一分間スピーチ
第11弾です。
2022年3月6日に、地方紙に掲載された作品です。
もっと、多くの方に読んでいただきたく、投稿しました。
十二月。
日直が終わった解放感を味わうことなく、放課後の教室で、私は自分の席に座り真っ白な作文用紙を前に、頭を抱えていた。
「ヨッシー、何しているの?」
誰もいないと高をくくっていたのに背後から声をかけられ、びっくりして消しゴムを落としてしまった。
転がった消しゴムは、若菜ちゃんの足元で止まった。
一人で何しているのと、消しゴムを拾い上げ、覗き込んできた。
「もしかして、最後の一分間スピーチを、もう書き始めているの?
ヨッシー、凄いね」
机の上の真っ新な作文用紙を見て、若菜ちゃんは、驚きを隠せない。
「凄くないよ。
何の取り柄もないから、今から考えておかないと。
私の場合、次の日直までに、間に合わないんだよね。
あははは」
と取り繕ってみたけれど直ぐに、ため息が出た。
「色んな学校に通ったけど、一分間スピーチをするクラスは初めて。
クラス単独でするって、凄いよね?
いつから始まったの?」
思い出したくもない記憶が一瞬で、蘇った。
入学式が終わった一年生の教室で、担任になったばかりの西川先生が作文用紙を手に壇上に上がった。
あの時から、全てが始まった。
「このクラスでは、日直になった人は帰りのホームルームで、ここに立って、一分間スピーチをします。
作文用紙一枚に、皆に伝えたい事を書いて、発表します。
読み終わるまでに、一分程度かかるので、一分間スピーチといいます」
西川先生は、何か書いてある作文用紙を皆に見せるように説明すると、クラス全体がどよめいた。
男子生徒の一人が手を挙げた。
「先生!
皆に伝えたいことなんて、ないです」
挙手できない生徒達がこぞって、ここぞとばかりに、うんうんと首を縦に振ったけれど
「心配しなくても大丈夫。
最初は全員、自己紹介をすることが、決まっています。
その後は、家族の事でも趣味の事でも部活の事でも、はたまた想像の世界でもいい。
とにかくテーマは、何でもOKです。
ただ、認められないのは、
一、誹謗中傷をすること。
二、作文用紙全てに『あああああああ』とか『あいうえお、かきくけこ』など日本語として意味のない内容で書くこと。
三、漢字を使わないで全てを平仮名、または片仮名、あるいはローマ字のみで書くこと。
四、全て本やネットから引用、抜粋すること。
五、小さな声で読むこと。
そして、発表を聞く人達にもただ一つ、ルールがあります。
それは、批判しないで、素直に聞くこと。
以上。
何か質問のある人」
西川先生が尋ねると再度、男子生徒が手を挙げて、
家族の話は、プライバシーがあるので書けないです
と、精一杯の抵抗をする。
「今のご時世、プライバシーの保護も大切ですね。
プライバシーが気になる人は、自分の好きな漫画やゲームや音楽のことを書いてみましょう。
他に、聞きたいことがある人は?」
さらに立て続けに、男子生徒が手を挙げて
「はい!
それって、成績に関係ありますか?」
西川先生は即答で、
成績には関係無いけれど今後、良いことがあります。
他に質問は
と、問いかける。
すると顔を赤くしながら、眼鏡をかけた大人しそうな女子生徒がゆっくりと手を挙げた。
西川先生は、
はい。綾瀬さん、どうぞ
と、笑顔で促すと、小さな声で
「想像の世界って、つまり、嘘でもいいってことですか?」
西川先生は、
もちろん。
嘘でもいいわよ
と、答えてから教室全体を見渡して、
他に質問は?
と投げかけた。
けれど、これから始まる中学校生活で、得体の知れない一分間スピーチが付いてくるとは、思ってもいなかった私達。
他に、質問なんて浮かぶ筈もなかった。
静まり返った教室で、西川先生は
「じゃあ早速、明日から始めます。
出席番号一番の足立さん。
明日の朝、自己紹介を書いた作文用紙一枚を提出してください。
給食前までに添削して返すので、発表してください」
西川先生は足立君に作文用紙を手渡そうとしたけれど、足立君は必死に抵抗する。
「え!
