男女の“感情のもつれ”は、ボーダレス!
国籍が問題なのではない。二人の間で、しっかりと信頼関係を築けるかどうかが、重要な問題なのだろう。
彼女は、大きなマンションのある交差点の角でベビーカーを脇に止め、手を上げた。タクシー・ドライバーは、車を女性の前で止めた。ベビーカーをトランクに積み込んだ。運転席に戻り、彼女と赤ん坊が後部座席に収まったのを確認して、ドアを閉めた。
「湾岸のヨット・ハーバーまで」
そういわれ、彼は車をスタートさせた。
「いつもは、電車で近くまで行ってタクシーを利用するんですけど」
そういいながら、彼女は赤ん坊の面倒を見始めた。赤ん坊は、後部座席のウインドウのスイッチで遊びはじめた。ウインドウが一人でに何度か開いた。
「すみません。窓、開かないようにしてもらえますか?」
「そうですね。危ないですから、今、ロックしますね」
「ありがとうございます」
「ロックがかかっていると思いますが、ちょっと確認してもらえますか」
「はい。大丈夫です」
車が動き始めて5分もたっただろうか。彼女は、インド系イギリス人と結婚しているという話になった。
「彼は、インドで生まれて、小さいころにイギリスに渡って。見た目はインド人ですけれども中身は、イギリス人なんです。日本で英語を教えています」
彼女は、夫がインド系イギリス人で、日本の大学で英語を教え、ときには、日本政府の高官を対象にした英語の講習会を持ったりしていると話した。また、夫の母国であるインドのカースト制度やイギリス人の人種意識、さらには、日本の女の子に対する白人の印象にまでと、わずかな時間の中で、話しは多岐にわたった。
彼女自身も結婚前は、英語を教えていた。それがキッカケで、ご主人と知り合ったようだ。
「白人男性は、日本人の女性に対して、どう思っていると思います?」
「どうなんでしょうか」
「彼らは、“日本でなら、3ヶ月で結婚できる!”って、豪語してるんですよ。自分の国では、一生結婚できそうにない白人男性でも、ですよ」
「それは、日本人女性の意識をなんとかしないとまずいですよね」
「聞きながら、自分もその一人だと思うと、腹が立って来て。でも、一時期、日本人女性が、すごく人気が出たころがあったのも事実ですけど」
「今は、それほどでもないんですか」
「残念ながら、そうでもないです」
そのうち話しは、ご主人の内面的なコンプレックスにまで触れはじめた。
「たとえば、ベトナム系イギリス人とか、韓国系イギリス人とか、そういう人たちって、自分のアイデンティティーの核として、自分の母国のことをよく自慢したり、大切に思っていたりします。でも、ウチの主人の場合、どうも違うみたいなんです。カースト制度もあるでしょうけれども、また、小さいころから、きっといろいろと心に傷を負って来たんだと思います。でも、あまり、そういうことを話してはくれませんが」
「そうですか。日本人は、そういうことに結構、無頓着ですけれどもね。一歩日本を出ると、世界は違うんでしょうね」
「あっ、ここで!」
車は、湾岸のヨット・ハーバーにたどり着いた。ゲートで迎えてくれたのは、彼女の母親らしき女性。迎えてくれた彼女の表情が、タクシー・ドライバーの表情を見て、一抹の不安を感じている様子だった。タクシー・ドライバーの女性客に対する態度が必要以上に親身になっているように感じたからだろう。もしかすると、そう思えるのは夫婦仲に、母親としての不安を感じているからなのかもしれない。そのとき彼には、そこまで洞察する暇はなかったが、あとで思い返す度に、そう思えてきた。
幸せそうな国際結婚に思えても、内実は、どこの夫婦も問題をかかえているもの。国際結婚が難しいのではなく、男女の感情のもつれが、難しい。それは、国籍を問わないようだ。