女は、何歳になってもドキドキしていたい……
女は何歳になっても、ドキドキしていたいモノなのだろう。それは、男性だって同じだ。そんなときのドキドキを演出する小道具として、車は重要なアイテムだったようだが……。
50がらみの女性が、タクシーに乗り込んだ。彼女を乗せたタクシーは、「六本木のミッド・タウンへ」と向かった。彼女からは、どことなく普通の仕事ではない雰囲気を感じているタクシー・ドライバーだった。いわゆる『ギョウカイジン』という人種なのかも知れない、と彼は思った。その50がらみの女性を表現するとしたら、『ギョウカイジン』と表現する以外に彼女にぴったりと来そうな形容詞は、タクシー・ドライバーの頭には、浮かんで来ない。たぶん、芸能関係者か紙、電波を含むマスコミ関係者か、はたまた、広告業界か。彼女が聞いた。
「あいかわらず、車の数は多いですか?」
「そうですね。お盆ですから、都内の道路は平日に比べて、かなりすいていると思いますね」
「それはそうと、最近は、若い人が車に乗らなくなったって言われてますよね」
「そうらしいですね」
「若い人たちは、車でデートしないで、電車でデートしているんですかね」
「車だと、何かと都合がいいのに」
「そうですよね」
タクシーの中での会話に、その話しの意図しているところなど、本来、なんら意味を成さない。しかし、話しの内容と、彼女の年齢との間に、彼はギャップを感じながら、彼女の話に相槌を打っていた。
「車をバックさせるときに、男の人が助手席の肩に手を置いて、無意味に女性の方に顔を近づけて来たとき、やっぱり女性って、“ハッ”とするんですよ。“ちょっと顔が近づきすぎ!” とか。あんなドキドキとか、いいのにねえ」
「そうなんですか。やっぱり」
「そうなのよ。でも、車に乗らないんじゃ……」
車は程なくして、六本木のミッドタウンの前に着いた。
車から降りたときに「ありがとう」と彼の方へ視線を投げかけた彼女の顔は、50歳台というよりも60歳台といっていいくらいだった。女性は、いくつになっても、恋愛のドキドキを忘れないのだなと、ふと、タクシー・ドライバーは思ったのだった。