1.28話 敵襲
お風呂タイムが終わり、そろそろ寝ようかと思った時分だった。
「敵襲ー!敵襲ぞえー!」
「クコの森にて、会敵ぞえー!」
「フウカさまー!フウカさまー!敵襲ぞえー!」
突如として、神狐達の慌てふためく声が石の廊下に響いてきた。
この二ヶ月程、こんなに騒がしい夜は無かったのだが……。
どうやら緊急事態らしい。どう動くべきか。
敵襲か……。前世も今世も、戦争経験は無い。前世では、精々ガキの喧嘩かサバゲーくらいだ。下手な動き方をすれば、間違い無く危険だろう。
とはいえ、放っておいて良いわけがない。恩もあるが、ここが滅びれば、オレたちも危ない。
「敵襲……みたいだな。」
「そのようでございますね。」
「なんだろねー。」
「そういう事って多いのかな。」
「私は、獣族についてはあまり……」
「けっこーあるよー。」
「あるのか……。よし。分かった。」
片付けてあった装備達を手に取り、フウカの元に向かう事にした。
夜は多分、私室だろう。今のオレでも、ヒーラー代わりくらいにはなれるからな。そんな感じで立ち回ってみよう。
「ちょっと行って来る。」
と、部屋を出ようとすると
「ご主人様、お待ち下さいまし。私もお供致します。」
「ボスー!ルビィもいくよー!」
同じく素早く身支度を終えていた二人も付いてきてくれた。心強い。
よし、急ごう。
フウカの部屋まで、そんなに離れてはいない。廊下の角を曲がればすぐだ――
と、その曲がり角には、既に神具装着済みのフウカが居た。
「フウカ!敵襲ってなんだ?相手は?数は?」
「レイ殿。まだ分からぬえ。」
「手伝うよ。郷の皆には、世話になってるからな。」
「有難いぞえ。」
四人で、急ぎ外に向かう。
「リンコは?」
「リンコは、歩哨の筈ぞえ。おそらくは、会敵しておろうえ……。」
なるほど。
と、なると、さっき叫んでたのは、歩哨隊の誰かで、リンコはおそらく戦ってるんだな。
大丈夫だといいが……。
館前の広場に出ると、血を垂らした赤い狐が、蹲っていた。
「フウカさま……。」
「イナコかえ。」
オレは、すぐさま駆け寄ると、傷を見る。
お、これなら治癒でいけそうだ。
神力を掌に集め、傷が癒えるイメージを膨らます。深めの切り傷の奥、みるみる血管が繋がり、筋肉が繋がり、そして毛皮で塞がった。
「おぉ……。レイリィ様。有難いえ。
フウカ様。現在、リンコ様が敵に囲まれておりますえ。
こなたは、伝令として逃がしてもらいましたえ。
敵は、大猫族かと……」
「大猫かえ……。」
「一際大きな、鬣を持つ者もおりましたえ。」
「長かえ。」
「おそらくは……」
「リンコが危ういぞえ。こなたが赴くえ。
イナコ。そなたはまず索敵に回り、状況確認しえ。正面から会敵せぬよう注意して動くのえ。
リンコが戻り次第、他の者と共に、護りを固めよ。」
「承知しましたえ。」
イナコは、返事と共に、音も無く真っ暗な森へと消えた。
「ウコン、サコン。」
『は。』
門番の二狐か。
「そなたらは、敵の館への侵入を許さぬよう。万が一突破の憂き目におうたら、狐火で報せよ。」
『は。』
「では、こなたらも参ろうかえ。」
――
階段を駆け下り、森に向かう道中、何名かの神狐が倒れていたので、程度の軽い者は治癒で、重い者はリセットで、都度治した。治癒が済んだ者達は、館の防衛に再び散っていく。
フウカは、その間にも、狼化したルビィに乗って、戦闘音の響く方へ先んじて向かった。
その方向からは、獰猛そうな咆哮が聞こえる。
ライオンや虎の様な、大型ネコ科動物の声だ。
前世の身体なら、本能的に震え上がっただろう。
だが、神族になったからか、動けなくなる程の恐怖感は無い。
鳥居を出た辺りにも、そこかしこで蹲る十数名の負傷者が居た。
マジで戦場じゃないか……。
「ご主人様!」
――ギィン!