明日の朝ですか?
早すぎますよ。
無理です。
そうだ、先生のお手本が見たいです」
クラス中が、ワーッとわいた。
初対面の生徒同士でも、意気投合した瞬間だった。
そう言うと思って、書いてきたのよ
と得意気に西川先生は、手に持っていた作文用紙を皆に見せ、ポケットからストップウォッチを取り出して、
では、一分間スピーチを始めます
と、スタートボタンを押した。
「私の名前は『西川杏子』です。
杏子と書いて『あんこ』と読みます。
ちょっと変わった名前には理由があります。
それは、ご先祖様に卑弥呼がいたという言い伝えがあるからです。
なので、私の家族は先祖代々、男の人も女の人も全員の名前の最後に『こ』が付くように名付けられています。
私の父の名前は、雅と彦で、まさひこ。
祖父は、真と由と子で、まゆこ。
ひい爺ちゃんは、多と幸と書いて、たこ。
もっと調べていくと、小野妹子や蘇我馬子に聖徳太子も、ご祖先様とされています。
とにかく『こ』を絶やさぬように名前を付けていました。
もしかしたら、皆さんの名前にも、意外な理由があるかもしれませんよ」
ストップウォッチのボタンを押して、
これで大体、一分です。
こんな感じの内容で作文用紙に、きっちり一枚書いて発表します。
「では足立君、明日よろしくね」
私の思い出話を聞いていた、若菜ちゃんは
「西川先生の話って、本当なのかな?」
「頭の中は、もう一分間スピーチのことしかなくて、西川先生の話しの後半部分は忘れちゃったけど、嘘でもいい一分間スピーチだよ?
卑弥呼に聖徳太子だよ?
…でも、改めて聞かれると、どうなんだろ?
本当だったのかな?」
「ね、顔を赤くした綾瀬ちゃんって、あの?」
「そう、あのアナウンサー志望の綾瀬ちゃん。
今の姿からは、想像もできないでしょ?」
若菜ちゃんは、深く頷いて
「アナウンサーになるために、毎日、発声練習もしていて、一分間スピーチの発表の時は、ジャスト一分で読み終わるように、訓練しているって。
凄いよね。
高校は、H高校だって」
私は思わず、驚嘆の声をあげた。
「そうなの!?
私、綾瀬ちゃんとは三年間も同じクラスなのにそんな話、一度も聞いたことない。
頭が良いと、H高校を目指すんだねぇ」
「アナウンサーで大活躍しているAさんやTさんが、H高校出身なんだって。
毎日、一生懸命、勉強しているって言っていた」
「若菜ちゃん、何でも知っているね」
「誰とでも打ち解けるのが、得意なだけだよ。
転勤族で、いつの間にか身に付いたんだ」
若菜ちゃんは、全国各地に住んだことがあるらしい。
顔は小さくてスタイルも良くて、綺麗な黒髪が更に色白を引き立てる。
見た目だけでなく性格もとてもいい子で、すぐにクラスの皆とも打ち解けた。
中学二年の後半で転校してきたとは思えない程、今ではすっかりクラスに馴染んでいる。
正直、誰とでも仲良くなれる若菜ちゃんが羨ましかった。
人気者になりたいわけじゃないけど、クラスの皆と、もっとたくさん話せたら良かったなと思った。
「一分間スピーチって発想が、面白いよね」
「何言っているの?
全然、面白くない!
三年間もやり続けたら、苦しみでしかないから!」
「西川先生と三年間、一緒なんて羨ましい。
いいなぁ、ヨッシー」
若菜ちゃんは信じられないことを口にした。
「そりゃ、若菜ちゃんは頭もいいからすぐに書けるかもしれないけど、私は何の取り柄もないし趣味もないから毎回、ネタを探すのも書くのも大変なんだよ?
