Ep1 エビデイ
中学校の教室で、少年と少女は肩を寄せ合い、二人で会話もせずに勉強をしていた。二人きりでいられる満足感を感じながら、まるでお互いが一人で勉強しているかのような、そんな矛盾した空間だった。
夢で見た内容を思い出しながら、俺は高校へと登校した。電車に揺られながら、変わらない景色をながめていた。
まだ暑さの止まぬ9月、夏休みも明けて2週間も経とうとしていたが、だるさは抜けることなく、むしろ日に日に登校する足が重くなっているように感じた。
俺が通う学校はとある県の郊外にある私立高校だ。頭がいいわけでもなく、生徒数が多いいわけでもない。スポーツで強い部活は多少あるが、俺たち普通科はほとんどが帰宅部だ。つまり、とてもつまらない高校生活を送っていた。
しかし、つまらないのはそれだけじゃない。頭の悪い学校特有のアレがクラス内で起きていた。
きっかけは些細なことだった。いや、あいつにしてみれば些細なことではなかったかもしれない。ただ、そのせいでクラスは一瞬で俺にとって地獄と化してしまった。
そんなこんなで学校についてしまった俺は、帰りたい気持ちを抑えて教室に入った。そこから誰とも目を合わせず人の間をすり抜けて窓際の自分の席に向かう。
途中、嘲笑うような視線や、聞こえるような声で陰口いうものもいたが、取り合わずに自分の席へとむかった。
「おはよ~、たくま~。」
「おはよう。」
席について早々に話しかけてきたのは高橋唯。高校1年からの馴染みで、この教室で俺に話しかける数少ない友人だ。
「たくま、今日売店いく?」
「2限終わったらそのまま寄るよ。」
「そのとき私のお昼買っといて~。」
「りょうかーい。」
俺がこのクラスに馴染めない一つの理由に、選択授業の内容がほかの人と違うせいであまり教室にいない、ということが挙げられる。
去年のアホな俺が、先生に言われたとおりに選択数学(進学用数学)と物理、情報など、特別進学科と同じ教室で受ける授業をアホほどとってしまったため、ホームルームと体育以外、ほとんどの授業を特進科で受けることになってしまった。
4限終了後、買っておいた唯の弁当を片手に俺は教室ではなく階段教室といわれる自習用の教室に向かった。
「おせーぞ芦名!」
「おなかすいた~。」
そこにはすでに授業を終えたいつものメンバーが集まっていた。
「はい、弁当。」
「ありがとー!、はいこれたくまの。」
「早く食おうぜ。」
「はいはい、わかったって。」
俺の教室の机から持ってきたであろう弁当を広げ、いつものように談笑して昼休みを過ごした。
今日の授業も終わり、放課後、俺は担任に呼ばれて職員室に向かった。
先生方には。素行の良くない生徒と思われているのか、すれ違うたびに、「こんどはなにでおこられるの?」や、「心当たりがあるんじゃないか?」などとからかわれたが、心当たりがなさすぎてわからなかったため、知らぬ間に何かまたやらかしたかと不安になりながらも職員室にたどり着いた。
「芦名拓真です。失礼します。」形式的な挨拶とノックを行い職員室に入ると、国語の教科担任と担任がもめているようだった。
割って入るのもどうかと思い、職員室の入り口付近で待機していると、それに気づいた担任が手をあげた。俺は、それを確認してそちらに向かった。
俺が近づいても気づかず話し込む国語の教科担任に割り込むように、「先生、失礼します。」と声をかけた。
ざっくり話をまとめると、今度の文化祭での一般公開で行う校内弁論大会に出てほしい、という話だった。
「…少し考えさせてください。」
「やっぱりそうだよなあ。まだ本決まりってわけじゃないし、とりあえず考えておいてくれ。」
国語担当の教師は何か言いたそうな顔をこちらに向けていたが、俺と担任が話し終わるころには自分のデスクに戻っていた。
「で、何を話してたんですか?」
国語担当のあまりの態度に気になってしまった俺は、聞いてもダメだろうと思いながら担任に聞いてみた。
「ああ、ちょっとな。まあ、クラス全員分に目を通して、いいと思ったやつが白鳥先生と私で違ってな。」
なるほど。確かに国語担当の白鳥先生は俺も苦手だ。言いづらそうにしていることも察しが付く。
「で、たのめそうか?」
「いやー、俺あがり症で、、、」
「それに目立つのが嫌なんだろ?」
「まあ、はい。ちょっと今は。」
「私はいいと思うんだけどなあ。」
「やっぱり少しだけ考えさせてください。」
「わかった。」
「っはあ、無理だよなぁ。」
「それ私の顔見て言ってんの?喧嘩売ってんじゃん。」
「ごめんごめん、そういうことじゃない。」
教室に戻るといつものメンバーの一人、佐々木あかりが勉強していたため、一緒に勉強を始めたのだが。
「まったく手につかない。」
「なに、どうしたの。あたしが聞いてやるよ?」
「アカリに相談してどうにかなるのかよ…」
そういいながらも俺は担任に言われたことも全部話した。
「あたしと一緒じゃん。」
