即位30年記念式典 10日目 ~幻の魔術師、再び~
【 前回のあらすじ 】
クーデターの混乱に乗じて侵攻してきたヴィヴォルク王国。強襲上陸を行うため送り込んできた船を、ノイシュタットの船が全て全滅させる。その船は第3王子ユリウスが交渉して味方につけた船だった。絶望する第2王子ギオルグは、ユリウス王子に弑されてしまう。
キューキュー
キューキュー
白いカモメたちが鳴いている。しかし、鳥たちの下にはいつもとは違う光景が広がっていた。
朝日は貨物船の残骸に隠れ、鈍い光となって返ってきている。静かに打ち寄せる波は、沈んだ貨物船にかき消されていた。すでにブィヴォルク王国の船員は、捕虜となったか、船と運命を共にしていた。兵どもが夢の跡は静寂と心弛をもたらしている。
いつもと同じ場所。しかしいつもとは違う光景。例年であれば、国王が閉会の挨拶をする王宮の広場には、国王陛下の姿も、エミーリエ王女の姿もなかった。そこにはただ一人、カールがかったブランヘアと日に焼けた顔。海の男と言った方が良い体躯。
第3王子ユリウス陛下。
王子の様子も10日前とは大きく異なっていた。いつもであれば、少しにやけた表情を漂している顔。それは今や、威風堂々たる顔立ちに変わっていた。その眼下にいるのも、初日にいたような住民たちではない。先程まで戦っていた兵士たち。疲れてはいるものの、勝利の余韻に浸る満足げな顔をして、勝者となった主の一言を待ちわびている姿だった。
「皆よ!よく戦ってくれた!我々は少数ではあったが、この国を思う君たちの勇敢さが勝った。我々は勝利したのだ!」
兵たちより大きな喚声が上がる。勝利の瞬間、高ぶった心を更に高めるのは、自分たちの命を賭した相手からの勝鬨なのかもしれない。
「もちろん尊い犠牲もあった。君たちの仲間には、凶刃に倒れた者もいよう!更に!我が国王陛下と、国王陛下を守ろうとした我が兄ギオルグ王子が崩御なされた。」
ユリウス王子は顔を伏せた。兵たちと感情を共有するように。感情を共有するには間が必要であることを十分承知しているように。
「この反乱を起こした者、この国を他国に売り払おうとし、窮地に落とし込んだ者!それは誰か!それは、ブィヴォルク王国であり、それとつながった商人ギルドのウルリクである!ウルリク個人の野望もあったろう。しかし、ギルドという存在そのものが、起こしたと言っても過言ではない!私がいる限り、このようなことは二度と起こさせはしない!今回の勝利は我らが国が生まれ変わる端緒となろう!我を信じ、新たな夜明けを迎えたいと思う者は、勝利の!鬨の声をあげよ!」
多くの兵が勝鬨と共に剣を掲げる。ユリウス陛下と自分たちが進む輝かしい未来、王政復古への忠誠が溢れかえっていた。
◇◇◇◇◇
朝。
オレたち4人は、目の前で二段櫂船が沈没していく様をつぶさに見ていた。まさしくあっという間だった。ハンスは『仲間の船が助けてくれた』と終始喜んでいた。『あれは南の船ですか…』と一言呟いたまま、無言になってしまったエミーリエ王女とは対称的だった。
用意していた隠れ家でハンスは、これまでの経緯を詳しく話してくれた。
ハンスは以前からユリウス王子と懇意にしていたらしい。時々夜に出かけていたのは、王子と仲間との会合を時折行っていたそうだ。初日に歩哨を代わったのも、そういう事情だったようだ。
ハンスはユリウス王子から、誰かがクーデターを起こそうと計画を立てていると聞いた。しかし、誰が首謀者かは分からなかった。そこに、オレがラースに捕まり、ウルリクの情報が手に入ってきた。
「最初は、お前を助けるために、ユリウス王子と相談したんだが、クーデターと関連しているだろうから、協力しているフリをして情報を聞き出そう、ということになったんだ。騙したみたいになってすまん。」
ハンスは頭を下げた。が、すぐに『まさかお前が爆発するとは思わなかったがな』と調子を取り戻していた。ハンス、お前反省する気ないだろう。
「しかし、ユリウス王子はスゴいよ。軍も官吏も全て説得して、ギオルグ王子の親衛隊まで懐柔させちまったよ。全てお見通し、という感じでさぁ。威厳があると思ったら、近所のお兄さんみたいな親しみやすさもあって、いやー、次の王はユリウス王子になったほしいよ。」
