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定期的に犬を吸いたくなる

 村の散策に出かけると、川辺の近くの小屋を発見した。川辺で休憩しようと思って、なんてことはなく俺は近づいて行くと美人のお姉さんを中心に子供達が集まっていた。美人のお姉さんはほんわかそうな見た目をしていて、子供達に何かを教えているようだ。


「何してるんだ?」


「こんにちわ、えっとあなたは村では見た事ない顔ね。私はマリカ、ここで子供達に本の内容を教えているのよ」


「俺はアリマ。へえー、珍しい事をしているな」


 マリカが本の内容を読み聞かせて、子供達が疑問をマリカに聞いて、疑問をマリカが答える。差し詰め、小さな学校といった所だろうな。何が凄いって、異世界イリステラには学校という制度がまだないのだ。


 だから、誰かに何かを教えると事がまずない。自分でここまで何か教えるという領域にまで到達しているマリカには素直に感心した。


「ふふっ、よかったらあなたも聞いていく? 今から、統一王の話をするのよ」


「いや、俺はいいや。あの子は……」


 勉強なんてしたくないので、やんわりと断りつつも俺の目には遠くからこちらの様子を観察している獣を見つけた。二足歩行の獣、この世界では珍しくもない獣人という種族だ。


 獣人は顔は人間だが、耳と尻尾が生えている獣人と顔から全身まで獣っぽい見た目の獣人がいる。あの子供は後者のようだ。


「あの子はね、コボって言うんだけど見ての通りここにいる子供達は人間の子供ばかりでしょ。獣人はあの子しかいなくて、上手く馴染めてないのよ」


「そんなオブラートに包んで話さんでもいいよ。ようは、虐められてんだろ」


 マリカは答えなかったが、目でその通りだと答えていた。自分と少しでも違う事を生き物は嫌うからな。肌の色が違うだのなんだのってな、俺はそういうのはどうでもいい。


 俺が区別するのは、俺に有用な人物であるかどうかそれだけだ。俺は興味本位で近づこうとするが、逃げてしまう。


 逃げるなよ。追いたくなってしまうだろうが、俺はコボの移動範囲を予測して草むらで待った。そして、すぐに飛びかかった。


「よっしゃーーーー!!!! ゲットだぜ!!!!」


「ギャアアアアアアア!!!! なになになんなの、僕は食べても美味しくないよ!!」


 コボを抱きしめてみると、なんか昔飼っていた犬の匂いがした。いい匂いって意味だぞ。犬吸いを最近していなかったので、めいいっぱい吸う事にした。


「スーッーーーーー、ハァーーーーー。生き返るわーーーー」


「何この人!?!? 怖いよ……助けてマリカ……」


 コボは耳がへたりこんでしまった。俺が犬吸いをしているうちにどうやら怯えさせてしまったようだ。そんな所も愛くるしさがある。


 何故、子供達は彼を迫害するのだろうか。とりあえず、俺は怪しい人間じゃねえ事を伝えなくては。


「俺はアリマ。聖女のお付きをしているんだ。旅の途中でこのはぐれ村によったんだが、獣人を初めてみたんでつい興奮しちゃったよ」


 実際に獣人が異世界イリステラで数の多い種族である事は知っていた。王都でも見かける事はあったが、全身が獣の獣人はコボが初めてである。それぐらいに全身が獣の獣人の数は少ないのだ。


「そうなんだ。僕の名前はコボ、聖女のお付きの人だったんだね。てっきり、不審者かと思ったよごめんねー」


 へたりこんでいた耳が復活した。どうやら、完全に俺の話を信じてしまったようだ。チョロすぎんだろ、普段人の心配なんてしない俺でも心配になるレベルなんだが。拐われないか、俺が保護したほうがいいかな、この生き物。


「いいよー、それでコボは何で遠くからみんなを見ていたんだ?」


「うん……僕ね、みんなとは見た目が違うから仲間に入れてもらえないんだ」


 やっぱりな。どうやら俺に考えは当たっていたようだ。コボを虐めている奴のガキの家の前に、腐った卵を投げつけるなどの嫌がらせをしてやりたかったが何とか自分を抑える。


「僕も人間に生まれたかったなぁ……」


「いやいや、その見た目を捨てるなんざもったいねえよ。コボのその見た目はお前しか持ってない力なんだぜ」


 二足歩行のフワフワモコモコの生物やぞ。人間になりたいだなんてとんでもねえよ。世界の終わりか、ここまで追い込んだガキを池に沈めてやりてえよ俺は。


「そうなのかな? そんな事言われたに初めてだよ。えへへ、嬉しいな!!」


 コボが見せた笑顔に俺は優しい気持ちが芽生えた。久しく忘れていた感覚だ。普段の俺だったら、ふーんとかで話を終わるにしそうだが、犬吸いさせてくれたお礼だ。もう少し勇気づけてやるか。


