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プレゼント

いわゆる『ご休憩』を終えたヨシオとマリカは、ホテルを出た。

その時は心を無にして素知らぬ顔して、通行人がいたとしても決して目を合わさないように・・・。


それまでピッタリとくっついて歩いていたが、自然と体が離れるふたり。

秋の陽はすでに沈みかかり、地方都市のホテル裏の街路にも夕闇が降りつつあった。


ヨシオは社会人1年生。

マリカは2歳年上のシングルマザー。


ふたりは4年前、コンビニエンスストアの仕事仲間として知り合った。

大学1年生でいろいろな自由を手に入れたヨシオと、夫の浮気と借金が原因で離婚し乳児の子供と一緒に実家に戻ったばかりのマリカ。


生きる世界の違うふたりだったが割と早く打ち解けて、一緒に映画を観に行ったり食事をしたりするようになった。

しかし小さい子供のことを最優先にしていたから、会うのは必然的に日中のみ。


付き合いはじめて1年くらいで、自然な成り行きのようにふたりは男女の仲に。

マリカの存在はヨシオの心の支えになり、就活の時期も乗り切れた。


ヨシオが社会人になってからも会うのはやはりマリカが子供を保育園に預けている間の日中、なおかつ彼の仕事が休みになる水曜日。

けれども水曜日の昼間というのは買い物するにしても食事をするにしても遊ぶにしても、そして『ご休憩』するにしてもどこも空いていてゆったりできるという利点はあったが。


マリカによって童貞を卒業したヨシオだったが、彼女もまた彼と一緒にいると「女に戻れる」という。

もはや、離れることのできなくなったふたり。


実は、ヨシオは同居している両親に彼女の存在を秘密にしている。

いや、交際しはじめた頃に「彼女ができた」と報告したが、マリカがシングルマザーだということで猛反対され、「別れた」ということになっていた。


親に嘘をついているという後ろめたさはあったし、このまま関係を続けるといずれは決断を迫られることになる。

その時がいつ来るのか分からないが、それを思うと気は重くなるヨシオ。


彼が心のなかにそのような不安定な・・・不安めいたものを抱えながら、また夏が過ぎた。

秋のその日、マリカは提案した・・・特別に親にお願いして、子供を見てもらうから夕食ついでに一緒に飲もう、と。


当然ヨシオも承諾したから、その日は『ご休憩』の時間もいつもより長く取った。

そして夕食の時間まで、少し街をブラブラ。


街もそしてふたりが入ったデパートの中も、温かみのある光で彩られていた。

それが人の購買意欲をわざとそそるように幸福感を演出すべく仕向けられているとしても、ふたりは現に幸せであり、その空気に酔うようにふたりは再び互いに身を委ねるのだった。


そこでヨシオが出した、プレゼントの提案。

ふたりが本格的に付き合いはじめて4年の記念に、と。


マリカは彼の懐具合を心配し固く断ったけれども、ヨシオの「どうしても」という姿勢に折れて条件付きでそれを受け入れた。

条件とは、マリカもヨシオに何かプレゼントするというもので、彼女からのそんな申し出に彼は逆に嬉しくなった。


そして結局、マリカにはブランド物のポーチを買った。

それは彼が想定した予算を相当下回り、もっと高価なハンドバッグなど勧めたが、彼女の態度は変わらなかった。


ヨシオは同じブランドの、そして同じくらいの値段の財布を買ってもらった。

実家で暮らしているとはいえ彼女が経済的に厳しい生活を送っていることは知っていたから彼の方こそ遠慮したが、それは彼女が許さなかった。


それがどうしても申し訳なく思ったヨシオは、デパートを出てからマリカに新しい提案をした。

それは、それまで彼女と折半していたデート費用をこれから彼が持とうか、というもの。


社会人になった彼は彼女よりも経済的に余裕があるはずだから、そうして当然という思いもあった。

ふたりが歩く大通りの歩道は宵闇に包まれ、車やバスのヘッドランプが眩しく行き来していた。


しばらく沈黙が流れてから、マリカが口を開いた。


「それは、いいよ。これからも、私も一緒に出すから」

「なんで?」


ヨシオは訊いた。

当然彼女は喜んで受け入れてくれるはずだと思っていたから、戸惑った。


しかし、マリカははっきりとした口調で彼に言った。


「ヨシオがそう言ってくれることは嬉しいけど、私たち対等の貸し借りなしの関係で行きたいんだ」


いったい何を言うのだと、ヨシオは慌てた。

それは誤解だと釈明しようとしたが、その時ちょうど角を曲がった。


「わぁ、きれい!」


マリカが、声を上げた。

ヨシオも、思わず息を飲んだ。


通りの街路樹という街路樹が、鮮やかなイルミネーションをまとっていた。

まさに、光の回廊だった。


「クリスマスでもないのに、こんな事になってるって、知らなかった!」


マリカは、少女のように光の中をくるくる舞った。

ヨシオはそれを美しい、と眩しく見ながら次第に心が痛むように疼くのを感じた。


彼女との関係を隠して親を欺きながら、それを隠して関係を続けてマリカを欺いているのではないか・・・?

しかしマリカは陽気にヨシオに抱きついてくちびるを寄せてきて、彼もそれに応じた。


そしてくちびるを離してから、マリカは彼をじっと見据えた。


「ねぇ、こんどうちの子供と会ってみない?」


その一言でヨシオは心を決めた。


実家を出て、ひとり暮らしをしよう・・・。

彼女の目を見て頷いてから、こんどは彼の方からくちびるを重ねた。(了)

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