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〈短編〉忌み子と呼ばれた公爵令嬢

作者: 美原風香

「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」


 その言葉を聞いて、私の目の前は真っ暗になった。


 ーーとうとう、来るべき時がきてしまったのね。


 そんな思いを抱く。事実上の国外追放であることは疑うべくもない。この使節団は実質、敗戦したわが国が帝国に差し出す人質だからだ。


「これでやっとあの女がこの国からいなくなるのか」

「ここ数年この国を見舞った災いはあの女のせいという噂ですから当然と言えば当然ですわね」

「あの白髪に青い瞳……不吉以外の何物でもない」

「陛下も寛大ですこと。忌み子には甘すぎる処置ではありませんこと?」

「忌み子と言えど公爵令嬢、これくらいが限界なのだろう」


 耳に入って来る私に向けられた悪口の数々。それは物心ついた時には既に向けられていたもので、もう慣れっこだった。


 傷つきはしない。ただ、自分が「忌み子」であることを強く実感するだけ。


 不躾な、いっそ心地いいくらいの拒絶ーー憎悪といってもいいーーの視線を突きつけられる。

 私はそれでも、最後の意地でーーいや、身についた習慣というだけなのかもしれないがーードレスの裾を持って優雅にカーテシーをする。


 ここで泣き崩れたりすれば、それこそいい見世物になってしまうだろうから。


「身に余る光栄です。精一杯いただいたお役目を果たしてまいります」

「あぁ、頼んだぞ」


 王座からこちらを見る国王は清々しいまでの笑みを浮かべている。厄介払いができた、そう思っているのは一目瞭然だった。


「準備がありますので、私はこれで失礼いたします」

「ああ、許可する。詳しくは公爵から話を聞くがよい」

「かしこまりました」


 本当は最後までこのパーティーにいたかった。向けられた悪意に負けない姿勢を見せたかった。でも、もう限界みたい。


 力の入らない足をなんとか動かして大広間から出ると、待っていた馬車に乗り込んだ。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 私は白髪と青い瞳を持って生まれた。この国ではそのような容姿の女性を「忌み子」という。国に害をもたらす存在とされていた。

 実際、ここ数年この国は多くの国難に見舞われており、それらは全て私のせい。そう言われていた。

 

 忌み子は生まれてすぐに殺されたり、なんとか大人まで生きても投獄されたり処刑されたり、不幸な運命をたどる者が多い。


 その中で私はまだ恵まれた方だったと言える。公爵令嬢として生まれ、現国王の妹であるお母様が必死に嘆願したために殺されなかったし、15歳の今日ここまで生活できていた。


 しかし、そんなお母様も物心つく前に亡くなり、私を守ってくれる人はいなくなった。お兄様もお父様も私を無視し、使用人ですら恐怖や憎悪、嘲りといった目で私を見る。


 これ以上家の名を貶めないために厳しく躾けられたから礼儀作法や勉学は人一倍できるが、それだって幼い頃からできなければ叩かれたために必死に覚えたことだった。

 

「ただいま帰りました」


 家に着くと早々にお父様の書斎に呼ばれた。中に入り声をかけるが一向に声が返って来る様子はない。


 ーー当たり前よね。お父様は私のことが嫌いなのだから。


 内心で自嘲する。「忌み子」として生まれてきた自分に、お父様が微笑んでくれたことはない。むしろ、お前のせいで私の立場は悪くなった、と罵倒されるくらいだ。


 きっと今回の使節団同行も、お父様が提案したことだろう。


「使節団の話は聞いたか?」

「はい」

「お前は第三王子殿下の世話役として行く。家の名を貶める真似だけはするなよ」

「はい」

「出発は一週間後だ。それまでに荷物をまとめておけ」

「かしこまりました」


 機械的に返事をすると、お父様はもう興味がなくなったかのように書類に目を落とす。私は静かに自分の部屋に戻った。


 屋根裏にある自分の部屋は物が少なくて小ぢんまりしている。身に付けるものだけは豪華なものだが、それ以外の持ち物は少なかった。


 その部屋に入った瞬間、私は床に崩れ落ちた。

 

 ーーなんで忌み子として生まれてきてしまったのだろう。

 

 そんな問いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。帝国で人質として暮らす生活が幸せなものであるはずがない。忌み子として生まれてしまった現実に絶望しそうになる。


