1.40話 大虎の長
「レイリィのダンニャー!」
緑のドーム状の建物からひょこっと顔を出し、ティグリが呼びかけてきた。
……見た目は厳つい癖に、何だか動きがコミカルなんだよなぁ、アイツ。
「入ってきて欲しいニャー!」
その建物は、前世の物で例えるなら、外から見ると古墳に似ている。
まぁ、実際に古墳の中にまでは入った事は無いのだが……。
そんな古墳風建物だが、外から見ると窓も無く、無灯の洞窟というイメージだったが、中に入ると……ちゃんと明かりが点っていた。
それも、厳つい虎人に似つかわしく無いと言うと失礼かも知れないが、壁に掛けてあるのは、白く発光する綺麗な花だった。
ふむ……ちょっと欲しいかも。
「ティグリ!何コレ?!花が光ってるぞ!」
「ん?白光花、知らないかニャ?結構そこらへんに咲いてるニャー。」
「へー!綺麗だなぁー。」
この辺りでは、ありふれた花らしかった。
初めて見たオレとしては、良い物見たなー!旅した甲斐があったなー!って感じだけどな。
物珍しさにキョロキョロと観察していると、外からは窓も無さそうに見えていたが、壁の一部に葉で覆ってあるだけの場所があり、換気は問題無さそうだった。
まぁ、そらそうか。生活空間だとしたら、必要だよな、換気。
「長ー!お連れしたニャー!」
案内された部屋は、奥の壁が湾曲しているが、他は真っ直ぐに仕切られていた。
広さは、10㎡無いくらいだろうか?そこそこ広い。
そして、両サイドの壁面は、光る花で埋め尽くされんばかりで、かなり明るい。
なんというか、光る花に囲まれて……とても幻想的だ。
部屋の中央付近には、竹で作られた大きなベンチがあり、木製のテーブルを挟んでその対面に、ウィトと、白虎人、隻眼で灰色の虎人がそれぞれ座っていた。
隻眼の虎人は、どうやら左腕も無い様だ。
「ま、ま、ダンニャさま方。お座り下さいニャー。」
ティグリに促されて、めいめいに座……ってくれたらいいのに!
「いえ、私は……」とか言ってんじゃないの!
「アマネちゃーん?座らないなら、オレの膝の上に乗せるよー?」
「い、いえ……そんな……!恐れ多い……!」
「ここかここ、どっちがいい?」
右側か膝か。
ポンポンと叩き指し示すと、アマネは漸く諦めたように
「……かしこまりました。こちらに座らさせて頂きます。」
と、オレの右側に座ってくれた。え?膝でもいいんだよ?
オレの左側にはちゃっかり「ルビィここー」とルビィが陣取り、その左側にフウカが座った。
オレ達が座り終えたところで、お盆を持った虎人が現れて、木製の武骨なコップを一人一人の前に配っていく。
中には黄金色の液体が入っていた。
なんだろ、これ。ビール?ビールは苦いから、好きじゃないんだがなぁ……。
それが全員に行き渡ると、灰虎人が話を切り出した。
「大猫族、前族長のハールマーと申します。先ずは、こちらで、旅の疲れを癒して下さい。」
ふむ。この期に及んで毒ではあるまいよ……。
「いただきます。」
コップに口を付けて、恐る恐る口に含む。
訪れたのは、衝撃だった。
突如として、ピリついた刺激が、口の中でシュワっと弾ける。
その勢いで運ばれ、ふわっと鼻腔に届く、爽やかでいて、フルーティーな香り。
炭酸飲料やないかい!
しかも、風味は林檎だな!しかも、蜜たっぷりのフジりんごみたいな……。いや、もっと深い味わいがする……。
これ、地球のどの炭酸飲料よりも、美味いんじゃなかろうか。
なんて事だ……!
爽やかでありながら芳醇で贅沢な甘みを、炭酸の刺激でお届けされてしまった。
オレは……再び、思い知らされてしまったようだ。
この世界の素晴らしさを……。
「これ……めっっっっちゃ美味いね!マジ凄いわ……。」
「お気に入り頂けましたか。なによりです。
そちらは、このナカツノ森でよく採れる果実と、涎花蜜、湧き水で作ったものです。我らは王虎水と呼んでおります。」
そんなシンプルなレシピでコレかよ!?
てか、湧き水、炭酸泉なんだな。
うーむ。
正直、ここまで来るのは気乗りしなかったんだが、こんなもの出されてしまったなら、認めるしかないな……。
来て良かったと!
やはり、旅はするものである。
しかもなんか、ちょっと神力回復した気がするな。
リオダーリのせいで疲れてたしなー。ナイスである。
ちらりとルビィを見ると、炭酸の刺激が苦手なのか、表面をぺろぺろと舐めていた。
フウカは慣れているのか平気なのか、くいっとコップを傾けていた。
アマネはというと、いつも通りの無表情ぶりだが、ちびりちびりと飲んでいた。
ふむ。
どうやらメジャーな品というわけでは無さそうだな。
マジでいい体験だったという事だな。
「では、そろそろ本題に入らせて頂きます。」
ハールマーは、そう言いながらキリッとした表情になり、居住まいを正した。
なんですか、改まって……。
「レイリィ様……いえ、皆様方。此度は、多大なるご迷惑を……いえ、誠に忝なく……。襲撃に参加した者共をお許し頂いただけでなく、ティグリを助け、あまつさえウィトまで御救い下さるとは……。感謝の念に耐えません……!」
仰々しく、深々と頭を下げる灰虎人に続き、白虎人も頭を下げた。
この場合は、降参のポーズじゃないんだねぇ。
「いやー。その件は……まぁ、たまたま?たまたまのラッキーみたいに思っとけばいいんじゃないかなー?
オレも何となく流れでそうした感じだったし……。
てことで、あんまり気にしなくていいんじゃない?」
いや、ほんと。気にしないで欲しい。
あんまり気を遣われるのもなぁ。好きじゃないんだよ。
「で、ですが……、それでは……」
「んー、じゃあ……。ルーヴかリオダーリか、大猫族の族長がどうなるかは知らないけどさ、一応神狐の民とは不戦を約束はしたけど、ハールマーさんも約束してくれないかな?ちょうど神狐の長もいるしね。どうかな?」
フウカをちらりと見ると、こくりと頷いた。
「そんな事は勿論です!元より、我らにしてみれば、他族を攻める意味など無いのですから!
そうでは無く!此度のお詫び……いえ、御礼をですな……!」
「御礼?それはもう貰ったよ。」
「……は?」
きょとんとするハールマーに向けて、コップを差し向ける。
「これ。めっちゃ美味かった。」
「そんな……それでは我らの気が……!」
「んー……。じゃあ、ありがとうって言ってくれたらいいかな?」
前世では、あまり言われなかった言葉だ。
今更嫌な記憶なんて思い返したくもないがな。
でも、そんなだったからこそ、言われたら普通に嬉しいのだ。
「は?……ありがとう……ですか?
それは、勿論……。ありがとう。」
ハールマーは、深々と頭を下げた。そして、
「では!せめて、今夜はお泊まり下さい。部屋も食事も用意させましょう。」
と言った。すると、
「ニャっ!長!?宴は?」
ティグリが驚きの声を上げる。
おい、ティグリ。お前が宴したかったって話かよ!
「宴か。なるほど。では、歓迎の宴をしましょう。
ティグリ。手配を。」
「合点承知ニャ!任せるニャ!」
言うが早いか、ティグリは一陣の風となった。
……めちゃくちゃ張り切っとるやないかい!
ありがとうございました。
またよろしくお願いします!




