2.7話 アーシアグルメレポート[アーサの宿屋]
前回のお話:風呂桶はマジで桶
さてさて。
アーシアにおける初飯である。
宿屋のオヤジが、テーブルの上に二人分置いてってくれたのだ。
という事で!籠の中身は何だろなぁー……
パカッと籠の蓋を開けてみると、丸いものが目についた。
……?
……パン?かな?これ。
石のように黒くて固いが……?
試しに、パンらしき物で、テーブルを叩いてみる。
コンコンと、小気味よい音がする。
うん、これはパンじゃないな。
多分軽石かなんかだわ。軽くて硬いしな。
あ、まさか風呂代わりの清拭具的な?
そして、丸いブツの横にあったポットのような物には、スープっぽい物が入っている。
そして器が二つ。スプーンも二つ。
以上、今日の晩御飯のメニューでしたー!
……えぇ〜〜。
マジでぇ~~……?!
いや、まぁ、そうか。
これまで見てきた街の感じだと、こんなもんだろうな。
「わ、パンがある!すごい!」
あ、コレ、パンなんだ?
そしてニケさんによると、すごいらしい。
オレ的にはすごい固い何かなのだが……
まぁ、パンらしいしな。
あんまり美味そうには見えないが、ものは試しだ。
一口くらいいっとくか……
――ガギッ!!
「かっかへぇ!!」
「ちょ……レイ!何してるの!?そうじゃないよ!」
「へ……?」
ニケは、とぽとぼっと皿にスープを注ぎ、そこにパンをボチャっと投入した。
「こうして、柔らかくするんだよ。」
「な、なるほどー?これはあれか、携帯食みたいな?」
「え。いや、普通のパンだけど……。」
…………
………………普通のパンって、こんなだっけ?
これ、多分前世だったら歯が折れてると思うけど。
カルチャーギャップってやつだな。うん。ギャップ萌えしないやつ。
ニケに倣い、皿にスープを注ぎ……
ん?なんのスープこれ?なんか……臭っさ!生臭いな!
で、これに、軽石パンを投入……っと。
じわーっと、皿の水位が減っていくと、黒い塊はぶよーっと膨らんできた。正直言って、中々キモい。
「レイ?どうしたの?食べないの?」
見ればニケは、ひょいパクひょいパクと軽快な迄に食を進めていらっしゃった。凄まじいの一語に尽きる。
目の前の異臭漂う異物を……口に放り込む……か。
中々に勇気のいる行為だな。
おお……神よ!我に救いを与えたまえ!って言いたい。
無駄だけど。
意を決して、ぶよぶよの何かにスプーンを差し入れた。
ズブり……と嫌な感触が、指先を支配する。
プルプルと震える手を、何とか動かして、スプーンに乗った異形の何かを、恐る恐る口へと運ぶ。
近付くにつれて、生臭さの中に隠された刺激臭が、鼻腔内を総攻撃にかかる。なんて事だ!!オレの防御を貫通するだとっ?!くっ……つ、強過ぎる……!!
意を決して口を開け、ブツを投入した。
――!!?!??!!
それは……実に形容し難い味だった。
いや、しない方がいいだろう。してはいけないものだ。
そう、もう思い出したくもないのだ……。
ただ、その衝撃たるや、一切の咀嚼を忘れ、魂が抜かれるかの如く、放心する程度のものではあった……とだけ。
どうやら、オレは完全敗北を喫したようだ。
最早、指先一つ動かせる気配すら無い……。
「ね、ねぇ……ちょっと、レイ?どうしたの?大丈夫?顔色、変だよ?」
くっ……!まさか、オレには毒なぞ効かんとか思ってたが……味がヤバいって、めっちゃ効く……。
「あ、あぁ……辛うじて生きてる……オレは、生還したぞ……ニケ……!」
「え?ちょっと、レイ!なにまたおかしな事言ってんの?!それ、食べないならアタシもらっちゃうよ?!いいの?!」
「ああ、是非……そうしてくれ。ニケ……お前が神だったか……。」
「何言ってんの?レイって本当に変だね。神なのはレイでしょ?」
そんな事を言いつつ、ニケはオレが食えなかった物を、あっという間に平らげていった……。
ニケさんすげぇッス。
――
食後……というか、オレには地獄の時間だったが……まぁ、それはいいとして。
今後の方針を定めるべく、ニケに質問をする事にした。
「ニケ。先ず前提として、オレはテイルヘイムか、エルヴァルドに帰りたい。その道を探す。
で、だ。この世界は、金が要るっぽいよな?」
「テイルヘイム?エルヴァルド?」
「テイルヘイムは、獣族の世界で、エルヴァルドは、アズ神族の世界かな。
えっと……」
窓を開けて、空を見上げてみた。
星はとっくに輝いていて良さそうな時間だが、空はどんよりと暗い。
近くにあるはずの星や月すらも見えない有様だった。
うむ。説明は諦めよう。
「でさ、オレ達みたいな旅人が、金稼ぐのって、どんな手段がある?」
「えっと……アタシなら……しょ……娼婦……とか……」
ニケさんや。顔を赤らめて俯くでないよ。
「レイ……なら、傭兵とか?」
「傭兵ぇ~?」
「うん。多分、いっつも募集してるんじゃないかな?傭兵団。色々あるよ?今日は行かなかったけど、アタシが出兵する前は、広場でたくさん募集してた。」
ふーむ。
人を殺すのは、あんまり気が進まないなぁ。
しかも、理由が金の為、だもんなぁー。
殺人かぁ……。
前世では、割と人の死には触れてきた気がするけど、自ら殺すような事はした事無いんだよな。
でも、もし、日本が戦争なんかの事態になってたとして、徴兵されたりしたら、まぁ、普通に殺し殺されしてたんだろうな。
人は、環境で変わる。
取り巻く環境や文化は、人格形成に大きな影響を与えるもんだ。
こんな世界に放り込まれたんだ。
殺人も、殺神も、しなくてはいけない時は、きっと来るんだろう。
テイルヘイムでは、なるべく平和に不殺で問題解決をしようとしてた。
けど、ルーキスナウロスには歯が立たなかったが、殺す気概で攻めただろうか?
寧ろ、攻撃が効かなかったからこそ、安心して攻撃してなかったか?
リセットは、即殺能力では無い。
寧ろ、攻撃力という意味では、あんまり無い。
でも、使い方に拠っては……
はぁ……。
ま、独力で帰還するには、色々と覚悟が要りそうだな。
よし。
「分かった。じゃ、明日はその広場に行ってみようか?」
「うん。場所は知ってるから。」
まぁ、四の五の考えても仕方ない。
今やれる事をやるしか無いんだしな。
「よし、じゃあ、寝るか!」
「あ、う……うん……。」
フッと、油灯の火を消した。
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