 でも、死ねない。私を必死に守ってくれた母のために、どんなに死にたくても死ぬわけにはいかなかった。


 ふらりと立ち上がると、ベッドに倒れこむ。枕に顔を埋めて嗚咽を押し殺した。


 その夜は一晩中泣いて、泣いて、泣き明かした。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 一週間後、使節団は出発した。そして二十日の旅を経てテイルズ帝国に到着した。


「ようこそいらっしゃいました」


 皇城の前で出迎えたのは宰相閣下だった。夜に歓迎パーティーまで開かれるらしい。人質とは思えない好待遇に驚く。

 

 だが、考えてもみれば戦争に負けたのに帝国の完全な支配下には置かれていない。それ一つ見れば、帝国はかなり策士であり、そして良い国なのだろう。


 王族が処刑されれば民からの反発は避けられない。それを避けるだけで政治はずっとしやすくなるのだから、当たり前といえば当たり前なのだ。


 案内された部屋で王子殿下の身支度を手伝おうとしたその時だった。


「お前はいい。世話役というのも追放するための名目だろう。俺のそばに近寄るな」


 嫌悪の眼差しに射抜かれる。第三王子殿下と関わったことはなく、私はこの使節団で初めて殿下を見たが、殿下は私のことを知っていたらしい。


 そばにいた他のメイドたちも早くいなくなってほしいという表情で私のことを見ていた。


「わかりました。失礼致します」

「ああ。あと王国の恥なのだから必要以上に部屋から出るなよ」

「かしこまりました」


 頭をさげると足早に自分の部屋に戻る。


 慣れていること。慣れていること。慣れていること。


 そう言い聞かせる。世話役として来たのに、その役目すら果たさせてもらえないことが辛かった。


 持ってきたドレスのうち、青と白のシンプルな、だが、所々にキラキラと宝石が輝くドレスを取り出して立ち尽くす。パーティーに出たくなかった。


 ーーこのドレス、ダメにしてしまおうかしら。


 悪魔の囁き。ドレスがダメになってしまえばパーティーに出ない理由になる。


「ダメね。お父様からも家の名を貶めないよう言われていたじゃない」


 苦笑してその考えを振り払う。忌み子として生まれてしまったのだから、せめて家族に迷惑をかけないようにしなければ。


 手早く準備をする。幼い頃から私付きの侍女はいなかったから自分のことは自分でできる。髪はゆるくまとめ、全体的に目立たないように仕上げた。


 まぁ、この髪と瞳の色だからどんなに場に馴染もうとしても目立ってしまうのだが。


「そろそろ時間ね」


 使節団の後ろの方に紛れて入場する。皇帝陛下の挨拶を聞いた後、立食形式のパーティーが始まった。


「ふぅ、ここならきっと誰もこないわよね」


 大広間の隅っこの暗がりで壁の花になりながら、手に持ったシャンパンを一口含む。ふんわりとぶどうの香りがしてザワザワしていた私の気持ちを落ち着かせた。


「あっ」


 それはたまたまだった。目に入った窓から綺麗な月が見えて思わずバルコニーに出る。


「まぁ……」


 そこには……美しい光景が広がっていた。バルコニーから眺められる庭園には美しい花々が咲き乱れ、それらを右上にかかった大きな月が淡く照らしている。


「ずっと見ていたい……」


 そんなことを思った時だった。


「あぁ、先客がいたのか」


 すぐ後ろから声がしてぎょっとして振り返ると、地味なスーツに茶髪の男が立っていた。


 私はその瞳に目を奪われた。力強い金色の瞳。心の奥底まで見透かすような眼差しが私を射抜く。


 ーー蜂蜜みたい。


 私は彼と少しの間見つめあった。

 永遠にも感じる時。その時は私の冷え切った心をざわつかせた。


 しかし、すぐにハッとする。


「あ、も、申し訳ありません。綺麗だな、と思ってつい……」


 じっと見てしまったことに気づき、慌てて聞かれてもいないのに言い訳をしてしまった。彼に見られていると思うとなぜか落ち着かない。


 そんな私の様子を見て、彼は面白そうに微笑んだ。


「あれを見てみろ」

「えっ」


 戸惑いながら彼が指し示した方を見る。と。


「わぁ!」


 思わず口から歓声が漏れる。それは、さっきまで右上にあった月が美しい花々の真上にかかり、月の光が庭園全体を照らしている光景だった。庭園が、花々が、銀色に発光しているよう。


