1.18話 火の神
拝啓 母神様
私は今、母神様以外の神族に、初めて会っています。
母神様は、神族は自由気ままに生きている、と言っていましたね。
今なら、その意味が分かります。
この火の神様は、火酒を毎日浴びるように呑み、部下から貢物をされ、気ままに暮らしているそうです。
今は、私の肩を抱いて、クダを巻いています。
いや、ただ楽しんでいらっしゃるのでしょうか。
私は、あまりお酒を嗜んだ事が無いので、どちらなのか分かりませんが……。
とにかく、そんな風に私も自由気ままに生きられる様になるのでしょうか。
頑張って、自分の生きる道を、楽しんでいける事を、探したいと思います。
それでは、ご自愛下さいませ。 敬具
「かっはっはっはー!よく来たな!我が元が一番とは、見所があるぞ!」
脳内でちょっと現実逃避していたが、相変わらずこの酔っ払いは酒臭い息を吐きかけながら、高笑いしている。
なんなのよ。アタイ、そんなに安いオンナじゃないのよ。
……いや、女では無いんだが。少年だ、少年。中身は中年なんだがな。
まぁ、神々の世界では四十年なんて、大した事無いんだろうけど。
……どうせ千年単位なんだろうからな。ガキにも満たないレベルかもな。
「何はともあれ、久しぶりの客である!お主も楽しんで行くが良い!ほれ、呑むか?かっはっはー!」
うーん。悪いヤツでは無いんだろうけど……。それに、攻撃的に来られるよりは全然いいけどさ。絡みがキツいな。
フウカはフウカで、隅っこでチーンと座ってるし……。もう既に空気と化している。あの目立つ容姿で。変幻自在変化の術!ってやつか?九尾だけに。
……さて。一旦整理しよう。何故こんなキャバクラのねーちゃんみたいにされているのか。
そう、トンネルの様な通路を進み――いや、それは振り返り過ぎたな。
うん、会った所からにしよう。
フウカが、挨拶したんだよな。かなり丁重に。
この真っ赤でゴツイ神様は、面倒くさそうにしてたんだ、最初は。
オレが、初めて母神様以外の神族に会ったと言った辺りからだな、やたらと機嫌が良くなったのは。
急にこっち来いみたいになって……絡み酒が始まってしまったんだな。
まぁ、邪険にされるよりは、頼み事はし易いだろう。
「いや、火神様。」
「様などと、遠慮するな!お主も神族だろうが!」
「はぁ。まぁ、一応そうみたいですね。では、何とお呼びすれば?名を教えて貰っても?」
「む……。名か……。
そうだのう。我の場合、名は有って無い様なものだがな。神族連中には、火神と呼ばれておる。」
「何故です?名がないと、不便では?」
「いや、不便という事は無いがな。
……我の名、いや、力は――今は最高神により封じられておるのよ。」
「最高神?」
「旧神大戦の覇者よ。」
「旧神大戦?」
「ああ。太古の神族は、争う事も多かったのだ。種族も多かった。今は、エルヴァとニルヴァのアズ種と、分派したアズリア種しか残っておらぬがな。」
「そうなんですか。で、何で封印されたんです?」
「……我の父神は、創世十二神の一柱であったが、戦時に最高神と揉めてな。謀殺された。
その頃、我は地球に派遣されておった。地球人共の寿命を延ばすべくな。各地で簡易な力を授けたりしておったな。現地人には様々な呼び名で呼ばれたものよ。
ウェスタ、アグニ、ペレ、軻遇突智……様々よ。どうやら勝手な逸話も創られた様だな。
我が役目を終えて、ネイドスに戻った時、既に大戦は終わっておった。そして、父神の末路を知った。
我が身は、父神の系譜であるから、当然葬られるという話も出た。だが、当時の我は神族として若く、まだあまり力は持っていなくてな。命までは奪われずに済んだという訳よ。」
……いきなり重たい話はやめて欲しい。消化不良になりそうだぞ。まぁ、つい流れで相槌的に質問しちゃったんだけどさ。
「何とお答えしていいのか、分からないお話でしたけど……軻遇突智やアグニは聞いた事ありますよ。
特に、オレは元日本人ですからね。軻遇突智神が目の前に居るとか、中々びっくりな話ですよ。」
「かっはっはー!そうか!聞いた事あるか!あれから少し時も流れたろうにな!かっはっはー!
まぁ、今は大きな争い事も起こっておらぬ。備えとしてこの地で武器は造らせておるが、神族相手には役に立たぬ物だ。だから、黙認されておるともいえよう。
……んん?なんだ、その様な顔をするな!呑め!笑え!」
あぁ、やっぱりこの火の神、悪いヤツじゃないんだな。最高神とやらに、父親を殺され、自身も名前と力を奪われたのに。こんな風に笑えるんだからな。オレも前世は散々だったけど、なんかこんな感じの人……じゃない、神か……には、敬意というものを禁じ得ないなぁ。
あ、それもだが。大事なことがあったな。
「火神さん。実は今日、お願いがあって来たのですよ。」
「ほう?」
「その、武器というか、刃物が欲しくてですね……」
「刃物?おお、土産に持たせてやるのは構わんが、神族連中相手には、役には立たんぞ?」
「そういう用途じゃないんで、大丈夫です。
ただ、刀とか、カッコいいじゃないですか。だから欲しいってだけです。」
「かっはっはー!そうか!カッコいいか!我が地の物を、カッコいいと言うか!
刀か。有るぞ!待っておれ。」
そう言うと、火神はすくっと立ち上がり、酔っ払いとは思えないしっかりとした足取りで、隣の部屋に消えた。
そして程無く、手に湾曲した棒状の物体を幾つか掴んで現れた。
「ほれ。」
そう言って、無造作な感じで軽く差し出してきたのは、見た感じ日本刀だった。
三振りあるが、それぞれサイズが違う。野太刀、打刀、小刀?いや、脇差といったところか。
「三振りも、良いのですか?」
「かっはっはー!勿論だ!ケチケチしてどうする!
それらはな、ドワーフに刀工の記憶を与えて打たせた物だ。素材もこちらの世界の物だ。神族以外には、それなりに使えるだろう。遠慮なく受け取るが良い!」
「ありがとうございます。抜いてみても?」
「ああ、中々美しいぞ。」
ほほう……。それは楽しみですなぁ。ぐふふ。