交差点占い
「絃ちゃん、なにかアイデアなぁい?」
居酒屋「四つ角」の女将が、カウンターの向こうで溜息を吐いた。
コロナ禍での御多分に漏れず「四つ角」も経営が厳しいらしい。
滅多なことは言えないな、と思いつつコップ酒をあおり
「神様にでも縋ってみるしかないかねぇ。」
と応えていたら、ふと閃いた。
「そうだよ女将、辻占でもやってみたら?」
辻占というのは夕方の交差点で、道行く人の声に耳を傾けるという、平安時代から続く占いだ。
四辻は人通りも多いが、逢魔が時には物の怪や神も通る。
有益な御神託が得られると、長く信じられていたのだ。
女将はあまり気乗りしない表情で「ま、絃ちゃんが言うんだから試してみようかな」と頷いた。
「表に立っていればよいだけだし、店は暇だしね」
数日後、「四つ角」の暖簾を潜ると
「あ、いらっしゃい」
と女将が、なんとも奇妙な表情で迎えてくれた。今日も他には客が入っていない。
「やってみたよ。辻占。」
「どんな卦が出た?」と訊ねると
「二人連れの男の人が通ってね。『全殺しだったな』なんて気味の悪いことを言ってたのよ。」
と身震いする。
「そしたら、もう一人が私の顔をチラ見してね、『半殺しに、しとこうや』だって」
思わずプッと噴き出して
「そりゃあ、御萩の話だよ」
と指摘する。
「半殺しは糯米を軽く潰したもので、全殺しは完全に餅にまで搗いたものさ。ホラ、昔話や落語であるネタだよ。方言あるあるの一つだね」
女将は「なあんだ」と胸を撫で下ろした。
「メニューに和菓子を加えとけ、ってお告げかぁ」
「だろうね」と女将に相槌を打つ。
「軽く飲んだ後なら、甘い物を食べたくなるのはよく有ることだ。客単価が上がるだろうし、子供連れにも受けるんじゃないかな? 案外、的を射たお告げかもね」
暴走車が突っ込んで来たのは、この時だった。
店はメチャメチャに壊れ、私は女将と一緒に入院することとなった。
二人して骨折の重傷だが、不幸中の幸いで命に別状はない。
リハビリ室で顔を会わせた女将の顔は明るかった。
「辻占、当たったねぇ。通ってたのは死神と疫病神だったのかも知れないけれど」
そして「やってなかったら、私ら全殺しになっていたんでしょう? 生きているだけで、もうけものだよねぇ」と笑った。
もうけたのは命だけではない。女将の懐には保険金と示談金、まとまった金が転がり込んだ。
あの時、辻占をしたら? の替わりに「強盗でもやってみるか」なんて言わなくて、本当に良かった。