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本当に価値があるものはその人にしかわからねえさ

 動けなかった。何もしなくていいと言われて、考えてしまった。よく考えれば、それがエクレアの強がりである事はすぐにわかるはずだ。俺は、自分の利益である職業ガチャを温存する事を考えてしまったのだ。


 元々、他人の事を考えない性格であったから他人の為に職業ガチャを切る俺の方がおかしかったのだ。これで、元に戻っただけだ。頭の中がごちゃごちゃしている、呆然と立ち尽くす俺の耳にうっすらとコボの声が聞こえた。


「アリマ、聖女様さらわれちゃったよ。早く助けに行こうよ!! アリマ!! ねえったら、ねえ。早くいかないと!!」


「うっせえ、耳元で騒がなくても聞こえてるよ」


「聞こえてるなら、早く行こうよ。僕、あいつが帰る場所を知っているんだ。あいつは近くの古城を根城にしているんだよ。僕が案内するから、さあ行こうよ!!」


「…………」


「アリマ、何で何も言ってくれないの!!」


 俺は何も言えなかった。もし、俺にエクレアを本当に助ける気持ちがあったのなら、職業ガチャをするタイミングはエクレアがさらわれそうになった時以外にありえないだろう。


 コボは古城を根城にしていると言っていたが、それは敵の本拠地に乗り込まなくてはならいという意味に他ならない。俺だけで、いくら何でも無理がありすぎる。


 馬鹿げていると言ってもいい、敵はドラキュラだけとも限らない。いや、少なくとも二回は戦わなくてはいけないだろう。ドラキュラは見張らせていたと言っていた。


 つまり、今も村の様子を観察している敵がいるという事だ。そうなると、俺がエクレアを助けに行くと選択したら襲ってくるに決まっている。最低で二回。職業ガチャが出来るのは一回。


 どう考えても、引ける回数が足りねえ。そもそも、上手く一回も戦わずにドラキュラの元に着いたと仮定しよう。


 そうなっても、はたして俺はエクレアを簡単にあしらうぐらいのドラキュラにタイマンで勝つことが出来るのだろうか。


「そうだ!! みんなも聖女様に助けてもらったよね。村のみんなで助けに行けば……」


「コボやめろ。よく、周りを見て見ろ」


 俺に言われた通り、コボは周りと見た。どうやら、気づいたようだな。そう、村人は無償で助けに来た聖女がさらわれて何とも言えない顔をしている者もいるが、大半は安堵の様子を浮かべていたのだ。


 そりゃそうだ、無限のドラキュラは言っていた。聖女を貰うかわりにこのはぐれ村からの生贄をなしにすると、つまり聖女を生贄にすれば村人の数が減る事はない。


 これで、村はエクレアの言う通り守られたってわけさ。


「おかしいよ!! 助けてもらった人が犠牲になるのに、誰も助けに行かないなんて!!」


 コボの純粋な言葉に村人の誰もが目を背けた。だが、誰一人として立ち上がる者はいないだろう。


 当たり前だ、俺だって同じ立場ならそうする。これが、多くが助かる正しい選択だ。ここで、立ち上がる勇気があるのはよっぽどの精神の強い奴じゃなきゃな。


 俺がここにいる意味がない、俺は黙って立ち去ろうと思った。


「アリマどこに行くの!! 古城はこっちだよ!! ねえ、アリマ!!」


 俺は古城とは反対の道に足を進める。どう考えても無理なものは無理だ。俺一人でどうにかできる問題じゃない。


 なら、できる選択は王都に一度戻って援軍を要請する。そして、エクレアの事は忘れて旅に戻るってとこだな。


「アリマの意気地なし!!」


「もがっ!!」


 コボの奴が俺の顔面にへばりついてきた。犬のいい匂いがするが、それ以前に息が吸えねえ。殺す気かこいつは、俺は離れさせようと必死に引きはがそうとするが、流石は獣人。


 子供でも俺なんかよりもよっぽど力強い。やばいって、何かする前に三途の川が見えちまうって!!


