘は言ってねえんだがな。世界の平和を脅かす魔王を倒すために、魔術国家リーンでリーンの娘のアリシアが持つ水の宝玉を取りに向かう最中だからな。


「だが、お前が外で俺の秘密を言いふらさねえとも言えねえな。俺はこれでも、名の知れた海賊だ。女だと知られたら舐められちまう」


「そういうもんか。女海賊で船長でも全然いいと俺は思うがな」


 海って荒くれ者の男が多い印象だし、やっぱそういう所で女だと単純に舐められてしまうって事かな。


「強さだけなら、男と比べても遜色ないどころかシルドラの方が強かったけどな」


「本当か!? へへ、舐められないように鍛えていたからな」


「ああ、それは保証してもいいぜ」


 間違えなく、はぐれの村でドラキュラの部下となって、魔物になった女よりは数倍強いと思うし。シルドラも嬉しかったのか、褒められて上機嫌だ。


「正直、水の大地には俺達も向かっている最中なんだ。だから、信頼に値する人物だと俺が判断したら水の大地でお前の女と降ろしてやってもいい」


「とりあえず、エクレアは俺の女じゃねえ」


「おおっ、悪い悪い、てっきり息ぴったりだからそういうもんだと思ったぜ」


 クソ失礼な奴だ。誰があんなゴリラと恋仲になるかよ。俺は、俺を慕ってくれるお淑やかな大人の女性が好きなんだ。尻に敷かれるのは勘弁だぜ。


 というか、俺みたいな奴がエクレアの彼氏扱いはエクレアにも失礼だぞ。


「それで、お前の信頼を勝ち取るには俺はどーすりゃいい」


「話が早くて助かるぜ。水の大地に降りる時に何日か俺の仕事場で滞在する。その時に仕事を手伝ってもらうぜ。その仕事の成果次第だな」


 怖えよ。海賊のする仕事なんて、まともなわけねえだろ。一体全体どんな仕事をやらされるやら、選択肢はねえからするしかねえけどさ。


「仕事の内容は」


「俺が経営するカジノが水の大地の港町にある。そこで、お前にはディーラーをしてもらう。後はわかるだろ」


「稼げって事な」


「そういうこった」


 カジノのディーラーか。あれだろ、カードを配ったり、ルーレットを回したり、配当金を配ったりする人だろ。やった事はねえが、闘技場で戦えとか言われるよりは数百倍マシだな。まだ、やりようはある。


「まさか、海賊様の経営するカジノが普通にやって稼ぐわけじゃねえよな?」


「もちろんだ。バレなきゃ、方法は任せる。ただし、バレたら海に沈むつもりでいろよ」


 なるほど、イカサマありか。上手く、客が負けるように仕向けろって事だな。


 前世で友達と賭けポーカーをしていて、イカサマをしていたのを思い出す。あれのせいで、イカサマが普通の人よりは上手くなったもんなあ。まさか、その経験が異世界で役に立つ日が来るとは思わなんだがな。


「わかった。乗ったぜその話、どんなゲームがあるかだけは教えておいてくれ」


「ああ、俺の暇な時にでも遊びながら教えてやるよ。とりあえず、部下には報告しておいてやるから、俺の部下としてエクレアと言ったか? そいつと一緒に海賊として働いてもらうぞ」


「まあ、密航分は働かせてもらいますよお頭(おかしら)


 こうして、少しの間だが俺とエクレアは海賊にジョブチェンジする事になった。


「船は急いでねえから、結構な長旅になるぜ。忠告しておくが、この船には俺を除いて女はエクレア嬢一人だ。俺も一応は目を光らせておくが、危険だって事は承知しといてくれ」


「ああ、それは心配しなくてもいいんじゃねえかな」


「??」


 シルドラはよくわかっていない様子だ。エクレアは普通のごろつき相手には絶対に負けないと思うしな。すると、早速外で爆音が響き渡った。


「何事だ!! まさか、敵襲か!!」


 シルドラは船長室の外へと走り出して行った。俺は大体外で何が起きたのかはわかるので、ゆっくりと後を追った。


 ゆっくり追った俺の目の前に現れた光景は。呆れた表情のシルドラ、壁にめり込んでいるシルドラの部下。そして、壁にめり込ませた犯人であろうエクレアが立っていた。エクレアは俺に気づいたようで、近づいてきた。


「アリマーーーー!! 見てください。じゃゃーん、今日の私は聖女ではなく海賊見習いですよ。どうですか?」


「似合ってるけどさ、それ男用だろ。胸のせいで腹だし状態になっちまってるじゃねえか」


 そう、エクレアが来ていたのは間違いなく男用の海賊の服であった。おかげで色々な所がパッツンパッツンだ。まあ、男性しかいねえんだから、女用の服があると思えんしな。


「動きやすいのでいいんです」


「お前がそれでいいなら、俺はなんも言わねえけどさ。それで、そこにめり込んでいる方々は?」


「はいっ、急に私に触れようとしてきたので、パンチで撃退しました」


 いつもの奴な。まあ、こうなる事はわかっていたから大丈夫だって言ったんだよな。俺はシルドラの方を見る。


「なっ、大丈夫だって言ったろ」


「そのようだな。おいっ、お前ら情けねえぞ。さっさと仕事に戻れ!!」


 シルドラの号令に部下達は急いで壁から頭を抜いて走り去って行った。


「悪いな、エクレア嬢。女なんざ船の上じゃほとんど見ねえからよ。俺からきつく言っておくから許してくれや」


「いえいえ、別に構いませんよ。なぜ、私に触りたいのかわかりませんが、修行になるので」


「お、おう」


 シルドラまたしてもドン引きであった。悪いな、こういう奴なんだよ。とりあえず、もう二度とエクレアに触ろうだなんて思わねえだろうな。これが、俺とエクレアの短い海賊生活の始まりであった。

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