ハンスはそこまで言った後、エミーリエ王女の方を見て『しまった』と口を閉じた。しかし、エミーリエ王女は、ハンスの言葉がまるで聞こえていないかのように、窓の外をじっと眺めたままだった。エナが、王女の代わりにとでもいうかのように、ハンスに侮蔑の眼差しを投げかけたが、すぐに王女への労りの顔に変化していた。
それにしても、ハンスはユリウス王子に心酔しているようだ。全てを任せれば問題ないと固く信じている。オレもユリウス王子に会った時に、何でも話してしまいそうになった感覚を思い出した。
「そういえば、ウルリクが『知り合いのおかげで分かった』とか言ってたが、何か知ってるか?」
オレがハンスを疑った原因をハッキリさせておきたかった。ハンスは少しバツが悪そうな顔を浮かべていた。さっきと違い、こちらは素直に反省している顔だ。
「途中つけられていたのは知っていたんだ。ただきちんと撒いたつもりだった。危険な目に合わせてすまなかった。」
危険という意味では最初からそうだった。むしろ危険な状態を助けてくれたのが、ハンスでありユリウス王子だとすれば感謝しかない。素直にそういうと、ハンスは頭を下げた。
「ところで、エミーリエ王女様。王宮の安全が確保できたら、仲間が呼びに来る手筈になっております。このような場所にて恐縮ですが、今しばらくお待ちください。」
エミーリエ王女は軽く会釈をするばかりだった。ハンスは『まいったな』という顔で頭をかいた。しかし仕方がないだろう。ここ数日での変化が大きすぎた。王女であっても心がついていけなくて当たり前なんだ。オレが寄り添ってあげられれば・・・いや、そんな不敬な、でも、素直な気持ちだ。
「それにしても、ブィヴォルク王国はこれからどうするのかなぁ。こんだけ派手にやらかすと、引っ込みがつかないんじゃないかなぁ。」
ハンスは話題を変えるように、独り言を言った。
「ブィヴォルク王国は__」
それに答えたのは、先程まで窓際にいたエミーリエ王女だった。
「ブィヴォルク王国のような大国においても、今回の全滅という結果は大きな損害です。再度攻めてくるということはないでしょう。今後はこちらが有利に交渉を進められます。戦での勝利は外交で活かして初めて意味を持ちます。ブィヴォルク王国との通商は、我が国にとって重要です。それは向こうも同様のはず。おそらく侵攻の言い訳も用意してくるでしょう。交渉役が必要です。」
それまで流暢に話していた王女が、急に押し黙ってしまった。言葉を詰まらせるように、覚悟を決めるかのように。王女の気持ちを察したのか、エナはそっと王女の背中に手を添えた。
「弟は、、ギオルグは、おそらく亡くなったと思います。そうなれば、ブィヴォルク王国と繋がりのある王家は私のみ。私が交渉役の中心にならざるを得ないでしょう。」
気丈な、凛とした表情、声色だった。哀しみなど何も感じていないような、冷たい印象さえ受ける。しかし、今なら分かる。これは、この姿は、エミーリエ王女の『演技』だ。どうすればいい、オレには何ができる、王女様のために。
ドーン!
その時だった。窓の外で大きな音がなった。爆発音。咄嗟に王女を庇うように覆い、音のした方角、窓の外を見やった。
大輪。大きな火の華が柳のように流れていた。花火?誰が?なんの為に?
『クスクス』と笑い声が背中から聞こえてきた。
「エド?何ですか?この呆けた顔は?!」
王女の言葉を受けて、エナとハンスも堰を切ったように大声で笑い始めた。意図せず、オレはオレのやるべきことをやったのかもしれない。
「それにしても、こんな時に誰があんなことを。場合によっては縛首だというのに。」
なぜか唇を舌なめずりしながらエナが疑問を呈した。そう、そうなのだ、誰にも意味がない。ハンスを見ても、肩をすくめるだけだ。
「エミーリエ王女様、ひょっとして『幻の魔術師』ではないでしょうか?」
「ハンス?魔術師は本当にいたの?それは怖いですね?」
冗談めかして言ったハンスに、エミーリエ王女は言葉を返したが、アレは悪乗りしている顔だった。
しかし、そのままの笑顔をオレに向けてきた。
「エド?そんな時は、これからも貴方が背中を守ってくれるのでしょう?」
笑顔で微笑みかけてくれた王女にオレは迷いなく答えた。
「はい、命を賭して、一生御守りいたします。」