「こひょ、はのそれもつてえよか?(コボ、離して貰ってもいいか?)」


「アリマ何で何も言わないの!! 聖女様にまだ謝ってないよ、一緒に謝ってあげるから……」


 言葉が発せられないんだが、こんな理由でゲームオーバーとか嫌なんだが誰か助けてくれ。俺の必死の願いはどうやら叶ったようだ。いきなり、息が吸えるようになったからだ。


 当たり前だが、コボが頭の上に戻ったからだ。てか、お前その位置に当たり前のように乗ってるけど、俺は許可した覚えねえからな。


 俺が文句を言おうと思ったのだが、前から歩いて来た人物のせいで中断される。前から歩いて来たのはマリカであった。


「聞きましたよアリマ君。聖女様が私の変わりにさらわれたそうですね」


「ああ、これで村人が生贄にされる事がなくなったし、よかったじゃねえか。子供達と楽しく暮らせよ」


「私はそこまで薄情にはなれませんよ。ましてや、自分のかわりに己の身を差し出した聖女様です。どうにか、アリマ君が助けに行けませんか。聖女様もそれを望んでいると思いますよ?」


「でも、あいつは最後に大丈夫だって……」


「あの性格の人間が危険な時に一切の迷いなく、助けてなんて言葉を口にすると思いますか」


 わかっている。エクレアはたとえ、自分の身が危険にさらされようとも他人を助ける事を迷わないだろう。エクレアはきっと、何度同じ場面でも大丈夫だって言うんだろうな。


 俺は余裕がなかったので気づいていなかったのだが、俺の足元には子供達がいた。俺に何かを差し出している。それは、袋であった。


「これで、聖女様を助けてあげて!!」


 子供達が口を揃えて言った。少しの間だったのに、もうこんなにも慕われてんだな。俺は袋の中身を開けて取り出すと、奇麗な石が入っていた。川とかで落ちてるいい感じの石。


 他のも見て見るが、拾った鉄くずだのなんだのが入っていた。端的に言えば、ゴミだ。これ、ゴミ箱だよ。俺は渡した子供達の手が震えている事に気がついた。なんだよ、俺にこれを渡すのがそんなに嫌なら渡すんじゃねえよ。


 わかるよ、なんか子供の頃ってさ牛乳の蓋だったり、落ちてる丸い石だったりを集めて宝物みたいに持っとくよな。だから、俺にはゴミにしか見えないこれもお前らには宝物なんだろうな。


 そんなにエクレアを助けたいのか、お前達は俺に何を求めているんだ。俺はちょっとガチャが好きな普通の男だぞ。俺は静かに立ち上がる。


「おいおい、俺が無類の光る石が好きで休日は川で石集めてんの知ってのこれか? ガキ共、もうぜってえ返さねえからな」


 石好きじゃねえだろ!! 王都で、光石をエクレアにいらねつってあげてただろうが。そう言えば、エクレアはあんな物でも喜んでくれたっけな。こんなに人に慕われている人間がこんな所で死ぬのはもったいねえよな。


「アリマ、どこに行くの?」


「どこってそりゃ古城だよ。エクレアを助けに行くんだよ、こんないいもん貰っちまったからな。約束は果たさねえとな。コボが案内してくれんだろ?」


「うんっ!!」


 俺の頭の上のコボの嬉しそうな声よ。俺の体とは関係なく、俺の心は俺の行動を否定している。絶対に無理だ、引き返せってな。そんな事は俺が一番よくわかってるつーの。


 あーあ、何であんな事を言ったんだろうな。いつもの自分じゃねえみたいだな。知らねえ間にエクレアに毒されていたのかもしれんな。


「アリマさん、どうか聖女様をお願いしますね」


 マリカと子供達に見送られて、俺は頭にコボを乗せて進む。今思うとかなり危険な旅になる、コボも置いて行けばよかったと思った。


 俺の心とは関係なく、俺の体はゆっくりと古城へと向かって行くのだった。まず、無事にたどり着けっかな。

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