恋ナビ、幸せにたどり着けますか……
深夜、繁華街のはずれで手を上げた女。彼女の“恋ナビ”は、幸せのコースを指し示しているのだろうか……。女が降りて、静かになった車の中でタクシー・ドライバーは一人、思った。
深夜、新宿の繁華街のはずれで女が手を上げた。黒い鞄に膝丈のスカート、グレーの上下。ビジネス帰りのキャリア・ウーマン。タクシードライバーは車を寄せ、ドアを開けた。女は、疲れきった様子で車の後部座席に座った。
「飯田橋までお願いします」
「かしこまりました」
タクシー・ドライバーは、女にコースを確認すると車を出した。コースは新宿の靖国通りから市谷で外堀通りに入る。女は、そのコースを指定した。タクシードライバーは“神楽坂あたりで降りるのだろう”と思った。しかし、走り出して市谷を過ぎたあたりで、女が言った。
「運転手さん、飯田橋のNホテルに行きたいんですけど」
Nホテルに行くのなら、市谷で橋を渡って靖国通りから九段下の交差点を左折し、目白通りに入らなければならない。タクシー・ドライバーは答えた。
「申し訳ありません。Nホテルは飯田橋の交差点を右方向なのですが、この時間、交差点は右に曲がれないのですが。少し、まわり道になりますが、よろしいですか」
そういうと、女は応えた。
「もう少し早めに言えばよかったですね。お願いします」
「ただ、まわり道に多少、自信がないので、ナビを入れさせてもらってよろしいですか?」
「かまいません」
そういうとタクシー・ドライバーは、カーナビのタッチパネルを操作した。画面上に、交差点を迂回するコースが、スムーズに映し出された。女が言った。
「運転手さん、カーナビの操作が、お上手ですね」
「ありがとうございます」
一瞬、間が空いた。そして、女がポツリといった。
「ナビって、便利ですよね……」
「……そうですね。以前ですと、いちいち地図を広げていたわけですから」
女は後部座席で目を閉じ、しばらく静かにしていた。タクシーは、Nホテルの車寄せに滑り込んだ。女は料金を払い、車から降りようと腰をくねらせた。そして、小さく笑みを浮かべて言った。
「恋のカーナビ……も、あればいいのに……。ねっ、運転手さん」
「そう……ですね……」
タクシー・ドライバーはためらいながらも、そう答えた。タイト・スカートの後姿が静かに揺れながら、深夜のホテルの、薄暗いロビーの奥へと消えて行った。
夜の静けさが、タクシーの中に戻ってきた。一人、タクシー・ドライバーは再び、車を繁華街へと走らせた。