芽生え
愛刀雪月花から放った絶対零度の冷気の渦は、赤っぽい竜族に向かって、静かに襲いかかった。
「グオオッ……」
するりと纏わりつく、空気までをも凍らせる冷気。
咆哮を上げながら前足を持ち上げようとした姿勢で、竜族はパリッと小さく音を立て、クリスタル状のオブジェになる。
「ご主人様!」 「ボスー」
アマネとルビィがすたっと両脇に舞い降りてきた。
どこからともなくそんな登場、カッコイイんじゃないのー? このー。
「ルビィ〜! 炎出すの、上手くなったなぁ〜」
撫でくり撫でくり。
「いひひー。ちゃんとれんしゅーしてたー!」
「アマネは、神具使って大丈夫だったか? アレ、消費激しいだろ。」
「はい。消費は激しいですが……。多少調整が利くようになりまして。……あの、その……そ……それよりも……」
アマネはなんだか言いにくそうにモジモジしていた。なんぞ?
「あの……その……わ……わた……わたくし……も……」
「うん?」
「ご……」
「ご?」
「……ごほうびっ!」
「ごほうび?」
「……なっ! ……なで……なでてっ……くっ……くださいませっ……!」
ぷるぷると身体を震わせ、灰色の瞳が上目遣いで射抜いてきた。
顔を紅く染めながら、のオマケ付きである。
え……? ナニコレ?
「……だ……だめで……しょうか……やはり……私のような……賎しい者など……」
「あー! あー! そんな! そんなことない! ないない! 撫でるから! な? めっちゃ撫でる!」
「ほ……ほんとうですか……?」
「ほんとほんと!」
だからそんなうるうるするな! マジでどうした!
「では……」
と、なぜか瞳をスっと閉じるアマネ……
いや、なにそれ? 撫でる……んだよな?
なんで胸の前で手ぇ組んでんの?
ま、いいや。とりあえず撫でるか……
なんだか期待に満ち満ちた顔してるし……
と、アマネの頭に手を置いた瞬間――
――バリィン!!
んぁ? なんの音……
と、音のした方を振り返った瞬間。
「ゴアアアアア!!」
バギッ!! という音とともに、オレはどうも吹き飛ばされてるっぽい……
「ご主人様!」 「ボスー?!」
――ドガッ!!
「ぐっ……」
数秒後、立派な森の樹にぶち当たって止まった。
うぁー。マジでか。アイツまだ元気そうじゃん! 結構吹っ飛ばされたぞ!
と、遠目にさっきいた場所を見る。
なんだか、一回り小さくなった感じの竜族が、後脚で立ち上がっていた。
……まさか……脱皮的なこと?? 表面しか凍ってなかった……? マジかぁー!
「くっ……ふ……不覚っ……! こ、この下郎がぁ……! 私のご主人様に何をしたぁ……! 」
な、なんか遠くから聞いた事ない感じのアマネの台詞と大声が……
ぶ、ブチ切れていらっしゃる?!
てか、アマネってあんな大声出るんだ?!
「……かくなるは、ご主人様から戴きし、闇御津羽天弥媛神の名にかけて……」
力の奔流を感じた。渦を成した神力が、一点に集っていく感覚。
「必ずや……葬り去る!」
"黒煙の場所"は、一瞬――色とりどりの光の粒を放った。
そして、紫黒の龍となるアマネ。
赤っぽい竜族に襲いかかった。
「グオオオオ!!」
炎を撒き散らす竜、躱しながら鋭い牙を突き立てるアマネ龍。
大怪獣バトル勃発だな……。なんだか振動が伝わってくる。
おっと、いつまでもこんなことしてる場合じゃないや。
「ボスいたー!」
「お、ルビィ。大丈夫そうだな。フウカとウィトは、巻き込まれてないか?」
「えっとー……たぶん?」
あー、ルビィったら吹っ飛ばされたオレをすぐ追っかけちゃったのね。
全く。相変わらずドジっ子だなー。愛いやつめ。
まぁ、さすがにあの2人も巻き込まれはしないだろ。ちゃんと強いからな。
「よし、ルビィ。戻るか。とりあえず、フウカとウィト探そう。」
「はーい。」
狼ルビィの背に乗って、風のように森の中を進む。
「お、フウカ! ウィト! やっぱ無事だったな! よかった!」
2人はルビィの鼻力であっさり見つかった。さすがである。
「レイ殿。」 「レイリィ様!」
「いや、すまん。雪月花で片付いたと思ったんだが……。」
「ふむ……。詮無きことぞえ。竜族とは、超常の頑強さを誇るのえ。こなたら神獣では、倒すは能わぬのえ。」
「あー。追い返すので精一杯みたいに言ってたっけ。」
「そうぞえ。先代神狐の長も、前回の天災……竜族の飛来で亡くなっておるのえ。あの時も……なんとか追い返すは能うたがの。しかして……前回の飛来から30年余……こうまで早い再来とは思うておらなんだぞえ。」
「ニャんでか竜族が急に来ちゃって焦ってたんニャ! でも郷のみんニャはだいたいひニャんしたニャ! ニャからフウカ様とウィトでがんばってたニャ! でも、フウカ様、ウィトをかばって……」
しょぼんと頭を垂れるウィト。
「そうだったのか。」
「そうぞえ。レイ殿には、何度救うてもろうたか分からぬぞえ。此度は、こなたも死を覚悟したぞえ。だから……」
このフウカの台詞の続きは、聞いてはいけない気がした。
「あー! いや、とりあえずさ! オレはアマネに加勢してくるから……って、そうだ。アマネ、なんか前と様子が違うよな? なんかあったのか?」
アマネと竜族は互角な感じで戦っているっぽい。
アマネがいる時には聞きにくい話を、今の内に聞いておこう。
「ああ……。レイ殿が彼奴に転移されてしもうた後、程なくして、生まれたのえ。」
「生まれた?」
「あれは、産声……。少しずつ育まれていたであろう種の萌芽。アマネ殿は、"心を失くした刀鬼"ではなく、一柱の鬼神であり龍神である神として、あの時……生まれたのえ。こなたはそう……捉えておるぞえ。」
えっと……つまり?
オレが転移したことをきっかけにして、ずっと微妙な感じだった感情的なものが、一気に発露した……
そういうことか……?
あー! なるほど……。
だからあんな2歳児みたいな感じに……。
ある意味生後2ヶ月ってことか。
ふむ。でも、あの全く表情も変わらなかったアマネがだよ。
あんな風に振る舞えるようになるなんて……
いや、これはまさしく成長だわ。
あのアマネが! ううむ。これは嬉しいことだ!
よし!
あのオレの平和で平凡な平穏ライフを脅かすやつ、さっさとなんとかして、お祝いだな!
「フウカ、ウィト。郷の護りを固めてくれ。オレはアマネのところに行く!」
「わかったぞえ。武運を。」 「はいニャ!」
「よし、行こう、ルビィ!」
「はーい!」
再び風のように走り出すルビィと、急ぎ郷に戻るフウカとウィト。
大気は揺れ、今にも泣き出しそうな空。
何とも大規模な事になってきていたようだった。
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