1.25話 スローな暮らしIN神狐の郷②
ページ下部に、陰東 紅祢様 (Xアカウント : @kageazuma) 作の1ページ漫画があります!
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朝食の後は、先ず体力修行……というか、身体能力向上の為に、地味な感じのメニューをこなす。
お師匠さんの掛け声で目を開け、瞬時に目標物にタッチしたり、腹這いになってビーチフラッグの様な事をしたり、岩と岩とを落ちない様に跳び回ったり……色々だ。
ルビィは、狼状態だと身体能力は凄まじいのだが、人型だとまだまだ微妙な動きしか出来ない。
まぁ、オレの身体能力も、10歳の人間基準なら破格なんだろうけど、化物の居る世界ではおそらく心許ないのだ。真面目にやらないと、今後が危ぶまれる事請け合いなのだ。
基礎訓練の後は……オレの場合、体術の体捌き、次に刀の素振り、そして打込みをする感じだ。
組手や模擬戦もするが、相手はお師匠さんだ。
ルビィは、刀を使わないので、リンコと別メニューをしている。主に体術修行という感じだな。
偶に二人して獣姿で模擬戦もしてるが、基本的には人型での訓練だ。人型ではリンコの圧勝といったところだが、獣型だとルビィに軍配が上がる。圧倒的な体格差と、それに見合うパワー、そしてスピード。大狼族一の実力者ってのは、本当らしい。
「ご主人様。集中して下さいまし。」
「あ、はい。」
しまったしまった。ルビィ達を見てる場合じゃない。
ちゃんと集中してやらないと、お師匠さんが怖いぜ。
可愛い顔して、割と容赦ないからなー。
えーと、素振りはただ振れば良いという訳じゃない……んだったな。
身体の隅々……爪先から頭の天辺まで、身体の動きを、エネルギー……神力を――流れるように動かす。
最初は、三回も振ればバテてしまっていた。だが、集中力は、刀術も神能も、肝なのだ。
ただ、やってみて分かるが、一朝一夕で易々と出来るものではない。だからこその反復練習なんだろうな。
「ご主人様。随分慣れてこられましたね。」
「お?マジで?」
「はい。上達が早いです。」
「おぉ、お師匠さんが……褒めてくれたぜ!」
「師匠は、止めて下さいましと、何度も申し上げておるではないですか。」
「いや、でもさ、教えてくれてるんだしさ。
それに、名前も無いんだしさ。
……そろそろ、名前付けない?」
と、言うと、お師匠さんは、顔を伏せ……
「私のような者に、神族に戴く名など、勿体のうございます……。」
そんな事を、零す様に呟くのだ。
お師匠さん。この鬼族の娘さんは、鬼族にとって忌み色とされる"黒"を持って産まれた。
鬼族は、火や水なんかの元素系の神々が、それぞれ加護を与えた系譜があるらしい。
だが、その中に黒を持つ鬼族は居ないんだそうだ。
お師匠さんは、火神の加護を受けた赤鬼族出身なのだが……
黒は一族に不幸を呼ぶ色と忌み嫌われ、迫害されたそうだ。
オレから見れば、綺麗な黒髪だなぁーとしか思わないのだが、そういった"言い伝えや風習からなる差別や迫害"は、どの世界にもあるんだろう。全くもって理不尽で、不合理極まりない話である。
てか、どんな原因で黒髪で生まれたんだかは知らんけどさ。生前のルビィもアルビノだったし、遺伝子異常とか突然変異とか、それなりにある気がするんだけどな。
それとも、この世界にはあんまり無いのだろうか?
まぁ、オレとしては、だ。毎日世話にもなってるから、出来る事はしてあげたいなぁって感じだ。
だから、名前くらいはねぇ。
「さ、次は打込みですよ。」
「はーい。」
おっと。修行の時間でしたね。ウッカリ。
「さ、どうぞ。」
「う、うす……。」
煉華を構えるオレに対し、お師匠さんは木の枝である。
――ブンッ!
と、上段から袈裟懸けに打ち込む。
のだが……
「中々よろしいかと。」
お師匠さんは、オレの渾身の斬込みを、頼りなさげな木の枝で、ふわりと受け止めるのだ。受け流す、のではない。音もなく受け止めるのだ。いや、マジでどうなってんの?
「さ、今一度。」
「う……うす。」
――ヒュッ!