「ここは夜になるととても美しい景色を見せてくれるんだ」


 彼の声でハッとする。見とれてしまっていたようだ。淑女らしからぬ行為をしてしまったことに思わず頬が熱くなる。


 だが、彼は気にした様子もなく、笑みを浮かべたままだった。


「あの、あなたは一体……?」


 まるでこの光景を見慣れているような雰囲気に首をかしげる。王族に見えないし、だからと言って騎士にも見えない。でも確実に貴族然とした雰囲気。


「あぁ、まだ名乗っていなかったか。俺はヴァンという」


 堂々と名乗るその様子は先ほどパーティーで挨拶した皇帝陛下の様子に酷似している。見た目は全く似ていないが。


 だが、それよりも家名を名乗らなかったことに意識がいった。


 ーー訳あり、かしら。


 そこに突っ込むほど野暮ではない。私は家名に関して何か問いただすことなく、笑みを浮かべて挨拶を返す。


「私はティアフレアと申します。使節団とともにきて今はここに滞在しております」


 相手が家名を名乗らないなら自分も名乗らない方が良い。軽く頭をさげる。


「こんなところでどうしたんだ? 君のようなご令嬢が1人でいるような場所ではないが」

「い、いえ……この容姿ですのであまり皆様の視線の中にはいない方が良いかと……」

「容姿?」


 ヴァン様が怪訝な表情を浮かべる。彼はこの容姿が気にならないのだろうか?


「とても美しいと思うが」

「えっ……?」


 思わず間の抜けた声が漏れる。その様子に彼はいよいよ怪訝な表情になった。


「私は、う、美しいのですか……?」


 頬に冷たいものを感じる。彼の目を見ることができず思わず俯くと、地面に小さなシミができた。その時、自分が泣いていることにやっと気づいた。


「なぜ、泣く」


 頬に触れた冷たい手に驚く。気がつけば彼がすぐ目の前にいて右手を私の頬に添えていた。


「は、初めて言われたので嬉しくて……」

「初めて……」


 彼はなぜか愕然とした表情を浮かべていた。しかし、すぐに表情を戻すと私の腰を引き寄せる。


「えっ」

「いいから」


 頭を彼の胸元にくっつけるような姿勢。恥ずかしいが、それ以上に彼の温もりが私の中にまで入り込み冷えた心を温めていく。


「ここにはお前を傷つける奴はいないから、存分に泣けばいい」


 その言葉に私は思わず嗚咽する。私は彼に縋りつくようにして泣き続けた。

 背中を撫でてくれる手は優しかった。



「なぜ……」


 その呟きは私には聞こえなかった。




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 翌朝。


「んっ……眩しい……」


 陽の光を感じて目を開くと、自分の部屋の天井が目に映る。


「いつベッドに入ったのかしら……っ!?」


 昨夜のことを思い出して体が熱くなる。


「私ったらなんてみっともないことをっ……!」


 思わず顔を伏せる。恥ずかしすぎて足をジタバタさせたい。さすがにそんなことはしないが。

 少しの間悶えて落ち着くと、昨日のことを丁寧に思い出す。のだが……。


「ヴァン様……温かかった……」


 自分の体を抱きしめるようにしてぼんやりとする。彼の温もりが、匂いが、眼差しが、忘れられない。


「もう一度、お会いできるかしら……」


 彼の笑顔を思い出すと途端に体温が上がる。


「この気持ちってなんていうのかしらね……」


 初めて感じる気持ち。戸惑うが暖かくて心地よい。


「ここにはヴァン様が運んでくださったのかしら……」


 泣き疲れて眠ってしまったのだろう。彼に縋り付いて泣いた後の記憶がない。だが、ちゃんとネグリジェを着てベッドに入っていた。


「も、もしかしてヴァン様が着替えさせてくださったのっ……!?」


 コンコン。


 恐ろしい想像をした瞬間、ノックの音が響く。


「誰か来る予定なんてないはずなのだけど……」


 侍女1人ついていない自分に来客というのを不思議に思いながら返事をすると、侍女服を着た少女が入って来た。


「おはようございます、ティアフレア様。今日からお世話させていただくことになりました、侍女のエリカと申します。よろしくお願い致します」


 お辞儀する様子を呆然と見つめる。な、なんでいきなり侍女がつくの……?