あぁ…中学校生活が地獄の一分間スピーチの思い出だけで終わりそう」
頭を抱えた私の肩を、ポンと叩いて、
「日直終わりの放課後で、次の一分間スピーチの内容を考えるヨッシーは、真面目だね」
「矢崎の後だから。
きっとこれは、矢崎の翌日の日直だけが、味わうプレッシャーだね」
もっと気楽に、考えればいいのに
と苦笑する若菜ちゃんを横目に、私もそう思った。
そう、私と比べれば皆はもっと気楽なのだ。
自己紹介が終れば、自分の得意分野を発表する。
得意分野なら深く掘り下げても、ネタが尽きることは殆どない。
けど、私には何も取り柄が無い。
全て、ネタは一から探さなければならない。
「本当に、ネタ探しの三年間は、大変だった。
今まで、豆腐、黒電話、黒子、花火、風見鶏、パズルにアフロ。
あとイチローとか」
「イチローって、あの野球選手のイチロー?
ヨッシーって運動音痴だったよね?
野球のことは、詳しく知っているの?」
「ルールすら、知らない。
ドラマの再放送でイチローが、本人役で出演していたのを見て、興味を持って調べてみたら、イチローは凄い人だって知った。
小学生で、走行中の対向車のナンバープレートの数字を、足し算して動体視力を鍛えていたとか、あり得ないよ。
一流が付く人は、子供の頃から努力しているって知って、一分間スピーチで発表したんだ」
「幅広く色んなこと調べて、発表していたんだね。
ヨッシーは三年間、頑張ったんだね」
若菜ちゃんは満面の笑みで励ましてくれた。
「ところで、ザッキーのワンマンライブって、いつからしているの?」
若菜ちゃんの言うザッキーとは、さっきから名前が出ている矢崎のあだ名で、私が、一分間スピーチで苦労をする原因の一つでもある。
「一年から同じクラスで、西川先生が一分間スピーチの説明をした時に、再三質問していた男子生徒が、矢崎。
一年の頃からムードメーカーだった矢崎は一年の後半に、突然、
『将来、お笑い芸人になるから、俺の一分間スピーチの時だけ、スピーチじゃなくてワンマンライブをさせてもらえるように先生に、直談判して許可が出たから、今日からやる!』
て言いだして。
クラスは大盛り上がり」
「直談判したんだね、かっこいい」
私は、首を横に振って
「最初は最悪だったの。
この時間は、皆を笑わす
って自分でハードルを上げておいて、いざ始まったらすべって、すべって一分間すべりっぱなし。
よく途中で心折れずに、やり通したって呆れていたら
『今度は、本当に笑わせるからな。』
だって。
どっから、そんな自信が出てくるのって感じでしょ?
ただ、それからは少しずつ面白くなって、徐々に、ウケはじめた」
けどその反面、今度は私の一分間スピーチが逆に窮地に追い込まれていった。
お笑いの次の、一分間スピーチ程、辛い物はない。
「いいな。
私も最初から、見たかったな」
え。
耳を疑った。
「それからずっと、ワンマンライブしているんでしょう。
なかなか続けられないと思う」
「もしかして、矢崎の事」
この時、初めて若菜ちゃんの気持ちに気付いた。
初めて身近で恋愛を感じた瞬間だった。
私は冗談めかして、
矢崎に教えてあげたら喜ぶよ
と言ったら、若菜ちゃんは
「卒業式に告白するつもり。
いっぱい転校してきたけど、人を好きになるって凄い事なんだって思った。
だから、フラれても平気」
と笑う若菜ちゃんは、とても大人で頼もしく見えて、若菜ちゃんに好かれた矢崎が、羨ましく思えた。
若菜ちゃんは真剣な顔で
「たった一分だけど、皆を笑わせるんだよ!
私なんて、発表だけで精一杯」
「よーし!
それでいこう!
最後のテーマは『笑い』についてだ」
いよいよ、一分間スピーチの最後の日。
今日のこの日の為に、今まで以上に色々調べた。
笑うのは人間だけと知った。
その流れで、一分間という短い時間でも、クラスの皆を笑わせる矢崎は凄いと発表したら、周りの男子達から
矢崎のことが好きなのか
と、からかわれ、若菜ちゃんに誤解されないように必死で、
好きじゃないから!!!
と否定すると
「それはそれで、悲しいかも」
若菜ちゃんの一言に、私は目を丸くしながら、
なんで?
