ロンドンから中野坂上へ
ロンドンでの生活経験のある二人。話題もロンドンの生活で盛り上がって。新たな物語の舞台は、東京の夜空にそびえ立つ高層ビル群を望む大都会の一角、中野坂上……。
「ロンドンのどのあたりに住んでたの?」
女性が男性に語りかけた。
「……」
男性の声は、寒いのに酔い覚ましで開けた窓からの騒音で、聞こえにくい。
「そう。じゃあ、結構、近かったんだ。私の住んでたフラットには、今も私の友達が住んでる」
「……」
「インターネットの回線の料金、まだ、私が払ってるの」
「……」
「ロンドンは、会社の経費で留学してたんだ、いいなあ?」
「……」
「生活費の全部を会社持ち? すごい! 今住んでる所も会社持ち?」
「……」
「そうだろうね。さすがに、日本での家賃まではね。でも、手当てとかあるんでしょ」
「……」
「今の仕事、面白そうだもんね。私も、がんばんなきゃ。でも、ロンドンで生活して、私、かなり性格が変わったの! 私の以前を知っている人には、“性格、変わったよ”っていわれる」
「……」
「“明るくなった”って。以前の私、暗かったの、本当よ! ヘヘヘッ」
「……、……」
「もうすぐ? あれッ! すごーい!」
「……」
「本当!」
「……。運転手さん、その信号を渡った所で……。止めやすい所でけっこうです」
タクシーは、交差点を渡って、横断歩道の少し先で止まった。
「……」
女性の声が、急に小さくなった。代わって、男性の声。
「ありがとうございます。あっ、領収書。どうも」
二人は中野坂上の交差点の近くにあるマンションのエントランスへと、歩き始めた。新たな物語の舞台は、東京の夜空にそびえ立つ高層ビル群を望む、大都会の一角……。ロンドンから中野坂上へ。二人にとって人生の新たなステージの開幕……。