寒い日
雪降る前には風が来る。
ヒュゥゥゥという音が当てはまる風、マフラーを忘れた、今日。耳が切れそうな冷たい風が、進行方向から嫌がらせの様に向かってくる。
すっかり習慣となった不織布一枚が、結構な防寒対策になっていると、思うこのごろ。目から下を覆うのはかなり具合が良いのだが、目に染みる冷たさは避けられない、滲みる冷たさは涙目を誘う。
ヒュウゥゥゥ
一層強く風。合わせて、
クゥ~。
声が漏れそうになる。首を竦めた。マフラーを忘れた事を大後悔。首元を温めるって、案外保温効果があったんだと実感。
靴の中で足先がジンジン冷えて来た。家に居てこたつでぬくぬくしたいと、切実に願いながら先に進む。
髪は風に乱され、冷たくひえてボサボサ。幼い子どもの毛糸の帽子が目に入り、少し羨ましくなる。すっぽり被っている。耳たぶは帽子の内側に。
耳たぶが痛い。そこに低温が集中するような気がする。そして温かい部屋に入ると痛痒くなる。今はとっても冷え冷えしてると主張。
毛糸の手袋はしている。でも……。
毛糸よりもフリースの方がマシか、網目の隙間から結構な外気が忍び込んで来る気がしている。指先が冷たいと言い出している。
何時ぞやスノボーに行った折のミトンを思い出す。
あれはぬっくぬく。
だけど街ではめて歩く勇気は無い。
そういや靴下。もう、一枚重ね履きをするべきか。着膨れてコロンコロンしていた、田舎の祖母がやっていたみたいに。でも。
朝から幾枚も重ねて着替えるのは、とてつもなく億劫だし、洗濯物が地味に増えるし、自分はまだ若いと思ってるから嫌だ。一応、男子だし。なんか変なこだわり。
なのでこれもそれも今の寒々は、マフラーを忘れたからだということにしておく。
ヒュウゥゥゥ
革靴の中。かじかんだ足元を風が抜ける。ペットボトルがコロカラ転がる。
チラリと、鼻先に落ちてきた一片。雪。
ああ、降ってきた。今日に限ってフードが無い上着を着込んで来てしまった。後悔がぷくぷく、最大限迄膨らんで行く。
チラリ、ハラリ
視線を天に向ける。分厚い鼠色の雲、千切れる様に薄くなっている部分は白い雲、割れた隙間は青い空。そこから、ひとひら、またちらほら、白い存在。
雲が空を覆いつつある、今夜は積もるのだろうか。春に降るしっとりとした羽根のような、はなだれ雪ではない。軽い軽い欠片が、フウワフウワと舞い始める。
ヒュウゥゥゥ
風が雪を舞わす。
――、風が音立て吹いて、空が鳴くと雪が降るの。
昔、知り合いがそう話していたのを思い出す。
小さなひとひらは、よくよく見るとカスミ草の花の様。天使が花園で摘んだそれを、ぷちぷち千切って花だけにしたのを、地上に向かって撒いているのか。
花の名を知っていたのは、あちらこちらでよく見かけるから、知り合いに聞いたから。小さな花が集まるそれが、かわいいから好きだと言っていた。
ハレの日に髪に飾り通り過ぎた知り合いは、今はどこで暮らしているのか。見上げる先は千に万に、重い雲から静かに落ちてくる白い存在。
ヒュゥゥゥという音が当てはまる風、マフラーを忘れた、今日。耳が切れそうな冷たい風が、進行方向から嫌がらせの様に向かってくる。
目に染みる冷たさは避けられない、滲みる冷たさは涙目を誘う。
雪降る前には風が来る。