宮益坂の途中で…… 前編
宮益坂の途中でタクシーに乗り込んだ、男性一人と女性二人のグループ。タクシーに乗る前からモメていたのか、移動中の車の中で一人の女が騒ぎ出す。深夜の大都会を走るタクシーの中で、男のズルサと女の悲しさが交錯する。
渋谷の宮益坂の途中で、男が手を上げてタクシーを止めた。タクシーに近づいた男は、
「今、人を呼んできますので、ちょっと待っていて下さい」
というと、道路の反対側の数人の男女のグループに駆け寄って行った。程なくして男は、女を二人連れて戻って来た。しかし、一人の女は、タクシーに乗ることを拒んでる。
「由理ちゃんは、どうしたの。一人じゃ帰れないでしょ!」
激しい口調でそういいながら、乗りかけたタクシーを降りて、車が行き来する道路の反対側へ行こうとする。男が、それを無理やり抱とめて、タクシーに戻そうとする。
女は、かなり酔っているように見える。タクシーの中に押し込められた後も女は、
「由理ちゃんは、ちゃんとタクシーに乗ったの?」
と、相変わらず同じ内容の話しを繰り返している。見かねた、もう一人の女が、
「由理ちゃんは、ちゃんとタクシーに乗ったから、大丈夫!」
女を抱きかかえるようにしてタクシーに乗せた男も、
「大丈夫だよ。由理はちゃんと帰るから!」
と、2度3度二人に言われて、泥酔気味の女は静かになった。
「美保は、優しいね」
そう呼びかけられた泥酔気味の女は、
「彩さん、私は優しくない!」
と、美保と呼ばれた女は、さらに不機嫌そうに叫んだ。彩と呼ばれた女が続けた。
「美保さんは、モテルでしょ」
そういわれた美保は、当たり前のように、
「まあね……」
今度は、前よりも幾分冷静に答えた。
「彼氏、いるの?」
彩にそう聞かれて、美保は答えた。
「3人」
きっぱりとした口調で、美保は答えた。
「3人もいるの?」
彩が驚いた。男は、黙っている。彩が続けた。
「私は、バツイチだけど。美保は、いいお嫁さんになりそうだね」
「そう。私は、一人と決まったら、その男に徹底的に尽くしちゃうタイプ! ハッハッ」
美保は、自嘲気味に笑いながら、強い口調でそう答えた。男は、黙っている。
信号でタクシーが止まったとき、美保は、再び叫びだした。
「私、降りる! 出して、運転手さん!」
タクシー・ドライバーが困惑気味に言った。
「ここは、無理ですよ。このちょっと先で……」
そう、美保に答えるタクシー・ドライバーに、
「いいです。このまま、まっすぐ行ってください!」
男が、強い口調でタクシー・ドライバーを制した。(この回、続く)