灰の降る日
ドンを倒した後。研究者達はドン達を縛り上げて牢屋に放り込んでいた。元々はエクレアがぶっとばしていたので、放り込むだけの方が多かったがな。
まあ、これで一見落着って事だ。俺達はリューネの研究室に集まっていた。
「なあ、エクレア。頭裂けてないか? すげえ、痛いんだけど。後、右腕とか折れてないか」
「大丈夫ですって、私が回復させましたから。そんなに腕が動いているのに折れてるわけないでしょう、多少の痛みは残りますから我慢してください」
ドンを倒したって事で、魔導都市には平穏が戻ったようだ。追い出された研究者達も帰ってきた。リストラされたおじさんから涙を浮かべて感謝されてしまった。
この年になって、涙でぐちょぐちょのおっさんに手を握られ続ける拷問を受けるとは思わなかったよ。
「いやあ、まさか本当にドンを倒してしまうとは思わなかったよ。魔導都市の代表として、感謝するよ」
「感謝はいいから、許可証をくれ」
「ああ、あんな何もない所を調べたいならいくらでもどうぞ。君達は我々の救世主だ。協力できる事は何でもしよう」
というわけで、急いで許可証をもらって魔導研究所を出た。隣でエクレアが楽しげに笑っている。
「ふふ、アリマは褒められなさすぎて照れてましたね」
「うっせえ、あそこにいるとむず痒くなっちまうからな。とんでもねえ目にあったよ、さっさと本題を済ませてこんな場所おさらばだ」
俺とエクレアは足早に魔導都市エンデュミオンの中央広場へと向かっていた。当初の目的の通り、イリステラが用があると言っていた、中央広場へと向かう。
なんだか遠く昔のような気がしてきたが、中央広場は変わらずに何もない空間が広がっている。塔なんて、見る影もねえ。許可証を持っていると、魔術で閉まっていたのだろうか、魔術が解けて中に入れるようなった。
中へと入るが、外から見た光景と何ら変わらない光景が広がっている。つまり、なんもねえって事だ。
「えーと、リューネさんの言っていた通りですね。見た通りとも言えますが、本当に何もありませんね」
「お前が信仰している女神イリステラ様が塔があると言ってんだから、あるんじゃねーの。老眼にでもなってなきゃな」
見た目は若かったが、神というくらいである。何年も生きているババアの可能性も無きにしもあらずだろう。
いや、ピンク髪にしてんのも若作りの為と見たね俺は。すると、スマホが鳴った。着信相手は一人しかいないので、俺はすぐに電話に出た。
『あなたの女神イリステラよ。ちょうど、ついたみたいね。随分と時間がかかったじゃないの、アリマには世界を救う使命があるんだから道草ばかりじゃ駄目よ』
「ここに来るために色々あったんだよ。んで、見た所塔なんて見当たらねえけど、どこにあんだ?」
『大丈夫。普通の人には見えないように女神パワーで隠しているのよ。ここは、地上世界での女神の本来いるべき場所みたいな所だからね。アンタだけ入れるように許可したから』
「許可したって言われてもな」
『広い空間があるでしょ、そこに手を突っ込んでみて。それじゃ、後で落ち合いましょう』
と一方的に電話を切られてしまった。仕方がないので、俺は言われた通り何もない空間に手を入れてみる。
すると、俺の手が消えていく。仕組みがどういうものなのかはわからないが、確かにどこか別の場所に行けそうではある。
「それじゃ、私も。あれっ、私は消えませんよ」
「まあ、許可がいるっつてたからな。エクレアは少し待っててくれ、すぐに終わらせてくるからさ」
「私も女神様に会いたかったです」
しょうもない女神と会いたかったと本気で悲しんでいるエクレアに少しの別れを告げて、俺は体を空間に入れていく。少し痒いような感触を感じながら、目を開けると別の場所へと移動していた。
目の前には、確かに塔があった。天空まで届きそうな大きな建造物。神聖な場所であると俺の目からでもわかる、だって人の気配が全くしないのだ。いや、生き物の気配すらしない。
ここには、自分以外の生命がいないのだろうって事が感覚でわかってしまう。
「ようこそ、運命の塔へ」
「運命ね。大それた名前だな」
俺の目の前にはいつもと違い実態を持った女神イリステラが現れたのだ。相変わらず、頭がクレイジーなピンク色をしている所は変わらないな。
俺が実態を持った彼女と会うのは、転生前の時以来だろうか。思えば、随分と時が立ってしまったものだ。
「まあ、そう言わないでよ。さあ、目標はこの塔の一番最上階にあるわ。頑張って登りましょう!!」
「いや、頑張って登りましょうってすげー高さだけどエレベーターでもあんのか。まさか、階段で登って行くわけじゃないよな」
「あるわけないでしょ、螺旋階段よ。無駄に長く感じる作りなっているわ」
