1.11話 大猪の弁明
大暴走から一変、ピタリと動きを止めた大猪族たち。
「大猪の長、ジレイよ。
そは、なにゆえ暴挙に出たのえ。」
ジレイと呼ばれた大猪の長――集団の中で一番目立つ猪人は、九尾のその問い掛けに、全く反応を示さない。
意識があるのか無いのかすら、傍からは定かでは無い、大猪の一団。
眼は開いているのだが、目が合わない。
何処を見ているのか、視線の先すら判別がつかない。完全に呆けている。
リセットの影響なんだろうか?
大狼族は、こんな風にはならなかったんだがな。
何の違いだろうか。
怪我を元通りにしたというわけじゃないからか?謎だ。
「うぅ……。」
しばらくすると、大猪の長が、呻き声を少しだけもらし、ブルブルと頭を振る。
「む……、神狐の姫か。」
そう言って、大猪の背から地に降り立った長もまた、遥かに見上げるサイズだった。
あの時の蟷螂に近い上背の高さだが、遥かにゴツイので、威圧感が凄い。
サイズ感としては、博物館とかにある、白熊の模型といった感じだろうか。中々の迫力だ。
「ジレイよ。気が付いたかえ。
して、なにゆえ、そらは暴挙に出たのえ。
こなたら神狐の民も、大狼族にも、被害が出たのえ。
疾く答え。」
大猪の長ジレイは、少し悩んだような素振りを見せ、そして徐ろに答えた。
それは、腑に落ちない……溜息混じり、という様相である。
「ワシらぁは……急におまんらが憎うなったんじゃき。
じゃが……、今は不思議と、何とも思うちょらんがぜよ。」
お、ちゃんと成功したようだな。
今回は、"敵愾心"をリセットしてみたのだ。
争い事を仕掛けてくるっていうなら、そういう気持ちが無くなればいいんじゃないかと思ってね。
どうやら正解だったみたいだな。頑張ったかいもあったな。
なんというか、リセット能力では"単純に強く"はなれそうにないが……便利には使えそうだな。まぁそういう感じの方が、オレには合ってると思う。
……そういえば、母神様はオレに相応しい能力とか言ってたけど、あれはちょっと意味が違う気もするが……。
まぁいいさ。使えそうな機会があれば、積極的に使ってみるかね。
「あー、なんというか、"憎くなくなった"のは、オレがやったんだけど……。
それより、急に憎くなったって、どういう事?」
「おまん、何者じゃ」
横からしゃしゃり出たからか、ジレイは怪訝な顔で見下ろしてくる。うーん。でかいな。ちょっと首痛いわ。
「レイリィ・セトリィアス・ミデニスティース。一応、神族。アズ神族のニルヴァ。好きに呼んでネ!よろしく!」
「神族か。」
オレの自己紹介に、ブフゥーと息を吐くジレイ。なんか気に入らなかったのか?変なこと言ってないと思うがな。
「そうぞえ。疾く答え。」
おひぃさんは、少し苛々した様子で、ジレイを急かす。
「どういう事か……か。おそらく、神族じゃ。」
神族……?が、どうかしたのかな?おそらく、ってのは確定的じゃないってことだよな。なんだろ。
またしてもブフゥーと、深い溜息を吐いて、ジレイは語り出した。
「ワシらぁは、山に食料となりゆうもんが減りようちな。困っちょったぜよ。
じゃき、山神に、毎日祈りようたぜよ。異変を鎮めて欲しいちゅうてな。
したら、ルーキスナウロスちゅう神族が来たんぜよ。
んで、これをくれようたがじゃ。」
ジレイは、首に掛けていた物を手に取り、見せてきた。
黒い、丸い、石?の、首飾り。
良く見ると、夜空に光る星々の様な粒模様がある。
うーん。
なんだか引き込まれそうな、怪しい力を感じるような……。
「神具かえ。」
「そうじゃき。これを着けたら、強うなって、飢えんくなるちゅうて言いようたがぜよ。」
……本当か?それ。
何となく違う気がするんだが。
てか、強くなったら飢えないって、それ、イコールでいける話だっけ……?詐欺っぽい話だなー。神化するんなら確かに飢えはしないんだろうけど、してないっぽいしなー。
てか、アレ、雰囲気が怪しさ満点なんだが……。
「ちょっと貸してみてくれ。よく見てみたい。」
「……ああ。ほれ。」
手に持つと、益々嫌な感じがする。
なんというか、意識が吸い取られる感覚がするというか、気が遠くなる感覚がするというか。
情報を探るべく、神力を通してみる。
リセットをする迄の過程で、対象の情報が解るからな。
本当に便利な能力だわ。
まぁ、漫画だとかによくある感じの鑑定能力ってワケじゃないから、名前とかは分からないけど。サイコメトリー的に使えるっぽいからな。ありがたやー。
神力が行き渡ると、石に込められた過去の情報が、頭の中で映像化していく。
あー、これ……洗脳装置みたいな感じだわ。
あと、呪いっぽい力というか……、傷付けた相手に対しては、治癒阻害的な効果もあるみたいだな。
本来傷の治りが早い筈の大狼族が、自然治癒出来なかったのは、コレかぁ。
えぇ……?