凛として涼し気な、そしてどこか儚げな表情を1ミリも崩さず、横なぎの払い抜けをふわりと止められ、走り抜ける事さえ出来ない……。
「動きも、良くなられましたね。」
「えぇ……?ほんとに?」
「はい。では、次はこちらから参りますので、受太刀を。」
「あ、はい。」
――ガギイッ!
「そうです。上達してまいられました。」
いやいやいや……いつも思ってるけど、それ、枝だよね?!なんで毎回鉄の塊みたいな音すんの?!
「さ、お次ぎです。」
――ぐふっ!
軌道を読み損なって、脇腹に木の枝がめり込んだ。
「ご油断召されぬよう。」
いや、ちょっと……待って……あ、そんな……振りかぶっ……はや……あっ……
――――
「刀術修行、お疲れ様でした。少しずつ、受太刀の時間がお伸びになっておりますね。素晴らしいことです。」
地面に突っ伏したオレをひょいと引き上げてくれるお師匠さん。うーむ。この華奢にしか見えない身体のどこにこんなパワーが……。
「あ、うん。ありがとう。」
「では、私は身支度を整えてまいります。」
「うん。」
さて、刀術修行が終わるとお昼ご飯である。
ヨボヨボとした気分で食堂に向かう。
「うぅ……今日も今日とて……ボロボロにされちまったぜ……!」
「ボスー。だいじょぶ?」
リンコとの修行を終えたルビィとは、いつも大体このタイミングで合流する。
「あぁ、大丈夫。怪我は、治せるからな!
ルビィは、怪我してないか?」
ま、ほんと。おかげで自分を治すのは本当に早くなったよ。
「してないー」
「おぉ……さすがだな。」
「うひひー」
お昼ご飯を頂きながらの団欒。中々良いもんだ。
思えば、前世では孤食が多かったからなぁ。
一時期、料理を良くしていたが、食べて貰う相手が居なくなってからは、やらなくなったもんな。
いくら上手に作れても、誰も喜んでくれないという現実を突き付けられると、寂寥に包まれたもんだ。
だから、ルビィが喋れる今、めちゃくちゃ嬉しいんだよなぁ。
そんな事もあり……いつもどこか憂い気なお師匠さんが気になる。笑顔を未だに見た事ないし。
「どうかいたしましたか?」
キノコと木の実と根菜の炒めものをチマチマと口に運ぶお師匠さんを見ていたら、訝しげにされてしまった。
「いや……美しい髪だなーと。」
誤魔化す様に褒めてみるも、お師匠さんの表情は一ミリも動かない。
うーむ……クールビューティっすね。
「お止め下さいまし。忌まわしき色ですよ……。」
「んー。オレの前世はね、黒髪の人ばかりの国だったよ。だから、オレには懐かしい……という程昔ではないけど、落ち着く色だよ。」
「えぇー!ルビィはー?」
「ははっ。ルビィは、前から白かったじゃないか。だから、森でもすぐ分かったよ。」
「御二方とも、前世の記憶……があるのですね。」
「あるよ!」
「そうなんだよ。まぁ、全部覚えてるわけじゃないけどね。それに、ろくな人生でも無かったしなー。
ま、だからこそ、今生を良い感じに生きたいんだけどね。幸せになるのが、目標かなー。」
「幸せ……?」
「ああ、この世界に、そういうのがあるのか知らないけど、地球に有った概念ってやつだね。
んー、なんてのかな……オレもあんまり分かんないんだけど……
満たされてる感覚?なのかな?」
「そう……ですか。」
「そうそう。そうなんですヨ。
だから、お師匠さんも、もっと笑ったりして欲しいな。」
「……?何故でしょう?」
「そういう、皆で楽しく平和に過ごすって、きっと幸せってやつなんじゃないかなって、思うんだよね。」
「そう……なのですね。」
「うひひー。ルビィ、ボスにあえてしあわせー!」
尻尾をブンブンと振り、耳をペタンと閉じ、頭を差し出して来る、真っ白な美少女。
その頭を撫でてやる。
耳と尻尾以外は、あんまり犬っぽい見た目とはいえないが、やはりルビィはルビィだ。
尻尾の速度が加速した。嬉ションしないか心配だな。
「……わら……う……」
と言って、俯いて固まってしまったお師匠さんの表情は、やはり全く変わらないが……少しは伝わってるといいな。