「ど、どういうことですか? な、なぜ急に……」


 今回の使節団の中で、私の存在は一応公爵令嬢となっている。侍女を連れてくるのが当たり前で、帝国側がわざわざ侍女を用意しているはずがなかった。


 もちろん、誰かに頼むことは可能だし、言えば用意してくれる可能性が高かったが、私は誰にも頼まなかった。忌み子の世話係なんて嫌がらせ以外の何物でもない。


 それなのに一体なぜ……? 戸惑った表情で見ると、エリカさんが笑みを浮かべる。


「宰相閣下から直接ご指示があったのですよ。ティアフレア様も侍女を連れてきていないのでしたら言ってくださればいいのに」

「い、いなくても平気ですので……」

「あら、宰相閣下からのご厚意を無駄にするおつもりですか?」


 エリカさんの笑顔が怖い……。


「い、いえ、そういうわけでは……」

「わかっていただけて良かったです。では、早速お着替えしましょう!」

「は、はい……」


 顔を引きつらせて頷くと、手早くドレスを着せてくれる。髪をまとめながら、思い出したようにエリカさんが口を開いた。


「昨日はぐっすりお休みになっていらっしゃったのでお召し替えは勝手にさせていただいたのですけど、大丈夫でしたか?」

「あ、エリカさんがしてくださったのですね。ありがとうございます」

「いえいえ。ヴァン様から頼まれて来て見ればドレス姿で寝ていらっしゃったので」


 ヴァン様が着替えさせてくれたわけじゃないことにホッとするが、そんな状態を見られたことに頬が熱くなる。

 エリカさんがにニヤッと笑う。


「あのお方のあんな表情初めて見ました」

「そ、そうなんですね……」


 面白がられているような気がするがなぜだろう……?


「そういえば、ヴァン様って何者なのですか?」


 私の問いにエリカさんは申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「申し訳ございません、それについては言わないように言われておりまして。ただ手紙は受け取っておりますよ」


