深夜のバツイチ子連れギャル
深夜の国道沿いで乗せた、若い母親と幼子の親子。若いタクシー・ドライバーは二人を降ろした後、いつもになく、わずかに心が騒いでいた。
深夜の国道沿いで、一組の親子連れが手を上げた。人影も全くない場所である。タクシーはウインカーを左に出し、速度を落としながら近づいて行った。子供は男の子で3歳くらい。母親は20歳前後。年齢から母親の服装は“ママ・ギャル”系だが、“わずか”に地味系である。
タクシーに乗る前から、子供が“ダダ”をこねていた様子だ。若い母親は、深夜ということも手伝って、声に疲れを感じる。それが控えめな態度となって、どことなく心をひかれる。
母親が子供をなだめながら、疲れた声で一言いった。
「そんなに、パパのところがいいの?」
「うん」
子供は、無邪気に応えた。
彼女は、次の言葉に詰まった。そんな母親を尻目に子供は、さんざん“ダダ”をこねた後、疲れたのだろう、母親の膝で寝入ってしまった。タクシー・ドライバーが、ポツリと一言聞いた。
「今日は、ご主人のご実家だったんですか?」
「ええ、そうなんですけど……」
若い母親はわずかな沈黙の後、身の上を、話し始めた。
「私は、小学校6年のときに母親を病気で亡くし、それから2年後の中学2年のとき、父親も病気で亡くして。それ以後は、親戚に預けられて。高校卒業後、就職して一人暮らしを始めたんですけど」
「それは、大変でしたでしょう」
タクシー・ドライバーは、次の言葉を捜しあぐねた。
「私は、早く家族が欲しくて、二十歳前に結婚して子供を産んだんです。これで自分の家族が持てたと喜んだんですけど。でも……。半年前に離婚して、この子は私が育てることになって」
「シングル・マザーですか」
「子供連れで、仕事を見つけるのも大変ですし……」
「でも、最近は、シングル・マザー支援のための色々な制度がありますし……」
独り身のタクシー・ドライバーの言葉が、むなしく闇の中に吸い込まれていく。タクシーは、深夜の都内を走りぬけ、30分も走っただろうか。男女の気持ちが動くのに、時間の長短は関係ない。恋が生まれる瞬間の“歯がゆい空気”が、狭いタクシーの車内にあふれ出したころ、静まり返った商店街の小さなビルの前で、タクシーは止まった。
「さあ、おウチに着いたからね。もう少しよ」
若い彼女が、眠くてどうしようもない小さな子供の手を引いて、アパートの階段をゆっくりと上がって行く。ドアを閉めたあとタクシーは、いつもよりわずかに長い時間、その場所に止まっていた。そして、何かを振り切るように、走りだしたのだった。