唐突に、お師匠さんに押し飛ばされ、地面にズザザーっと勢い良くヘッドスライディングした。野球経験は無いから、初かも知れない。
押し飛ばされる前に自分が居た所を見上げると、お師匠さんの刀と、自身の爪で鍔迫り合いをする、二足歩行の豹が居た……。猫ちゃうやん!
大猫族って、ネコ科の一族って事だろうか。
「チッ!防がれたかニャ……」
「当たり前です。」
ニャ、ニャんだと……!そこは猫っぽいのか!いや、そんな場合じゃない。
「お師匠さん!」
「師匠は止めて下さいましと、いつも申しておりますでしょう。」
「いや、助太刀……」
「必要御座いません。」
言うが早いか、するっとした感じで、いつの間にか、お師匠さんは豹人の背後に居た。
「ニャ、ニャんだコノや……」
豹人は、振り向き様、セリフを放ちかけたと同時に、左肩から右脇腹に掛けて、凄い勢いで鮮血を放つ。
そして、そのままの姿勢で倒れてしまった。
「神狐達の手当てをなさるなら、お早く。」
「あ、はい。」
突然のスプラッタは、映画のワンシーンの様だった。
あまり現実感が無い。
辺りに蹲っていた負傷者を治し、森に入ると、ガサガサと激しく擦れる木々の音の合間から、唸り声、怒声、悲鳴が入り乱れて聴こえてきた。
そして……
――ドゴーン!
突如破裂音が響き、火柱が上がった。
そして、ほぼ同時に獰猛な咆哮が耳を穿つ。おそらくリンコがいて、フウカとルビィが向かった地点だ。
気が付けば、オレは全速力で走り出していた。
「ご主人様!」
「あそこに向かう!」
「かしこまりました!」
オレが唯々夢中で森を走り抜ける間、お師匠さんは飛びかかってくる大猫族を全て一撃で斬り伏せていた。
――
「フウカ!ルビィ!無事か?!」
爆音の響いた地点に到着すると、フウカは、二足歩行のライオンと対峙していた。
そしてルビィは、二足歩行の虎達に囲まれながらも、鋭い爪や牙を躱している。
「レイ殿かえ。こなたは大事無いえ……。」
駆け付けた場所は、酷い有様だった。
木々が焦げた臭いに混じって、噎せ返るような……血の臭い、焼けた肉の臭い、臓物や汚物の臭い……
血溜まりに沈んでいる、神狐……そして、大猫族たち。
「リンコは?!無事か?!」
「……そやつの、後ろぞえ。」
「え……?」
暗闇に目を凝らすと……
フウカが対峙する獅子人の少し後ろに、己が臓器を枕に血溜まりを作る――前肢を失った金色の狐が……居た。
「リンコ……?」
「ガァッハッハーァァ!何が神狐の民か!クソザコ共が!俺様が直々に滅ぼしてやるわ!ガァッハッハー!」
全身を、鑢で削られているような感覚がした。
だが、頭だけは、流氷の浮かぶ真冬の海に、岩漿を垂れ流したかのようだ。
「おい。ライオン。」
「ライオン?俺様の事か?何だ?みすぼらしいガキが。俺様に気安く話しかけるとはなァ。その柔らかそうな腹を引き裂いて、中身ぶちまけてやろうか!
……この狐みたいになァ!ガルルァ!」
リンコを顎で指し、獰猛な笑みを浮かべつつ、ライオンは恫喝する。
はぁ……。悪人みたいなセリフだな。溜息しか出ないわ。
「……一つ聞きたいんだがな。神狐の民が、お前に何かしたのか?」
「はァん?俺様は、獲物を狩りに来たのだ!神獣などと曰わり、獅子であり、大猫の長である俺様を差し置いて、偉そうにしておる奴等をなァ!」
あぁ……そうか。
この世界にも、話の通じない奴ってのは、居るんだな……。残念だよ。
「あのさー。オレ、そーゆー理不尽なの、もうウンザリなんだよ。お前、ムカつくよ。クソライオン。」
「クソガキがァァァ!縊り殺してやルァアァァ!」
獅子人は、雄叫びを上げながら躍り掛かってきた。
が。
オレ、ムカついたんだよ。
だから……全力で、リセットぶちかます!
範囲最大限……効果個別指定……
あぁ……情報量ヤバい……頭がパンクしそう……
ううう……ああああああああぁぁぁ!!!
獅子人の爪が、オレの喉元に届くと同時に……
――プツッ……と、記憶が途切れた。
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