「無駄だと思うなら直通にしろや。そもそも、俺は何の為にここに呼ばれたのかいい加減教えてくんねえかな」
ずっと疑問に思っていた事である。俺がここに呼ばれた理由というのが知りたい。ここで俺は何をすればいいのだろうか。
「私がここに顕現する為には、どうしてもこの空間にこの世界の住人を一人以上いさせないといけないのよね」
「じゃあ、俺用無しってことか。下で待ってるから、一人で登って行ってくれよ」
「せっかくだし、登りましょうよ。ねっ、ねっ、ねっ!!」
ふわふわと浮きながら、俺にまとわりついてきやがる。お前はそうやって浮けるからいいかもしれねえが、俺はどこがゴールか分からない階段を登らなくちゃいけねえのよ。
修行僧かよ。後ろを見ると帰り道もなくなっていたので、元の世界に戻るのはイリステラの助けがいるだろう。従う以外の選択肢はなさそうなのを理解して、渋々塔の中へと入った。
塔の中は全面が真っ白で、埃一つない。それどころか、白なのに汚れ一つないのだ。あまりにも浮世離れしすぎている。この空間が現実の物でないってのも、わかるな。俺は階段を上り始める。
しばらく、無言で登っているとようやく平地にたどり着いた。無言なのは、俺の体力がギリギリだったからだ。またも、目の前には大きな扉。
「さあ、中へどうぞ。お客様」
「客扱いしてんなら、扉も開閉してくれよな」
大きな扉は思ったよりも軽い、扉を開くと中は大きなダンスホールのような空間が広がっていた。でも、相変わらず全面真っ白だけどな。なんか、白すぎて気が滅入ってきたわ。
真ん中には、これ見よがしと置かれている玉座があった。別に誰かが座っているわけじゃない、玉座だけが佇んでいる。ちょうどいいや、疲れたし座るか。
「ちょっと休憩しようぜ。ここまで登るのに疲れちまったよ」
「あ、ちょっと待ってその玉座にはかってに座らないで」
なに、ケチ臭い事言ってんだよ。誰もいない場所の玉座なんだから、座ったっていいだろうが。俺は当然の権利のようにイリステラの制止なんか無視して座った。
「いってーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
頭に何かが流れ込んでくる。無理矢理、脳に何かを流し込まれているようなくそみたい感覚。見える景色がぼやけた景色からやがて鮮明になる。そこは俺の見知った世界だ。
違うのは、何だろう雪だろうか。見える場所全てが雪で覆われていやがる。この世界に季節変わり目なんてのはねえから、全ての場所が雪で覆われているなんて事はありえねえはずだ。どうなっていると思った矢先だ。
次の景色へと移り変わる。今度はこの運命の塔の中だろうか。ちょうど、自分が今座っている玉座が見えた。周りを見ると俺がいた、白い空間とは違ってボロボロで誰かに荒らされたような感じになっている。
そして、玉座には俺じゃない人物が座っている。骸骨の化け物だ、赤いマントを着ているが体は骨だけで出来ている。誰かがこの骨の化け物と相対しているのだろう。
顔は見えないが二人組のようだ。骨の化け物は歓迎するように言った。
『我は『灰』の王』
ああ、なるほど俺がさっきから見ていたのは雪なんかじゃねえんだ。俺が見ていたのは全て灰だったのか。
「おーい、しっかりしなさい。大丈夫、急にうめきながら気絶しちゃったからビックリしちゃったわ」
俺の体はイリステラに揺さぶられていた。どうやら、気絶していたようだ。周りの景色を見ると、白い真っ白な空間に戻っていた。少し、安堵した。頭がまだくらくらしやがる。
「夢なのか、現実なのか、わからないが変な夢を見た。異世界イリステラと全く同じ世界なんだ、だけど決定的に違えのは、灰で世界が埋め尽くされていたんだ」
既にちゃんとした記憶として残っていない。確かに見たであろう景色を俺はイリステラに伝える。イリステラは俺を馬鹿にするように笑ってきやがった。
「ははっ、馬鹿じゃないの。あるある、世界がこうなったらどうしようみたいな夢の話でしょ」
「なんか、『灰』の王って奴がここに座っていてだな」
「はいはい、夢の話はこれで終わり。さあ、行きましょう。最上階はもうすぐよ」
全く信じてねえなこいつ。まあ、どうでもいいか。段々と意識がはっきりしてきたおかげで、あれが夢であるという認識ができた。中二病みてえな夢だったな。俺は立ち上がって、次の扉へと進む。
「そう、ちゃんと残っていたのね」
「何か言ったか?」
「何でもないわ!!」
俺は見逃さなかった。イリステラが玉座を静かに撫でながら寂しそうな表情をしていたのをな。それが何なのかは知らねえが、聞くような事でもねえ。
人には聞かれたくねえ事もあるだろ。そんな事よりも扉の奥がまた階段な事にショックだよ俺は。




