1.10話 ちょ、大猪っていうか、象よりデカいぞう
丘を登り、森を抜け、北へ北へと歩を進める。
平野部といった感じのこの場所は、短い草らしきものが、所々に群生している。
この先の方には、樹木も点在しているようだ。
昔、動画なんかで見た、サバンナのような感じだろうか。
大地は、土の部分も締まっていて、そこそこ歩きやすい。
天気も、気候も、幸い? 良好だ。
茹だる様な暑さの中、汗だくになりながら強行軍!
とか、
雨ニモマケズ風ニモマケズ……
とかにならなくて良かった。
目標である、山。チョモラ山……だっけ?
前方に確かに視認出来る。
でも、まだまだ遠そうだぞ?
ルビィに乗ってたら、今頃は着いてるかもなぁ。
とはいえ、不思議とあんまり疲労感は無い。
美女と一緒だから……
とかいう訳でもなく、単純に今の身体の仕様なんだろうな。
ルビィを背負って歩いてた時も、あんまり疲れた感じしなかったしな。
そんなわけで、歩き詰めなのである。
「ふーむ。そなた、神力に目覚めたばかりとはの。」
カツコツ、てくてく歩いた二時間。色々と聞かれたので、何となく答えてしまっていた。
まぁ別に無言でもオレは全然気にはしないけど、この後の事考えたら、コミュニケーションは取っといた方がいいんだろうし。
「だから、神能、あんまり上手く使いこなせてないかもなんですよねー。」
「ふむ。さればの、こたびの件、そなたの成長にも良かろうえ。
そも、こなたより、そなたの方が上位の存在ぞえ。神能の使い方なぞ、すぐ慣れようえ。」
ふーん。上位ねぇ。
上位だとか下位だとか、あんまり良く分からんけど。
やっぱり神族って、そういう感じなんだ。
そーゆー感覚というか、概念が無かったから、実感するのが難しいな。
まぁ、人間でもやたら上下関係とか気にする輩はいたけどさ。
高々ちょっと早く生まれただとかで上だっていうんなら、明確な根拠出せよって話だよな。
ま、それはそれとして。
早く慣れたくはあるな。神能。便利そうだし。
てか、死活問題なんだっけな……。鍛えないと駄目だとか、母神様が言ってたよなー。
「む、大猪ぞえ。」
九尾の視線の先を追うと、山裾の木々の拓けた部分に、隊伍を成し移動する、巨大な猪たちが視認出来る。
「うーわ、デカいなー。」
ここからは、それなりの距離があるはずだが、こんなにハッキリ見えるとは。
アフリカ象くらいありそうだ。
……え?
アレを何とかするのか? マジで?!
その集団は、よく見なくても分かる程、勢いが凄まじい。
点在する木々も、お構い無しに薙ぎ倒している。
環境破壊も何のそのといった感じだ。
猪突猛進ってやつか?
……いや、これ、大丈夫なん?
話し合いって感じじゃなくないか?!
「む、長もおりようの。」
隊伍の中央に、一際巨大な猪。
その上に跨る猪人がいた。あれかな。
他の猪に跨る猪人より、目立ってる……というか、強そうだし。
しかし……あの速度なら、このままここにいたら、すぐにかち合いそうだな。
真っ直ぐこっちの方向へ向かって来ている。
うーん。
覚悟を決めるしかなさそうだ。
「よいかえ。意識を向けるは、大気。即ち空間ぞえ。満つる神力を感じるのえ。
そして身体との境界を無くすのえ。」
コツの様なものなんだろうか。中々に難しい事を仰いますな。
「じき、来ゆうぞえ。」
みるみる内に、大猪の群れが迫って来ている。
ぼやぼやしている暇は無い。
アレに轢かれたら、また肉片になりそうだ。
「能うかえ?しばしは、こなたが火を以て迎撃いたすゆえ。」
おひぃさんは、そう言うと、右手を拡げ、天にかざした。
掌の少し先に、ビー玉サイズの赤い光球が出来たかと思うと、それは複雑に絡み合う渦が螺旋を幾重にも描きながら、みる間に大きくなっていく。
「怒狐火」
バランスボールよりも更に大きな火球が、大猪の一団に向けて、真っ直ぐに放たれた。
プロ野球選手も顔負けなスピードで。
そして、大猪の一団の目の前で、火球は拳大に拡散し、接地して、爆散した。
――ドゴーン!!
その光景は、さながら、特撮映画。
大猪の一団は、爆発の衝撃波で、少しよろけたりしているが、止まる事は無かった。
大猪、やべぇな。
丈夫過ぎだろ。
戦車かなんかなの?
「ふむ。やはりこの程度では、大して効かぬかえ。」
アレって、"この程度"なんだ?
このままだと結構不味い事態になりそうだな。
とにかく、やるしかない!
うーむ……。
目を閉じて、身体に集中してみる。
境界を無くす……?
さっきの転移は、存在が虚ろになった気がした。
あの感覚に近いんだろうか?
それとも、転生した時のあの感じだろうか?
どっちでもないのかな?
うーん……。
大気……。大気か……。
風が……吹いている。
この身体の周りを、吹き抜けて行く。
身体のラインに、沿って。
あぁ、なるほど。
大狼族の時は、手が熱くなった感じだったな。
あれは、体内の神力が集まってたんだな。
うん。いける気がする。
「よし。おひぃさん。多分いける。」
目を開けると、大猪の群れは、ほんの目と鼻の先。
アフリカ象と、中央のマンモス。
マンモス見た事ないけど。
いや、マジデケェな。
「ふふ。見せてたもえ。」
しっとりとした、妖しげな笑顔。
もう、なんか、非常にエロい。
うん……。その笑顔は、毒です。
怒涛の勢いで迫り来る、大猪の群れ。
ちょっと多いけど、潰される前に、やるしかない!
「リセット!」
全身から、熱いものが噴き出す感覚。
意識が拡散していく。
周囲と渾然一体となる……。
大狼族の時より、遥かに膨大な情報が流れこんでくる。
断片的な映像で、脳内が埋め尽くされそうだ。
キャパオーバーは不味い。ピンポイントで情報を見切らないと……!
まずは中央の、マンモスサイズの上に跨る長に狙いを絞る。
……よし! これだ!
『再起点を設定しました。』
頭の中でアナウンスが響いた。
すかさず、その他の群れ猪へ、そして猪人へと意識を移す。
『再起点を設定しました。』
暴走していた群れは、呆けた様に……止まった。
ふう……。何とかなったみたいだな……。
危ないとこだったぜ。