「コボは大きくなったら何になりたいとかあるのか?」


「うーん、わかんないけど……みんなの為になる事がしたいな!!」


「みんな? お前を虐めている奴らも助けたいのか?」


「うんっ!! マリカも種族が違う僕を助けてくれたんだ。僕もマリカみたいに誰かを助けたいんだ」


「えらいなー」


 見ましたか皆さん。この純粋な心を持った少年、天然記念物に指定されますよこりゃ。俺だったら間違えなく、虐めてた奴をどう蹴落とすかを考えるのにコボは偉いな。


 俺がコボを撫でると、コボ嬉しそうにしている。あーあー、無限にこの時間が続けばいいのに。だが、コボの顔は急にしゅんとなってしまう。


「でもね、マリカとは今日お別れなんだ……」


「なんでだ、マリカは今日どっかに行くのか?」


「僕、聞いちゃったんだ。今日の夜に来るドラキュラの生贄はマリカなんだって……でも、僕マリカにどこにも行って欲しくないよ。アリマどうにかしてよ、聖女のお付きなんでしょ」


「そ、それは……」


 いくらコボのお願いでも聞ける事と聞けない事がある。それは、無理な相談だ。無限のドラキュラがどの程度の強さかわからないが、戦う理由が俺にない。


 ドラキュラが宝玉を持っているとかなら戦うかもしれんが、いやそれでも真正面からは戦闘を仕掛けずに宝玉だけ奪う事を考えるだろうな。魔王軍の六魔将にいくらエクレアが強くとも勝てる確率は低い気がするのだ。


「安心して、マリカさんを生贄になんてさせません」


「うげっ、その声は……」


 俺は後ろを振り向くとエクレアが怒り顔で立っていた。俺の幸せタイムは終了の時間を告げた。


「うげっ、とは何ですか!! それよりも村の人達から聞きました。マリカさんを今日生贄にすると」


「んで、どーすんだよ」


「はいっ、私とアリマで力を合わせてドラキュラという魔物を倒しましょう!!」


 でたでた、絶対に言うと思ったよ。だが、これで言わないのはエクレアじゃない気がするのでいい。だが、エクレアのストッパーは俺の役目だ。


「危険な事があったら、すぐに逃げるって約束したよな」


「でも、このままでは村はいずれ全滅してしまいます……」


「なら、マリカと子供達だけ逃がしてこの村を出るか?」


 俺の最大限の譲歩のつもりだ。とにかく、俺達がこのはぐれ村にいる事をドラキュラに知られたくない。危険要素とは会わずにマリカを逃がすってんなら、手伝ってもいい。


「そんな事をすれば、ドラキュラが村の他の人を殺してしまいます!!」


「いいじゃねえか!! あいつらも生贄で他人を犠牲にしてんだぞ。あいつらを助ける義理ねえだろうが!!」


 村の奴らは生贄を差し出して生き残ろうとしている。それが、悪い事とは言わない。だが、俺は好きじゃねえ。だけど、マリカとコボは助けてもいいと思った。子供達はコボのおまけだ。


「貧しさが人の心を弱くしているのです。きっと、ドラキュラが来たせいで村の心が離れていったんだと私は思います」


「お前の何でも良い方に見る目は俺は好きだけど、今回は駄目だ。ドラキュラの事を王都に知らせて、勇者リュカに来てもらおう」


「それじゃ、時間がかかりすぎます!! 犠牲者が増えるばかりです!!」


「お前流石にわがままだぞ。いい加減にしろよ、俺が何でもお前の言う事を聞くと思ったら大間違えだぞ」


「アリマの薄情者!!」


 何で、俺がお前の事を考えて発言してるのに薄情者呼ばわりされなきゃなんねえんだよ。


「エクレア、お前何で俺の旅についてきたんだよ。お前は勇者パーティーに入るべきだったろ」


 実際にエクレアを勇者パーティーに入れるという話は話題になっていた。だが、エクレア自身が断ったとは聞いている。俺はてっきり人助けの好きなエクレアは喜んで入るとばかり思っていたものだ。


 リュカなら迷いなく、助けるだろう。エクレアとの相性もピッタリだ。どう考えても俺と正反対な性格のエクレア。いつかはこんな感じになるんじゃねえかとは思ってた、意外に早かったな。


「そ、それは……私がアリマの旅について行きたくて……」


「じゃあさ、たまには俺の意見も聞き入れろよ。はっきり、言ってやろうか。俺にとって迷惑なんだよ!!」


 しまったと思った。言い過ぎたのを自分で感じていた。だから、エクレアの顔を見たが遅かったようだ。エクレアの顔は歪んでいた。


「そうですよね。王都の時にも私から逃げようとしてましたもんね……アリマが私の事嫌いなのはわかってました。わかって……」


「あっ、おい待て!!」


 目尻に涙を浮かべながら、エクレアは走り去ってしまった。でも、俺は追いかける気持ちにならなかった。遅かれ早かれ、この衝突は起きていた気がするからだ。これで、よかったんじゃねえかなって。


