投げやりな彼女、適当な彼
“投げやり”に見えた彼女。男は“適当”に対応した。しかし、“投げやり”に見えた彼女の態度のウラには、別の意味が潜んでいた。
午後8時半頃。山手通りの初台坂上を過ぎたあたりで、女が一人、手を挙げた。このあたりは工事中の箇所が断続的につながり、夜は薄暗く、通りに面して人が手を挙げても、見つけにくい。そんな通りで、黒っぽい服装をした女が手を挙げた。その夜は季節はずれの台風のように、雨風が強かった。女はタクシーに乗車してしばらくすると、ポツリと話始めた。
「本当は行きたくないんだけど、こんな天候じゃ……。家で寝ていたいんだけど」
タクシー・ドライバーは、聞くとはなしに、聞いていた。女が通りで手を挙げたときの印象は“ツン”としたイメージだったが、話はじめると、いきなり“デレ”に、なっていた。年のころは25歳前後、身長は158センチほど。あえてルームミラーを見ようという欲求は起きなかったので、彼は後部座席を適当に想像した。
「誰かが、“やめよう”って言ってくれると思ったのに、誰も言い出さなくて……」
彼女の“投げやり”な、そんな態度にたまりかねて彼は、“適当”に相槌を打った。
「そうですね、こんな台風のような天候ですからね」
「誰かが“やめよう”って言えば、絶対、今日の集まりは中止よね。いくつか重要な会議も中止になったって言ってたし」
これから行こうとしている“集まり”は、仕事上の“重要”な会議のひとつなのか、それとも、誰かが“やめよう!”といったら、“中止”になってしまうような、友達同士の“適当”な“集まり”なのか、彼は判断に戸惑った。
「誰もやめようって言わないから、仕方なく出てきたけれど。ああ、眠い!」
彼は、勇気を振り絞って聞いた。
「お客様、“お集まり”というのは、もしかして、“合コン”ですかぁ?」
「そう!」
女は、あっけらかんとした口調で、答えた。
「相手は、お医者様。でも、合コンに出てくるような医者って、あんまりねえ……」
彼は薄氷を踏む思いで、あえて聞いた。
「それって、“合コンに出てくるような医者って、モテなくて飢えている”と、いうことですか?」
「そうに、決まってるじゃない!」
はき捨てるように女は言った。彼女は、よほど……合コンに“慣れている!”、もしくは“飽きている!”?
「みんな、芸人みたいな男に決まってるじゃない!」
「それなら、座も盛り上がって、今夜は楽しい一夜になりそうじゃないですか?」
「違うっ。顔が“芸人みたい”な、モテない医者って言うこと!」
「はっ、はぁ……」
彼は、言葉を飲み込んだ。
「でも、一人くらいは、いい男が来てるかも知れないじゃないですか」
「はぁ~あっ」
彼女は、後部座席で大あくびを打った。
「友達が、相手の一人とすでに脈有りだから、どうしても、今日会いたいのよね。それなら、二人で会えばいいじゃない! って思うけど……」
「何対何、なんですか」
「5対5」
「5対5ですか。じゃあ、一人くらい……」
「まあ、いてくれればね」
「それに、相手が医者なら、将来の生活も安定してますし」
女は、猛烈に反論してきた。
「私は、“芸人”みたいな医者よりも、普通のサラリーマンの“イケ面”の方がいいの!」
「そっ、そうですかぁ……。将来の安定よりも、今日のハッピーを、ということですか……」
女は揺れる後部座席で、化粧を直し始めた。
「でも、震災の日は私、10センチくらいのハイ・ヒールで、2時間も歩いて家に帰ったのよ」
「あの日は、大変でしたよね」
いつの間にか震災の話に、話題は移っていた。そして、目的地に着いて彼女が料金を払い、車の外に一歩ステップを踏み出そうとした、その刹那、僅かな瞬間だが確実に彼女は、しっかりとタクシードライバーの心の一瞬のスキを盗み取るかのように、彼の “顔”を確認した。つい彼も、彼女の顔をマジマジと見つめ返した。口元の小さなホクロが、視界に飛び込んできた。彼女の瞳に一瞬だが、火花が散った。散った火花は、何を意味していたのか……。彼は女の“執念”を、一瞬の“瞳の輝き”の中に感じ取ったのだった。