二人の女
女の本性とは“天使”か“悪魔”か? 男にとっては、どちらも“魅力的”である。
一の女
「子育てタクシー」というシステムがある。事前の契約で、子どもだけを乗せて目的地まで運ぶシステムである。その日、2人の姉妹が乗ってきた。姉は小学校3年生。妹は1年生。「子育てタクシー」に乗るときは、姉妹の姉はいつもそうするかのように、後部座席に“体育座り”で座った。妹は、チャイルド・シートに納まっている。姉は少しばかし不機嫌そうだ。ドライバーは、初めての子どもたちなので、自己紹介がてら“趣味で小説を書いている”ことを、その姉妹に話した。
「今、書いている小説は“恋愛小説”」
といったとき、姉が興味を示した。そして、
「恋愛小説って、難しいんだよ!」
と小学校3年生の姉はいった。そんな女の子の口から「恋愛小説って難しいんだよ」という言葉が出てきたことに、運転手は驚いた。彼の経験と知識からして、小学校3年生の女の子から、そんな言葉が出てくることは想定外だった。
小学校3年生との会話が弾んで、
「魔法をテーマにした“ハリー・ポッター”みたいなのは、“ファンタジー”って言う小説なんだ」
「そうなんですか……」
そのころになると姉は、“体育座り”をやめて、普通に座っている。
「今度、小説を書いてみたら……。とても楽しいから」
と、運転手は姉に勧めた。すると姉は、目をキラキラさせて、
「うん! 書いてみる!」
と、応えた。姉妹の二人がタクシーから降りるとき、新しい遊びを見つけたかのように、楽しそうに降りて行った。
二の女
その人は、すし屋の前で乗って来た。30歳代半ばの夫婦と、小学生くらいの子ども一人の、家族連れだ。亭主がいるのに、他の男に媚を売る女、そういう女がたまにいる。当然、亭主には分からないように。しかも、決まって美人なのである。これは、男にはたまらない。ついつい、なびいてしまいそうになる自分と、冷静さを保とうとする心の葛藤に苦しまされることになる。
その日は、それと気づくのに、余り時間はかからなかった。女はひとしきり亭主と話をした後、突然、名前で運転手を呼んだ。「運転手さん」ではなく「松本さーん……」と甘ったるい声で、である。そう呼ばれた運転手はドキッとした。ルームミラー越しに女の顔をのぞくと、運転手に意味ありげな微笑みを投げかけている。どう見ても、“オレに気があるな、この女”と思わせる笑顔である。そう思いながら運転手は、返事をした。
「どうかしましたか?」
と応えて、女から返事を待った。すると女は、意味ありげに、
「呼んでみたかっただけ……」
と明るく応えながら、再び微笑みを返してきた。亭主はというと何ら意に介せず、子どもとの話しを続けている。
声をかけられた運転手としては、思わず健康な衝動がこみ上げてくるのを抑えるのが、やっとだった。女はというと、そんな風にドギマギしている男の様子を見て楽しんでいるだけのようだ。ここから、何も発展しそうに無いことを感じた運転手は、再び視線をフロントガラスに集中させた。
ほんのわずかな時間だったが運転手にとっては、心の“ゆらぎ”によって日常を忘れた瞬間だった。