雪の京都へ
転勤してきたご主人について、京都から東京へ越して来たという新妻。タクシーの中で京都の話に花が咲く。車の外はこの冬一番の寒さという東京のビル街。思いは、“今年は雪が多いんです”という京都の街並みへ……。
その人は、湯島の天神下交差点で、手を挙げた。タクシーは、静かに彼女の側へと寄って行った。乗車した彼女は、キャリーバックを足元に置き、行く先を告げた。
「東京駅の日本橋口へ」
少し、関西なまりのある口調で、タクシー・ドライバーへ告げた。「東京駅の日本橋口」は、比較的新しい東京駅の入り口である。駅の利用客の中でも新幹線を利用する客の間で、人気が出て来ている。新幹線の改札口まで一番近いということが、一番の理由だ。
神田駅界隈の外堀通りを走りながら、タクシードライバーは言った。
「今日は、警察官が多いですね」
その日、100メートル置きくらいに、道路の両側に警察官が立っている。
「そうですねえ。誰か、外国の要人が来てましたっけ?」
と、彼女。今度は、それほどなまりが感じられない。それまで、ずっと黙りこくっていた彼女が、急に話始めた。
「私、結婚してすぐに主人の転勤で京都から東京に越してきたんですけど。京都には御所とか、いろいろあって、そこへ陛下が来るときとか、警備はものすごいですから。“そこの傘、閉じてください!”って、傘まで閉じさせられますから」
「それはすごいですね」
そして話は、いつしか「祇園祭り、時代祭り」へと。
「地元の人で子供たちにお祭りを見せに行きたいときは、祇園祭の時は、宵山のヨイヨイヤマくらいのときに見せに行きます。その方がすいてますし、ヨイヨイヤマでも山鉾も見れますしね。当日は行っても、見物客の頭しか見えませんから」
「そうでしょうねぇ」
「当日は、クーラーのきいた家の中のテレビの前が、特等席ですわ」
「そうですよね。でも、祇園祭とか、いいですよね。よく小説で、“祇園祭のお囃子が耳について”とかって、ありますけどね」
「お囃子の練習の音が聞こえてくると、“いよいよ夏がくるなあ”と思いますからね……」
「今年の京都は雪が多いんですか。“京都の底冷え”っていいますよね。寒いでしょうね」
「そうです。もう、新幹線の駅に降りたときから、空気の冷たさが違います」
ひとしきり冬の京都の寒さの話で盛り上がったころ、タクシーは東京駅日本橋口に着いた。日本のいろんな場所へと向かう人々が集まっ来て、駅構内は利用客で込み始めている。
「お釣りは、結構ですわ。心ばかしですが」
彼女が京都なまりで、そういうと、キャリーバッグを引きながら日本橋口の乗客の渦へと吸い込まれて行った。彼女を見送ったタクシー・ドライバーの脳裏にいつしか、“コンコンチキチン、コンチキチン”と、祇園祭りの金の音が、遠く近く聞こえて離れなくなっていた。