あなたは、変わった
先輩に呼ばれて急きょ、タクシーで駆けつけることになったホスト。そこへ、お客の女性から、「一緒にご飯、食べに行かない?」と誘いの電話。「今、先輩に呼ばれて、タクシーで駆けつけるところ」と、せっかくの女性の誘いを断った男。ところが、本当は……。
男は、道路わきでタクシーを止めた。タクシーのドアが開いた。
「すみません。N大前駅まで、いくらかかりますか。5000円以内で行きますか?」
タクシードライバーは、ドアを開けたまま、カーナビで距離を見た。
「大丈夫です。大体、〇〇円です」
「そうですか、ちょっと待っていてくれますか?」
「はい」
タクシードライバーが、そう答えると男はいったん、マンションの中へ消えた。程なくして男が戻ってきた。
「お願いします」
タクシーがスタートした。タクシードライバーが言った。
「N通りを行きますけど、いいですか?」
男は「はい」と答えたが、力がない。そして、すぐに携帯電話をかけ始めた。
「うん。N通りでいいの? ええっ、H街道? 一方通行? 運転手さん、H街道ってわかりますか」
「はい」
「H街道の一方通行は?」
一方通行は沢山ある。要領を得ない。とりあえずタクシードライバーは、男の話を受け流して車を「N大前」へと向けた。タクシードライバーが、男に聞いた。
「なんでしたら、住所で行きますけれども?」
「ああ、そうですね。あのね、住所は? 運転さんが住所で行ってくれるって」
男は携帯電話に、話しかけた。
「住所は、練馬区〇×のZWYです」
「わかりました」
タクシードライバーは、カーナビをセットした。車は一路、入力された住所へと向かった。
切った男の携帯が、しばらくして鳴った。
「うん。今から? 無理だよ。どうしてって? 今から先輩に呼ばれて、先輩の家に行かなきゃ行けないから」
女からの電話のようだ。
「だって、メール送ったのに、返ってくるのが遅いんだもん。だから、ちょっと無理だって! ごめんね」
タクシードライバーが、男に声をかけた。
「お客さま。モテルんですね。“モテキ”ですか?」
「そんなことないです。今のは、お客。俺、ホストしてるから。お客が飯を一緒に食おうって」
「じゃあ、ホステスだったら同伴出勤というところを断って、先輩のところへ今から?」
「“先輩”は嘘。本当は、本命の彼女の家に行くの。最近彼女、引越しして……」
「あはっ! そりゃあ、失礼しました。なら、ホストってモテルでしょ?」
「でも俺、あんまり興味ないから」
「ええ? 今は彼にとって、“モテキ”の真っ最中! でも、草食系ですか?」
「そうかも。でも、どちらかというと本来は肉食系なんだよ」
タクシードライバーは、脇道から街道へとハンドルを切った。後は、一本道で目的地まで行ける。
「それって?」
「なんていうか、本当にかわいい女だったら“やりたい”と思うけど、たいていは、どうでもいい……」
「ええっ? もったいないですね。私なんか、寄ってくる女は手当たりしだいでしたけど」
「本来は、そんな感じですよね。運転手さんは、今もガンガンですか?」
タクシードライバーの脳裏を、若いころの記憶で溢れかえった。
「そんなことはないですけど。でも、本命の彼女はホストの彼のこと、なんと言ってるんですか?」
「俺、ホストをして2年で、彼女とはそれ以前から付き合ってた。で、彼女はタレントなんだけど」
「ええ? そりゃあ、すごいですね。で、彼女は?」
「“あなたは、変わった”って言ってます」
「それは、ホストをやるようになってから、ということですか?」
「そう」
「どう、変わったと?」
「まず、お金ができた」
「そうでしょうね。それから?」
「なんて言ったらいいか……。灰汁が抜けたみたいとか……」
「灰汁が抜けた? ふーん。ギラギラがなくなったんだ」
「それって、“油が抜けた”じゃないですか? でも、それもあるかな」
コンビニの前に、すらりとした女性が立っている。
「お客様、あの方?」
タクシードライバーが、そういうと、男は笑顔で、
「ここで止めてください」
と、いった。
「かしこまりました」
タクシーはコンビニの前で止まった。男は料金を払うと、女の方へ足早に近づいて行った。二人は寄り添うようにして、コンビニの店内へと入って行った。