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落合南長崎 「あのおじちゃんは誰なの、ママ!」

 倒れ込むようにして、タクシーの後部座席に横になった彼女。年齢は30歳くらい。目的地に向かう途中、保育園で小さな女の子を乗せ、再び目的地へと向かったが……。

 その人は、都営大江戸線「西新宿五丁目」の地上の出入り口の近くで、手を挙げた。ドアを開けたタクシーに乗り込むなり行き先を告げると彼女は、後部座席に倒れこむようにして横になった。行き先は、「落合南長崎」。タクシーは方南通りから山手通りを右折した。

「すみません、運転手さん。ちょっと一ヵ所、寄りたい所があるので、そこを左折してください」

 そういわれてタクシー・ドライバーは、ハンドルを左に切った。

「その路地を入ってください。その先に保育園があるので、その前でしばらく待っててもらえますか? それから、今来た道に戻るので、方向転換しておいてください」

 タクシーは路地の途中にある保育園の前で彼女を降ろすと、タクシーの方向を変え、道の端に車を寄せてハザードを出した。通りにくくなった路地のタクシーの脇を、幼児用の補助座席を付けた自転車が2台、3台と通って行く。

 3分も待っただろうか。その人は、小さな女の子の手を引いて戻ってきた。女の子を先に乗せ、自分も後部座席に納まった。

「お願いします」

 そういわれたタクシーは、再び山手通りに出て目的地を目指した。

「ひなちゃん、ごめんね、遅くなっちゃって」

「ひなちゃん」と呼ばれた5歳くらいの女の子は、元気よく答えた。

「大丈夫!」

「ひなちゃん、ママね、具合が悪くて何度も電車を降りたの。晩御飯は、おうどんでいい?」

「ひなねえ、保育園で、ご飯を食べたの」

「ええ? 補助食を食べたの?」

「ううん。御飯」

「ええ? じゃあ先生が、ママが体調が悪いことを聞いて、ちゃんと晩御飯を食べさせてくれたのかしら。ひなちゃん、晩御飯を食べたの?」

「そう、ご飯、食べたの」

「ひなちゃん、晩御飯を食べたの? それとも、非常食を食べたの?」

「ご飯、食べたの」

 女の子の話は、要領を得ない。晩御飯を食べたのか、補助職を食べたのか、結局わからない。しかし、二人の会話の中には最後まで、「パパ」の一言は出てこなかった。

 程なくしてタクシーは、一軒のマンションのエントランスの前で止まった。

 料金を支払ってタクシーを降りる女の子にタクシー・ドライバーは、

「バイバイ!」

 と、声を掛けた。少女は、不思議なものを見るようにタクシー・ドライバーを見た。

「ほら、バイバイは?」

 と、体調の悪いママに促されても、きょとんとして、タクシー・ドライバーを見つめる少女。

 ママに手を引かれながらマンションのエントランスへと消えていく少女の瞳は、

「このおじちゃんは、誰? なぜ、ママとお話ししたの? なぜ、ひなに“バイバイ”って、言ったの。もしかして、このおじちゃん……? そんな、そんなこと……。ねえ、ママ! あのおじちゃん、パパなの!」

 と、心の叫びを小さな瞳が、必死に訴えていた……。


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