博多弁の女
福岡出身のカップル。東京に出て来てからも、なかなか博多弁が抜けない彼女。対する男性は、きっちり東京弁。そんな二人の行く末は……。
夜も午後10時をまわったころ、中野坂上の交差点で一組の男女が手を上げ、タクシーを止めた。美人とイケメンのカップル。年齢は男は24歳くらい、女は23歳くらい。二人がタクシーに乗り込んで来たときの雰囲気から、タクシー・ドライバーは、男女、どちらかのアパートに向かうんだろうと予想した。 タクシーは、山手通りから環七へ向かい、さらに道幅の狭い商店街を抜けて住宅街へと入って行った。しばらく行くと、女が一人で降りた。
「じゃあ、また明日ね。遅れなかように!」
と、女は博多弁で男に一言残して、住宅街の路地の奥へと消えて行った。上下黒の服装ですらりとした体系。一見、隙のない女に思えるが、しかし、話す言葉は博多弁。女性の博多弁というのは、どことなく情緒があて、魅力的だ。それまで二人は会社の同僚の話や仕事の話などを、落ち着いた雰囲気で話し合っていた。タクシー・ドライバーも、“間違いなく、二人で降りるだろう。メーターが伸びなくて残念”と、あきらめていた。ところが女は、一人でタクシーを降りた。タクシー・ドライバーは、男に話しかけた。
「女性の博多弁って、いいですね」
「そうですよね、僕も好きです。彼女とは、郷里が一緒なもので」
「お客さんは、ほとんど東京弁ですよね」
「彼女は、なかなか博多弁が抜けないようで……」
そう答える男の雰囲気から、滅多にないことなのだがタクシー・ドライバーは、つい、男に一言いってしまった。
「どうして、一緒に降りなかったんですか?」
男は、力のない小声で答えた。
「うん…‥」
「ええ? てっきり二人、ご一緒に降りるものだと思ってました」
タクシー・ドライバーは男に“余計なお世話だ!”と、怒りを買いかねないと思いながらも、つい一言。それに対して、男は、
「僕も、そう思います」
やはり、力のない男の声。
「だったら、男は“押しの一手”ですよ」
「そうですか。押し倒すんですか」
「そうですよ」
「僕も、そうしたいんですけど……」
煮え切らない男の反応にタクシー・ドライバーは、どうも納得がいかなかった。
九州男児がタクシーを降りたとき、女が降りた金額の2倍になっていた。