1.4話 クコの森へ
ビュウビュウと空気を裂きながら、矢の様に走るルビィの背に跨り、二時間といったところだろうか。
神泉の森は抜けたようだった。
一度あまり広くない平原を経て、今は密度の濃い森の中だ。
神泉の森とは明らかに様相が異なっている。
これが神狐の民がいるっていうクコの森だろうか。
神狐の民かぁー。どんな感じなんだろうなぁ。
大猪族に襲われた? とかいう話だし、変に警戒されなきゃいいけどな。
そんな森で、ふと、聞き覚えのある音がする。
その方向を見ると、蒼碧とした木々の隙間が、キラキラ煌めいていた。
「ルビィ! ちょっとストップ!」
「え? なーにー?」
「そこ、川じゃないか? ちょっと休憩しようか。」
「はーい!」
森の中の沢といったところだろうか。
幅は3mくらい、水深は、1mといったところか。
日本の山にもありがちな風景に、少し懐かしさを覚える。
前世で森に入ったのも、自然に囲まれた川を見たのも、随分昔の事だ。
春の陽気を思わせる過ごしやすい気候と、濃い緑の香り、そしてサラサラと流れるせせらぎの音。
これは癒されるというやつでは?
川岸の少し大きめな丸い岩に腰掛け、しばしの間眺めていると、緩やかな流れに、時折波紋が拡がる。
目を凝らすと、波紋の奥に魚影が映る。
魚かぁー……。
捕れないかな?
てか、魚、いるんだ。この世界。
「ルビィ。魚、食いたい?」
「え! さかなー? たべるー! あるのー?」
「いや、ほら、そこの川にさ、いるから。
捕れないかなーと。」
「ルビィ、とれるよ! まってて!」
「あ……」
いや、張り切って行ってしまったな。
罠でも作ろうかと思ったけど、まぁせっかくやる気みたいだし、任せよう。
その間に火の準備でもするか。
薪になるものは、たくさんあるし。
薪を集めて、ルビィの下りた川辺に向かう。
ルビィは前脚を駆使し、熊の鮭取りみたいになっていた。
中々器用だな。
釣果? 漁獲高? といえば、30cm近くありそうな魚が、大量に打ち上げられて、岸辺で勢いよく飛び跳ねている。
「ルビィ、大漁だな。そんなに食うのか?」
「あ、ボスー! はんぶんこだよー!」
え……? 20匹くらいありそうだぞ……?
「オレ、そんなにいらないぞー。
ボチボチ焼くから上がってきなー」
「はーい!」
薪を積んで、間に枯葉を詰めた。
焚火とか久しぶりだ。
― テテーン! ―
神スマホ~。
まるい手の青い近未来ロボの気分で取り出したる、コレ。
なんと、着火なるアプリ的なものがある。
と、いうわけで!
ポチッとな。
「おぉ。」
どういう仕組みか分からんが、虫眼鏡で集めた光の様に、一点にボッと音を立て着火した。
この、カメラのレンズ的なところに秘密がありそうだな。
ま、直接覗き込むのは危険そうだからやらないが。
中々便利である。GJ母神様。
軽い火種から、メラメラと音を立てて、薪に引火していく。
うん。久しぶりの野外活動って感じで、ちょっと楽しいな。
鼻歌交じりに作業をしていく。
お? そういえば、この世界には音楽って概念あるのかな?
文明というか、文化というか、どうなってるんだろうな。
ま、その辺を段々知っていくのも、旅の醍醐味かもな。
などと、考え事をしながらも、作業は進めていく。
魚は柔らか目の鱗をザラザラした石で剥いだ後、木の枝を串代わりにして、薪を囲むように地面に刺していく。
ナイフが無いので、腹は裂かない。
というか、裂けない。
刃物欲しいな……。
調味料は、これ。
― テテーン! ―
神の粉~。
……聞くところによれば、神族の食事はこれだけでもいいらしい。神力を効率的に摂取出来るとかなんとか。
どうも神族は摂取するエネルギー的なものが、人のソレとは違うという事らしいんだが……。
まぁ、地球の皆の魂をあれやこれやで経験が栄養でうんぬんだもんな……。
とにかく神力さえあれば何も問題はない!……という話なんだが。
しかしだな……。
元日本人としては、ちゃんと食事したい欲求はあるんだ。
というか、むしろ、食事ってのは楽しみの一つだと思うのだ。
だから、これは調味料的に使うのだ。
どんな味か知らんけど。
しかし……白い粉って、怪しいな。
例のヤバい粉みたいだな。現物、見た事ないけど。
……試しに少しだけ舐めてみるか。
ん? これ、岩塩……? めっちゃミネラル。
えぇー。
塩だけ舐めてりゃ死なないって、マジかよ。
そんな人生…神生? 嫌だわ。
遭難者かよ。
ま、まぁ、塩なら塩で、使いやすいな。
調味料として使うつもりだったんだからOKだ。
むしろ、一番無難かも知れないな。
とりあえず、魚には合うし、全部にかけとこう。
ルビィの食性も、今は人間と同じらしいしな。
前世みたいにルビィ専用食じゃなくてもいいってのは、地味に嬉しい。
同じ物を一緒に味わえるというのは、いい事だからな。
何にせよこの粉、幻が見えちゃう様な変な粉じゃなくて良かったぜ。
「ルビィ。オレ、一匹でいいんだけど、残り全部食える?」
「えー! いいのー!」
おぉ、ヨダレ凄いな。
まぁ、大狼族だっけ? デカいからな。
こんな量は普通なのかもな。
と、納得したところで、芳ばしい香りが鼻腔に出来上がりのお知らせをお届けにきた。
うむ。いい感じに焦げ目も付いているじゃないか。
「よし! 食おう! いただきます!」
「わー! いただきますー!」
二人? して、ハグハグと貪り付く。
旨い! 鱒みたいな味わいだな。
歯応えも、ぷりっぷりだ。
身と皮の間に蓄えられた脂も、臭みも無く、甘みもあり、非常にまったり濃厚だ。
それでいて、全くしつこさは無く、サラッと入っていく。
むう……これは、刺身でも相当旨そうだぞ……。
と、なると、醤油やワサビが欲しいな。
あるんだろうか?
この沢の感じ、水も綺麗だし、上流の方にはワサビとか、それっぽいものがあるかもなぁ。
醤油は、味噌がまずあるのかだよなぁ。
大豆……いや、そもそも、菌類がいるのかどうかだよなぁ……。
あ! そういえば、醤油は化学的に造れるんだっけ? 詳しくは知らんけど。
母神様なら造れそうだなぁ。味噌だろうが醤油だろうが。
なんせ、オレの身体やら能力やらを創ったくらいだしなぁ。調味料くらい創れるだろ。
むしろ出来なかったら、創造の女神とか名乗ってないだろうしな。
うん、いつか聞いてみよう。
いや……むしろ、食材探しの旅とか、いいかも知れんな。楽しいかも。
折角の転生なんだ。そういうのも、満喫したい所だよな。
「ボスー! これー! すごいね! おいしいよー!」
食に思いを馳せるオレの隣で、ルビィは幸せそうだった。
とりあえず、一枚撮るか。