神族が、渡したのか?これを?
あぁー!くそっ……顔までは見えないや。
これ以上は無理だな、なんかオレまで影響受けそうだ。
てか、ヤバすぎるだろ、コレ。
何の為にこんなもんを……?
うーん……。大狼族とかを、滅ぼしたりしたかったのか?
ダメだ。全然分からん!
そもそも、獣族の関係性とか、サッパリ分からんから、想像のしようもなかったわ。
「何ぞ分かったかえ?」
「あ、うん。これ、装着者の精神を操る神具みたい。しかも、群れになら伝播する感じ。
あと、呪いっぽい感じの効果というか……傷付けた相手の傷が治り難くなる原因、かな。」
「な……なんじゃと……!
ワシらぁは、操られちょったっちゅうがか!」
ジレイは、狼狽しながらも、興奮したように怒気を放ち、太い右脚で、ドンッ!と地面を踏み付けた。
デカい身体で、これ以上暴れないで下さい。
振動で、ちょっと身体が浮いたじゃないか。
「んー、何でそんな事をする必要があったのか、分からんけどな。
この首飾りは、そういう物みたいだ。」
「チョモラ山には、山神の神力溜りがあったかえ。」
「ああ。そうじゃ。枯れかけじゃがの。
……山神は、とんと来ちょらんきに。」
「ん?ルーキスナウロスって、何の神なんだ?
その、山神の関係じゃないのか?」
「むう……。ワシは、知らんの。初めて見た神族じゃ。」
えぇ……。
知らんやつから物をもらってはいけません!
無警戒過ぎるだろー!ってか、それ程迄に危機的状況に追い込まれてたって事なんだろうか。
はぁ……。
このまま話してても、埒が明かんってやつだな。
ま、謎の神については、後で母神様にでも聞くとして……
「じゃ、争いは終わりって事で、解散でいい?」
ルビィの様子も気になるしな。
「ワシらぁは、おまんらに、迷惑を掛けたんやないがか?」
先程の怒り顔は何処へやら。ジレイは申し訳なさそうな表情である。
「んー。まぁ、そうだなー。大狼族と、神狐の民に被害があったんだっけ?大狼族は、オレが治したけどね。
おひぃさん、神狐の民は、負傷者とかどうなってるの?」
「ふむ。こなたらの地は、少し離れておるからの、大狼よりは少ないかえ。」
「んじゃ、戻ったら治すから、手打ちって事でいいかな?」
「ふむ。そなれば、是非もない。かまわぬえ。」
「……誠、すまんかったぜよ。
せめて、送らせちくれ。大狼のにも、詫びを入れんとあかんきに。」
ジレイは深々と頭を下げた。
具体的には何も覚えてないだろうに、責任感みたいなのは、強いんだな。
まぁ、今回の争いは、変な物を無警戒に貰ったせいだ!と、いえなくはないからな。
まぁ、この世界が……というか、獣族のルールみたいなのがどんなのか知らないけど。
なんにせよ、この分なら、わりと平和に片付きそう……かな?
前世では、喧嘩くらいならした事あったけど、殺し合いとかした事無いから、そんな風にならなくて済んで良かったぜ……。