 エリカさんから白地に金の模様が入ってるおしゃれな封筒を受け取る。微かに震える指でそっと開くと一枚の便箋が出てきた。


『また会おう』


 それだけが書かれて、手紙というにはあんまりな物。だが、ヴァン様の温もりを感じて自然と心が温かくなる。


 その様子を微笑ましげに見られていたことに私は気づかなかった。


「そういえば、ティアフレア様。私に敬語は不要ですよ」


 エリカさんの言葉にハッとする。普通の公爵令嬢は侍女に敬語なんて使わない。侍女と話したことなどほとんどなかったから、うっかりミスをしてしまった。


 いや、外で初めて会った男性に縋り付いて泣いて寝落ちしている時点で今更ではあるのだけど……。


「わかったわ。よろしくね、エリカ。私のことはティアと呼んでちょうだい」

「かしこまりました」


 エリカがいい人でよかった。この容姿を見ても何も言わずによくしてくれることにも、心の底からホッとする。


「今日は何をしますか?」

「そうね……。そういえば、図書館って見ても平気かしら?」


 聞かれて、ふと、前に帝国の図書館について何かの本で読んだことを思い出す。気になって聞いてみると、エリカは頷いた。


「大丈夫です。案内致しましょうか?」

「お願い」


 本は好きだ。ずっと一人だった私が唯一楽しめるもの。王国にいた時も、家から出られないから、よく家にある本を読んで1日を過ごしていた。


 案内してもらいながらそんなことを思い出していると、不意に背後から怒鳴られる。


「貴様! なぜ部屋から出ている!?」


 後ろを振り返ると、そこにいたのは第三王子殿下だった。そういえば、昨日部屋から必要以上に出るなと言われたいたのをすっかり忘れていた。


 ずんずんと大股で近づいてくる様子に恐怖を覚えながらも、頭を下げる。


「第三王子殿下にお目にかかります。図書館に行こうとしていまして……」

「言い訳はいい! 部屋から出るなと言っただろう!」


 怒鳴り声に身を縮める。手を振り上げた気配がした。


 ーー叩かれるっ。


 そう思ってぎゅっと目を瞑る。


 だが、衝撃は一向に来なかった。

 恐る恐る目を開けるとそこには……。


「ヴァン様!?」


 彼が、いた。彼が、私と殿下の間に入り、殿下の手首を掴んでいた。


「何事だ」


 ヴァン様の鋭い声が響く。その声に殿下がビクッと体を震わせた。


「貴様は誰だ」

「質問に質問で返すとは王国の王族は礼儀がなっていないようだな」


 この言葉に殿下が苦い表情を浮かべる。いくら王子であろうと、人質の身。ヴァン様の身分はわからないが、これ以上は強気に出られないのだろう。苦々しげに口を開く。


「そこの女が言いつけを破って部屋から出ておりましてね。主人として叱責しようとしただけですよ」

「ほう。なぜ彼女は部屋から出てはいけないんだ?」

「そんなのあなたには関係ないだろう。そろそろ名前くらい名乗ったらどうだ」


 バチバチに睨み合っている様子にオロオロする。あまりの様子に少しずつ人が集まっていた。


「ヴァン様、私が……」

「黙っていろ」


 決して強くはない。だが、その言葉に漂う明らかに厳しい雰囲気に思わず口をつぐむ。


「そうだな……こんな予定ではなかったのだが、もう明かしてもいいか……。


 ーー私の名前はエヴァンディール・フォン・ミスティナ・テイルズ。昨日ぶりだな、王国の王子よ」


 えっ……?


 その言葉に絶句した瞬間、まばゆい光があたりを覆う。眩しすぎて思わず目をぎゅっと閉じる。


 光が収まった時、目の前にいたのはヴァン様ではなかった。代わりに立っていたのは長い金髪に豪華な服とアクセサリーをまとった男。


 そう、昨日のパーティーで挨拶をしたあの皇帝陛下が立っていたのだ!


 チラッと見えた横顔は彫りの深い顔立ちで、ヴァン様とは似ても似つかない。だが、その金の瞳は、確かにヴァン様の、心の底まで見すかすような澄んだ瞳だった。


 呆然としていると彼が口を開く。


「この国の皇帝には特別な力がある。一族の皇帝になるべき者にだけ代々受け継がれる、自分の姿を偽ることができる力がね。それを使っていたのだよ」

「そんな力っ……聞いたことない!」

「この国の者なら普通に知っているがね。海を渡った先にあるそなたの国にまでは伝わらなかったのだろうよ。むしろ当たり前すぎて、誰も不思議に思わないからな」

「そんな……そんな……」


 殿下は顔を青ざめさせている。人質として、国と国の関係を良好なものに保つために来たのに、皇帝陛下に無礼な行いをしてしまったということに気づいたからだろう。


 私も同じ気持ちだ。むしろ私の方が酷いかもしれない。泣いて縋って、部屋に運んでもらう? 最悪としか言えない。


「しかし、気になるのだが、なぜ、そなたはそこまでティアフレア嬢のことを嫌っている?」


 陛下の問いに殿下が信じられないという表情を浮かべる。それは私も同じだった。


 どういうこと? 陛下は私が忌み子であることに気がついていらっしゃらない……?


 混乱しているうちに、殿下が口を開く。


「当たり前でしょう。その女は忌み子なのです。存在するだけで国に害をもたらす存在を嫌いにならないわけがない」

「忌み子……? そなたらの国では白髪に青い瞳の女性のことを忌み子と言うのか?」


 そなたらの国では? この国では忌み子とは言わないのかしら……?


「まさか……この国では言わないのですか!?」


 殿下が声を荒げる。だが、その様子を気にもとめず陛下は頷いた。


「あぁ、むしろ神の子と言われている」

「「神の子!?」」

「白髪に青い瞳を持つ女性は国に幸福をもたらすと言われている。まぁ、反対に傷つければその国に災いを呼ぶ存在でもあるが。

 そなたらの国では間違った言い伝えが広まったのだろう。そして、白髪に青い瞳を持つ女性に酷い行いをしたために災いが降りかかった。それだけの話であろうよ」


 陛下の話に愕然とする。じゃあ、今までの私の人生は……。


「まあ今は関係なかろう。この話を信じるも信じないもそなた次第だ」


 陛下は一方的にこの話を終わらせた。殿下は未だ呆然としている。


「さて、そなたの処遇は追って伝える。部屋に戻れ」


 陛下はそんな殿下を一瞥すると言い捨てた。


「は、い……申し訳、ございませんでした」

「ああ。ティアフレア嬢は私と一緒においで」

「か、かしこまりました」


 さっと身を翻した陛下に慌ててついていく。殿下の横を通り過ぎた時、彼の表情が愕然としているのが見えた。


 彼の少し後ろを歩く。私たちの間には沈黙が漂っていた。聞きたいことがいっぱいあるが、身分が下の者から上のものに話しかけることはご法度である。私は黙ってついていくことしかできなかった。