「ねえねえ、アリマ。聖女様泣いてたよ」


「ああ」


「謝りに行こうよ。謝ったら、許してくれるよ、きっと……」


「いやだ」


「アリマーーーーーーー!!!!」


 コボが草の上で寝転がって動かない俺を動かそうと押してくる。だって、どんな顔して会いにいけばいいかわかんねえし。


「あらあらー、こんな所にいたんですね。探しましたよ」


「エクレアの差し金か?」


 俺が顔を見上げるとそこには、マリカがいた。ニコニコと優しそうな笑みを浮かべている。さっき見た時は何とも思わなかったが、今はなんか心苦しさがあった。


「いえいえ、エクレアさんからあなたとの関係を相談されたもんですから。聖女様から人生相談なんて生まれて初めての経験でした」


「そりゃ、人生初でしょうよ。んで、アンタも俺が悪いから謝りに行けって言いに来たわけか……」


「いえ、別に。むしろ、私としてはアリマ君の意見の方がわかりますけどね。この村は控えめに言って、クソですからね」


「へぇー、意外だな。アンタもエクレアみたいなタイプだと思ってたよ。なら、何でこんな村の為に生贄になろうと?」


 そこだけが疑問だった。クソだとわかっている村の為に生贄になるなんて、俺だったら耐えられない。絶対に逃げ出す自身がある。


「ふふっ、簡単ですよ。村は嫌いでも、ここにいる子供達は好きですから。あの子達の為なら、私は犠牲になってもいいです。あなたはどうですか、アリマ君」


 マリカはそう言い切った。俺は、俺がしたい事は、勇者リュカの手伝いをして、女神イリステラから一つだけ願いを叶えてもらって、この世界で悠々自適に暮らす事。後は、エクレアの事。


 王都の地下牢で会って、旅も一緒にしてきた。俺はいつも不可解だったんだ、エクレアはいつも俺を尊敬してくれているが、俺のどこを尊敬する要素があるのだろうとずっと思っていた。


「人を沢山救うエクレアと自分勝手な俺じゃ釣り合わねえよ」


「私から見れば、二人はお似合いですけどね。正反対の性格の方が案外うまくいくもんですよ」


「そういうもんかね、まあいいや。なんか話したらスッキリしたし、しゃあねえから俺から謝ってきてやるか。サンキューなマリカ」


 俺の言葉に何故かコボが嬉しそうにする。俺はコボを頭の上に乗せるとエクレアが走って行ったはぐれ村の方へと向かう。


「離しなさい!! 卑怯ですよ!!」


 村の前まで行くとエクレアの切迫詰まった声が聞こえた。俺は急いで村へと戻る、そこには蝙蝠の羽の生え、鋭い牙を持った人型の魔物がいた。その手にはエクレアが捕えられていた。


「エクレア!!」


「アリマ!! 何故、来たんですか!!」


「アリマ、あいつだよ。村を襲ったドラキュラって魔物!!」


 俺の頭の上からコボが教えてくれた。周りを見ると、村人達は完全に怯えてしまっている。こいつは夜に来るんじゃなかったのか、まだ夕方にもなってないはずだ。俺はドラキュラを睨む。


「夜に来るって聞いてたんだがな……」


「なあに、私の部下から聖女がいると報告を受けてな」


 部下がどこからか見張っていたのか、完全に気づかなかった。


「エクレアお前の力なら、振りほどけるはずだろ。どうしたんだ」


「振りほどけますけど、村の人達を人質にとられてしまって……それに、こいつ私の攻撃が効かなかったんです!!」


「エクレアの攻撃が!?」


 エクレアの魔力を使った、身体強化の一撃が効かないとかありえるのか? 少しぐらいダメージがあってもいいもんじゃねえのか。急にレベル上がりすぎだろ、六魔将。


「攻撃が効かなかったというよりかは再生したみたいな……」


「おっと、そこまでだ花嫁」


 無限のドラキュラの発言にエクレアもキョトン顔だ。俺も同じような顔をしていると思う。聞き間違えじゃなくてか。


「花嫁? 何、言ってんだ?」


「ふふっ、この見目麗しさ。私の花嫁にふさわしい……花嫁を見つけてくれたお礼だ。この村からの生贄はこれから無しにしてやろう」


「ふざけた事抜かしてんじゃねえ!!」


 俺はスマホを取り出した。勝てるかどうかじゃねえ、なけなしの一回とか言ってる場合じゃねえ、職業ガチャを使うしかない。俺はすぐにスマホを操作するが。


「アリマ!! 私は大丈夫です。心配しないでください。私が行けば村が助かるんです。なら、私は行きます。さよなら、アリマ……」


「エクレア……」


 エクレアの言葉にスマホを操作する俺の手が止まった。その隙をついて、ドラキュラがエクレアを抱えて飛び去ってしまう。俺は見送る事しかできなかった。

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