「え、アカリも弁論大会でるの?」
「違うよ。それはクラスで一人だろ。」
「それもそうか。」
「あたし、先生に文化祭の合唱コンクールでピアノ弾けって昨日いわれた。」
「あ~、それはしんどいなあ。」
「だよな~。あたしも即答できなくて考えさせてってとりあえず言ったけど。」
「どうする。」
「ん~、さっきまでは断ろうかと思ってたけど、やろうかと思う。」
「え、なんでだよ。」
「あたしもやるからたくまもやりなよ。」
「え、まじ?」
「今から先生に言ってくる。」
「え?」
話は終わったとばかりに、そのままアカリは教室を出て行ってしまった。
「…ていうか俺、え、しか言ってなないのに。まあ、やるしかないかあ。」
そういいながらも、背中を押された気分になり、俺は弁論大会に出る決意をした。
翌日、弁論大会に出ることを担任に報告した。
「もう少し時間かかると思ってたけど、ありがとう。助かるよ。そういえば合唱コンクールの伴奏者も決まったぞ。」
「佐々木あかり、ですか?」
「なんだ、知ってたのか。」
「まあ、あのクラスでピアノ経験者なんて2,3人しかいないですから。」
「確かにそうだな。でもお前なー、あのクラスって、お前のクラスなのに他人事みたいな言い方するなよ。」
「あー、すみません。」
「まあ、お前がクラスにあまり馴染めないのもわかるが。まあこれであとは細かい役割分担と各催しの練習、準備に入るだけだ。本当に助かったよ。」
「いえいえ。これからですよ。」
「確かにそうだな。がんばれよ。」
「はい。わかりました。」
「たくまくん、弁論大会でるんだって?」
「ええ、最初は悩んでいたみたいですが、、、」
私、教師6年目、2年3組担任の佐藤満(女)は、芦屋拓真を弁論大会に出場させるか、いまだに悩んでいた。
「彼の弁論、書き方や伝え方はよくないですが、内容は素晴らしい。」
「はい。自分の実体験、そこから伝えたいことが明確でとても良い内容だと思います。」
「確かに。まあ先生方や生徒の中にはそう思っていない方々もいるようですが。」
「実体験ではないと?どこか、ネットから拾ってきたとでもいうんですか?」
「ざっくりいうとね。でも私は、彼の言葉であの弁論を聞いたら、みな納得すると思っているよ。」
「私もそう思います。ですが、、」
「満先生は彼を弁論大会にはあまり出させたくない。と。」
「いえ、そこまではっきりとは言っていません。ですが、クラスでの現状を見るに、これ以上プレッシャーを与えていいものか、迷っています。」
「というと?」
「ここじゃあれなので、場所を変えませんか?お時間は大丈夫ですか?」
「ええ、どちらへ?」
「国語科の資料室です。」
国語科の資料室はもうほとんど使われておらず、ほこりの被った資料が処分を待つだけの場所だ。過去の教科書、資料集、過去の先生方が使用していたワークや問題集、レジュメなどが乱雑に本棚に立ててある。
その一角に過去の読書感想文、弁論文などが置いてある棚があった。
「ここも随分古臭くなったね。」
「私がこの学校に来た頃からこの状態でしたよ。」
「満先生が新任で来た年か。5年ほど前だったか。」
「ええ、6年経ちますね。その頃の鬼の国語担当も今では教頭ですからね。」
「はは、そうだったな。」
「当時、私もまだまだ若く、何事にも正面から向き合って仕事していました。」
「ええ。懐かしいですね。」
「6年前、全校生徒の弁論を私と、教頭先生、そして当時3-1を担当していた先生で内容確認をしました。あのとき、私が1番いいと思った生徒が佐藤悠馬くんです。」
その名前を聞いて教頭先生は私が何を言いたいか察したようだった。
「いえ、あれはクラスの問題を知っていながら、もみ消した沢口先生の責任であってあなたの責任じゃない。」
「あの時私が、彼ではない誰かを指名していればあれは起きなかったとおもいます。」
「芦名拓真くんは大変聡明です。また、満先生は生徒の目を見て導いている。同じには絶対にならない。それに、弁論大会が原因とも断言はできないでしょう。」
「そうかもしれませんが、、」
それでも悩む私に、教頭先生は言葉を詰まらせた後、目を細めた。
「満先生。あなたが先生として大切にしていることは何ですか?」
6年前、よく聞かれたこと。先生として、先に生きるものとして、どう生徒を導きたいか。
「明日、明後日、先の学校や社会で前を向けるように導く、ことです。」
「6年間であなたも変わったじゃないですか。同じことにはなりません。」
細く開かれた瞳は、当時の先輩を思い出す、嫌みなほどに自信に満ち溢れた先輩のままだった。
「6年前の満先生に、今のあなたを見せたいぐらいだ。当時の君は、、」
6年前の先輩を思い出すついでに、当時言われた小言も思い出した。
「先輩、やること思い出したので戻ります。ありがとうございました。」
このまま小言に付き合いたくはないので、感謝はしつつも逃げ出すように資料室を出た。