と聞き返す。
すると
「皆に好かれていた方が、嬉しいでしょ」
思考が止まった。
乙女心は複雑で、どうやら想像とは違って、私には、早かったようだ。
そして、無事に卒業式を迎えた。
将来の夢を、中学生のうちに、見つけられなかった私は、地元のO高校に進学する。
今日は、見納めだからと特別に矢崎のワンマンライブをした。
正岡子規や梶井基次郎、それに雪舟に千利休と空海が出てくる、ものまねワンマンライブは、大成功に終わった。
矢崎は壇上で、西川先生に
「初めてのワンマンライブですべりまくって、落ち込んでいた時に
『ネタ作りで行き詰まるのは、勉強不足だから。
お笑い芸人でも大卒が多いでしょ?
知識が豊富で、面白いネタ作りがたくさん出来る。
だから勉強するの。
そうすれば、世界も広がる』
声をかけてくれて、ムカついたけど冷静に考えたら先生の言う通りだった。
バカだから芸人になれると思っていたけど、違った。
それで少しずつ学校の勉強も、お笑いの勉強もした。
皆も三年間ワンマンライブに付き合ってくれてありがとう!
このクラスが大好きです。
先生、ありがとう!
俺、頑張るから!」
西川先生は嬉しそうに、
将来、お笑い芸人になるのに、担任を泣かしてどうするの
と、言いながら感極まって、泣いていた。
放課後、矢崎に告白する若菜ちゃんの方をちらりと見ると、寂しそうな顔をしていた。
「今日は私から、皆さん一人一人に一分間スピーチをしたいと思います。
読み終わる迄に三十分以上かかりますが、いいですか?」
西川先生のサプライズプレゼントに、クラス全員が拍手した。
「それでは、出席番号一番、相原さん」
『相原さん、あなたは…』
先生は皆の前で、一人ずつ成長したこと頑張ったことを発表した。
綾瀬ちゃんは、一年生の時と比べると皆の前で堂々と発表できるようになって、アナウンサーになる夢も出来て、見事、H高校に合格した事。
若菜ちゃんは、二年生の後半で転校してきたのに、皆とすぐに仲良くなれたことは素敵なことだから、大切にして欲しい事。
先生に一分間スピーチを読んでもらって、一人また一人と泣き始めた。
その光景を見ていた私は、どんなことを言ってもらえるのか。
この三年間で夢が出来なかったから、成長していないとか言われるのかも。
まさか!
一生、取り柄の無いままだ
とか言われるのではないかと不安に駆られながら、自分の番を待った。
矢崎の番になり、これからも勉強もお笑いも頑張って皆に勇気を与えてほしい事を読み上げた。
そして、とうとう私の番になった。
「吉安さん。
一年生の最初の一分間スピーチの内容を覚えていますか。
『私の長所は、特にありません。
短所は飽きっぽい性格で、習い事も長続きしません。
取り柄もありません。
将来の夢は、ありません』
思い出しましたか?
この三年間、一緒に過ごして長所を沢山見つけました。
飽きっぽい性格なのは、何にでも興味を持っている証拠。
なので、一分間スピーチでも同じ題材で書いたことは一度もなかったですね。
毎回とても楽しみでした。
いつも作文用紙がボロボロになるまで消しゴムで消して、破けてしまったところは作文用紙の裏側から、何か所もテープで貼って補強するくらい何回も何回も推敲しましたね。
三年間、熱心に頑張った証拠です。
誰にでもわかるように、書くことは難しいですが一生懸命、逃げ出さず丁寧に一分間スピーチに取り組んでくれました。
三年間で、粘り強い努力家に成長しましたね。
自慢の生徒です。
これからは自信を持ってください」
第11弾も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
第12弾は、今のところ未定ではございますが、また皆様に読んでいただけるよう、精進したいと思っております。
第12弾を投稿した折には、読んでいただけると幸いです。
第1弾は「黒子(くろこ/ほくろ)」
第2弾は「風見鶏」
第3弾は「WARNING」
第4弾は「デジャブ」
第5弾は「アフロ」
第6弾は「まっしろなジグソーパズル」
第7弾は「とぉふぅ」
第8弾は「纏う」
第9弾は「花火大会」
第10弾は「三十七」
となっております。
よろしくお願いいたします。