「入ってくれ」

「し、失礼いたします」


 ついたのは陛下の執務室のようだった。豪華な調度品が並ぶ部屋は私には不釣り合いで、落ち着かない。


「そっちにかけてくれ。今紅茶を淹れる」

「あ、私が……」

「大丈夫だ。いつも自分でやっているからな」


 陛下が手早く紅茶を淹れる。口をつけるといい香りがした。


「美味しい……」

「俺が淹れられることに驚いたみたいだな」

「そ、そんなことはっ……」

「いや、いいんだ。だが、皇帝をしていると人から恨まれることも多い。口に入れるものは自分で用意したほうが安全なんだ」

「そうなのですね……」


 私には想像もつかない世界。


 もしかしたら、陛下と私は似ているのかもしれない。私は忌み子として生まれ、誰からも愛されずに1人で生きてきた。


 陛下はどうかわからないが、周りの人間が信用できない生活、それはやはり孤独なのではないだろうか。


 そんなことを考えていると、陛下が私を見つめていることに気がついた。首をかしげると、苦笑される。


「何か、聞きたいことがあったんじゃないか?」

「あっ……」


 陛下のことを考えて忘れてましたなんて言えない。顔が熱くなる。と、陛下がわざわざ私の隣に来た。そして、何気ない仕草で右手が頬に添えられる。


「お前はすぐ顔が赤くなるな」

「あ、えと、あの……」


 急なことに驚き、口ごもる。彼の手は昨日とは違い少し温かかった。彼の体温にドキドキする。鼓動が早い。


「神の子について知りたいんだろう?」

「は、はい……」

「この世界を作りたもう女神の姿が白髪で青い瞳なのだそうだ。その姿に酷似した子供ということで神の子と言われている。この国の民であれば多くの者が知っている話ではあるが、不興を買うのを恐れて近づかない奴も多いからな。だからお前に神の子の話が伝わらなかったのだろう」

「で、でも、実際私が生まれてから国は災いに見舞われてっ……!」

「それはさっきも言っただろう? お前を苦しめたからだと。

 大昔にその姿の子供を嬲り殺した皇帝がいたらしくてな、何年もの間国を大きな災いが襲ったらしい。それ以来、神の子は丁重に扱われるようになった」


 初めて聞く話に呆然とする。気がつけば涙が溢れていた。彼の指が私の涙を優しく拭う。


「もうお前を傷つける奴はいない。俺が守ってやる」

「そ、それは神の子だから……?」


 なぜ、こんなことを言ったのかわからない。だが、口をついて出てきたのはそんな言葉だった。


 私の言葉に彼は驚いた表情を浮かべたのち、ふんわりと微笑む。初めて見る優しい笑みに思わず息を呑んだ。


「違う。俺がお前を気に入ったからだ」

「な、なぜ……?」

「昨日、バルコニーに立ってるお前はまるで月から降り立ったかのように美しかった。まずその姿に目を奪われたんだ」


 思わぬ告白に涙が引っ込む。気がつけば彼の目には熱がこもっていた。


「そして、泣いてる姿を見て守ってやりたいと思った。この気持ちが何か俺にはわからない。だが……とにかくお前を守りたいと思ったんだ。だから……」


 ーーずっとそばにいてくれないか。


 彼の瞳を見ればその言葉が嘘ではないとわかる。私の心が温かくなるのがわかった。


 今朝も抱いたこの感情はなんなのだろう……?


 甘くて。

 少し切なくて。

 嬉しくて。

 幸せ。


 この気持ちの名前を私はまだ知らない。だが、一つだけわかったことがある。

 それは、彼と一緒にいることが私にとっての幸せであるということ。


「もちろんです。ずっとお側にいますね」


 その瞬間、彼は固まった。どうしたのかと首を傾げると、彼が満面の笑みを浮かべる。


「綺麗に笑うじゃないか」

「えっ……」


 彼の瞳に映る私は、確かに心の底から笑っていた。


「きっと、陛下のおかげですわ」

「当たり前だろう」


 私たちはお互いに笑い合った。


 窓から差し込む日の光が、私たちのこれからの人生を明るく照らしているようだった。






 読んでくださりありがとうございました!


 「面白かった」「感動した」「後日談が読みたい」そう思っていただけたら☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると嬉しいです!


 感想、評価、お待ちしております!


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[良い点] ストーリー自体としては面白かったと思う。 [気になる点] 「美しい」と言われて嬉しくてすぐ泣きだすという感情の推移に違和感がある。会話文に出てくる敬語が壊滅的・・・。作者様の社会人としての…
[良い点] ティアフレアちゃん可愛い! 素敵なお話でした!
2021/10/10 22:16 退会済み
管理
[一言] え?続きは?? ってなりました
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