1.13話 神狐の間にて
「神狐の間に行くぞえ。」
カランコロンと、小気味よい音を響かせ、階段を登っていく、巫女服姿のおひぃさん。絵になるわー。
入口の両サイドに侍る赤い狐達は、おひぃさんを平伏して迎える。
「おひぃ様。おかえりなさいませ。」
「うむ。変事無いかえ。」
「御座いませぬえ。」
なんというか、やっぱり格式高い感じがするな。
やっぱ苦手だなぁー。礼儀作法だとか、大事だってのはわかるけどさ、やり過ぎてる感じのは、無駄にしか思えなかったんだよなぁ。
まぁ、いいや。そんな事よりも。ルビィは、ちゃんと回復したのかな?
中央の建物に入ると、リンコが待っていた。ちゃんと狐姿だ。狐、昔飼ってみたかったんだよなぁ。さすがリンコ。いい尻尾だ。いつかモフりたいものである。
「おひぃ様。おかえりなさいませ。」
「うむ。ルビィ殿の御加減はどうかの。
久方振りの、大狼の客ぞえ。ようよう御もて成し致すえ。」
「はい。お目覚めになられておりますえ。」
「ふむ。では、レイ殿を案内致しえ。
こなたは、神具を持って行くぞえ。」
「では、そのように。レイリィ殿。こちらぞえ。」
――てってってってっ
リンコが案内してくれようとした、その時。
小走りで、何かが近付く気配がした。
「ボスー!どこいってたのぉー!」
あっ……コレ、アカンやつ……
――ぎゅっ
「もぉー!」
ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ
……あー、昔いつもこうだったよなぁ。
ルビィ、待たせとくと、めちゃくちゃ顔を舐めてくるんだったわ……。
ルビィに抱き着かれ、ひたすらに顔を舐められる。
でもな……、アンタ今、人型ですやん!
「ルビィ。分かったから!ストップ!」
ベリッといった風に引き剥がされたルビィは、うるうると瞳を濡らし、くぅーんと、犬っぽい声を漏らし、プルプルと小刻みに震える。
……いつからチワワになったんだ。犬のフリしても、アンタ今、人型ですやん!
「大猪族との問題を解決してきたんだよ。
ルビィ、身体は大丈夫なのか?」
ベチャベチャにされた顔を拭いながら、軽く説明する。
「だいじょーぶ!」
「ホントか?それならいいけど。無理はするなよ?」
「はーい。」
と、言いながら頭をオレの手に捩じ込んでくるルビィ。いやまぁ待たせたしね、撫でるくらいは吝かではないんですよ?
「さ、お二方。神狐の間へ行きますぞえ。」
しばらく様子を眺めていたリンコが、引き気味な気がする……。まぁ、体感五分くらい舐められてたからなぁ……。是非も無し。
案内された部屋は……相変わらず扉は無い。
だが、入口との境には、フサフサした簾の様なものがあった。
簾を掻き分けて中に入ると、石畳。そして、石の壁。部屋の中央には、円形の石の台。天井が開いていて、石の台に光を集めている。薄暗い石造りの間に有って、スポットライトに照らされたステージのようだ。
ここだけ、少し他の部屋と違う様相だな。
これが神狐の間か。
ほわっとした温かみみたいなものを、中央の石の台から感じる。
「この間は、初代様がお造りになられた、と伝わっておるぞえ。
あの石台が、神力溜りとなっておるぞえ。
こならは、資格を得ると、あの場にて神能を授かるのえ。
ただ、それまでには長い時を要するのえ。」
リンコは、遠い目をする。
一体幾つなんだろう。見た目年齢は若い……17、8歳くらいに見えたが……(人型時)
「長い時をって、どれくらい?」
「ふむ。こなたは、三十年ほどだったぞえ。」
「え。それって、生まれてから神能を得るまで?」
「そうぞえ。」
ふーん。リンコは、少なくとも三十路オーバーなんだな。
やはり見た目通りの歳ではないようだ。ならば、おひぃさんは一体……。いや、やめよう。これは良くないやつだ。
ルビィは、話に飽きたのか、石の台に寝そべっている。
……回復中なのかな?まぁ、大人しい内は放っておくか。
「神能の修行?修得?自体にはどれくらいかかるの?」
「ふむ。その者次第ぞえ。こなたは、一年ほどであったぞえ。」
一年?ここで暮らすってかぁー?それはちょっと長いなぁ。色々探しに行ってみたかったんだが……。
「とはいえ、変化術だけであれば、すぐであろうぞえ。」
そうなんだ。すぐならいいな。いや、でも、今後何があるか分からないし、時間を掛けてでも強くなってもらった方がいいんだろうか?
