二人の女性 前編
たまたま同じ夜に、別々に同じタクシーに乗り合わせた二人の女性。わずかな乗車時間の間に垣間見えた、二人の女性の生き様。同じ時代を生きる女二人の愛と仕事と……。
夜もにぎわい始めた六本木の交差点で、その女は手を上げた男と、連れ添っていた。男はロン毛。年のころは30才台半ばで小奇麗だが、ラフな洋服だ。女はワンピースを上品に着こなした20才台半ば。身長は165センチくらい。
タクシーは二人とも乗車するものだと思って、近づいて止まった。しかし、男は女をタクシーに乗せると路上に残って、女に向かって丁寧にお辞儀をして、手を振った。
女が一人、車に取り残された。 タクシーが発車してしばらくすると、女が話し始めた。
「運転手さん、この時間、混みますか?」
「そうですね。帰宅の時間ですから、混んでるでしょうね」
「そうですか。私は深夜か早朝にしか乗らないので、分らないんですけど」
「お客様は東京生まれで、東京で育った方ですか?」
「いいえ、千葉です」
「そうですか。私は、能登半島ですけれども」
「あの、“出っ張った”ところですよね」
「そうです。あの、“出っ張った”ところです。大学に入るので、東京に出てきたんですけれども」
「田舎に帰りたいですか?」
女の声のトーンが幾分低くなったように、タクシー・ドライバーには思えた。
「そうですね。帰りたいと思ってましたし、今も思ってますね。大学を卒業するとき東京に彼女がいたものですから、東京で就職になったんですが。大学4年のときに、東京に彼女がいなければ、田舎で就職したかもしれないですね」
「そうですか」
「でもね、結婚したのは、大学時代の彼女とは、別の女性になりましたがね」
「そんなものですよね……」
女は、そう答えた。その女の口調は、“感慨深げ”な口調のように、タクシー・ドライバーには感じられた。
彼女にとって“恋愛と結婚”は、やはり“別物”なのだろう、とタクシー・ドライバーは思った。
その後も女は、タクシー・ドライバーの身の上話を、楽しそうに聞いていた。