「お待たせ致したの。」
簾を掻き分けて現れたおひぃさんが、手に何かを持っている。扇子?
「さて、レイ殿。此度の手解きの件、条件が二つと申してあったの。覚えておるかえ?」
「あー、何かそんな感じだったかな。で、もう一つというのは?」
「こなたに、名を付けてもらいたいのえ。」
「……はい?」
「実はの、こなたには、先代より受け継いだ名しか無いのえ。それは、初代様が火の神より戴いた名ぞえ。それにより、神能を賜ったのえ。」
ほう。
と、すると、もしかしてオレが名付けたりすると、そういう事になったりするのか……?それをご所望してるのか?それとも、明かせる名前が欲しいんだろうか?確か……故あって明かせぬ、とか言ってたよな。
「んー。まぁ、名付けるのはいいんだけど……。
その、もらった名前っての教えてもらえたら、何か思い付くかも?」
「むう。」
おひぃさんは、少し難しい顔をしながら近付いてきて、耳打ちする。
(……カグラぞえ。本来は、余り明かせぬのえ。内密にお頼もうすえ。)
……ちょっとゾクッとした。くそう……セクシー狐め……。集中力が途切れるではないか!名付けなんて慣れてないんだぞ。無闇に掻き乱すんじゃありませんよ。
ふぅ……。気を取り直して、ちゃんと考えよう。
んー……。
カグラ、か……。名前の様であり、姓の様であり、そして、和風な響きだな。
うーん。どんな字なんだろう?神楽?火蔵?華紅羅?
そういえば、この世界の言葉はなんだか話せるワケなんだが、文字ってどうなってるんだろう。神スマホのアプリ的なのは、オレには日本語に見えてるんだよな……。そのうち母神様にでも聞いてみるか。
ふーむ……。名前ねぇー。あー……名付けといえば、息子の名前考える時は、一週間くらい悩んだよなぁ。
今すぐってのは、中々にハードルが高いな。
おひぃさんを見る。
蠱惑的な……妖しげな雰囲気の銀髪美女だなぁ。
所々朱色なのは、火の力の影響なんだろうか?火の神からの命名って話だしなぁ。多分そうなんだろうな。
んー。銀……といえば……雪とか、月とかだなぁ。
他……なんかあったっけ?
うーん……?シルバー……は直接過ぎるし、なんかこー、この美女にしっくりくる感じがいいよな。
和風な感じで……雪、かぁ。
銀世界……ダイヤモンドダスト……吹雪……風に舞う……銀花……
あ!風花とかどうかな?
風に舞う雪、とか中々いいじゃないの。
……読みはふうかの方がいいか。
かぐらふうか……お?語呂も悪くないな!
「おひぃさん!」
手招きをする。
「む。思い付いたかえ。」
近寄ってきたおひぃさんの立派な狐耳に、手を添え
(ふうか、はどうかな?)
と、耳打ちする。
「んっ……」
おひぃさんは、一瞬、何やら悩ましげな吐息を漏らした。
妙な気分になるからやめて欲しい。
で、名前は気に入ってくれたんだろうか?
少し頬を赤らめて、何故止まってんですかね。
「……気に入らない感じ?」
「……耳は弱いのえ。
名は、とても良きと思うぞえ。」
「それは良かった!」
耳は弱点らしい。まぁ、割とそんな事あるかもね。ふふふ。いい事聞いたな……。さっきの仕返しだな、図らずも。
「して、どのような意味が込められているのえ?」
「んー、風に舞う銀花、つまり雪だね。おひぃさん、白銀って感じだし。」
「ふむ。それは、良き名を賜ったえ。これより、こなたは、"フウカ"と名乗るえ。――リンコ。」
「はい。」
石台に寝そべるルビィの傍らで、おすわりのポーズで居たリンコが、すくっと立ち上がる。
「こなたは、フウカの名を賜ったえ。皆にも伝えるのえ。」
「承知しましたえ。良き名ですえ。」
リンコに褒められた"フウカ"は、少し得意気な表情をしていた。
お気に入り頂いたようで、何よりです。