即位30年記念式典 8日目 ~クーデター勃発~
【 前回までのあらすじ 】
近衛兵として初めて王女様に呼ばれたエドヴァルドは、道場に呼び出された。そこで王女様の稽古を受けることになった。重い蹴り、武術を体感する中で、エドヴァルドは、かつて子どもの頃、助けてくれたのが、王女様であったことに気がついた。エドヴァルドは自分が王女様を守る時が来たと決意を固めた。
夕刻。
といっても、日はすでに落ち、赤い光が山の光背として残るばかりだ。エミーリエ王女は、夕食を済ませ、すでに自室にいらっしゃる。オレは通常業務として、王宮内エミーリエ王女の部屋近辺を警備している。今日は、エミーリエ王女の自室から、南門付近までを警備する予定だ。
ラースはオレに『王女を暗殺せよ』と指示を出した。しかし、いつという指定はなかった。指示がないからいつでもいいというバカな話は無いだろう。おそらく「チャンスがあればやれ」という意味だと思う。伝言には「指令を待て」とも書かれていた。ということは、近々何か起こるのかもしれない。
それにしても、夕刻以降の王宮はこんなに静かだったのか。祭典期間中で、街中が一日中浮かれていることもあるだろう。余計に静かに感じる。近衛兵が歩くコツコツという音。かがり火がはぜる音。街中から聞こえる喧騒の声。そういった音が鮮明に伝わってくる。
静かな廊下。南門まで歩く。小一時間で往復できる。そういえば初日の歩哨もそれぐらいだったと思う。あの時は、ハンスと一緒だった。ハンスは、妹は大丈夫だろうか。きっとどこか安全な場所にいてくれると信じたい。
ここを曲がれば南門が見えるというところまで来た。静かな廊下。だが、何か違う。音が、流れる雰囲気が変わった気がする。耳をすますと、王宮の外から何やら騒がしい音が聞こえてきた。門で警備している衛兵の声も次第に大きくなってきた。何が起きた?喧騒が次第に大きくなる。嫌な予感がする。
南門の方角から橙の火柱。明らかに人工的な光と分かる。
「敵襲!!」
小さくもハッキリと聞こえた。二拍子の足音が乱雑に混ざる。マズい!きっとラースの言っていた『指令』だ。だとしたら狙いは。
「エミーリエ王女様!」
王女様の部屋に向かう。到着すると、ちょうど王女様と侍女のエナが、部屋の外に出ようとしているところだった。良かった、間に合った!
「エミーリエ王女様!」
周りに他の近衛兵はいない。王のところに向かったのか?いや、そんなことは今はどうでもいい!
「王女様!敵襲です!」
「誰ですか?!」
昨晩のユリウス王子の言葉『ギオルグ王子』が一瞬思い浮かんだが、これも今は関係ない!
「分かりません!ただ敵は南門から攻めてきています。狙いはおそらく王女様です!」
「私ですか?」
「はい!逃げましょう!走れますか?」
「誰に言っているのですか?!」
そりゃそうだ。
「王女様が狙われている、ということは、隠し通路は使わない方がよろしいかと存じます。」
「・・・エナ、それは・・・でも、そうですね。北門から行きましょう。エドヴァルド、よろしいですね?」
「かしこまりました!」
二人は何か含みのある様子だったが、まずは逃げる方が優先だ。
南側の部屋から廊下を抜け、執務室の前を通り過ぎて、謁見式で使った広場に出た。外に出ると、南の方から微かに剣撃の音が聞こえる。そのまま王女守る位置を保ちながら、北門に向かう。
止まらず、あと少しで北門というところまで走ってきた。王女様は、、さすがに息すら切れてない。エナの方も問題なさそうだ。二人ともさすがだ。これなら、逃げ切れる!門まで突っ切る!
「エドヴァルド!!」
後ろからナイフで突き刺すように王女様の声が投げられた。立ち止まり振り返ると、エナも周りを冷たく見回している。
「エミーリエ王女様、囲まれているようです。」
「そのようですね。」
エナが睨みつける周りを見渡すと、左右をファルシオンで武装した男たちがオレたちを囲んだ。20名はいるか。全員が摺り足、上半身をぶらさず、ジリジリと近づいてくる。それなりの手練。更に、その集団の中に、見たことのあるような顔ぶれを数名見つけた。オレを最初にバカにした時と同じ顔。
「エドヴァルド。」
ユルリと重い声、静かにこちらを威嚇するような声、そしてここ数日、聞き慣れた声。声の主の方に顔を向けると、熊のような体躯に能面づらをつけた男がいた。
「ラース!」
ラースがなぜここにいる。攻めてきたのは南門からではなかったのか。
「エドヴァルド、王女を連れて、きてくれ、感謝する。」
連れてくる?どういうことだ?
「王女だけ、狙うわけ、ないだろう。」
あっ__
ずっと『王女』暗殺だとばかり思っていた。しかし、当たり前だ。もしギオルグ王子が王位を狙うなら、現国王陛下と、ユリウス王子も押さえないと意味がない。
「そんな顔を、するな、エドヴァルド。『仲間』、じゃないか。」
そうじゃない、そうじゃないんだ、オレは。
「エドヴァルド?これはどういうことですか?」
エミーリエ王女が無言のオレに声をかけた、気がした。顔を合わせられない。エナを見た。裏切り者を見る目があった。違う、違うんだ、オレは『裏切り者』じゃないんだ__
『連れて、いけ』というラースの指示でオレたちは連行されていった。
◇◇◇◇◇
北門から山手側に少し、王宮内でも堅牢な壁に囲まれた建物、おそらく政治犯のような者が捕らえられるであろう場所に、オレたちは連れられた。
牢は1階にあるが、窓はなく、人が二人ほど寝転べる程度の広さしかない。そのままエミーリエ王女、侍女のエナ、オレは、それぞれ別の牢に押し込められた。横並び、少し離れた場所で、すでに視覚的に王女の姿を捉えられなくなった。
連れ去られる時、王女は特に抵抗しなかった。いや、たぶん抵抗してなかったと思う。オレは、エミーリエ王女を見ることができなかったから想像でしかない。
言い訳をすればよかったのか。これは違う、こんな奴らは知らない、貴方の裏切り者ではないと。しかし、これまで王女を暗殺しようとし、その上でラースを欺こうとし、更に貴方を守ると誓った直後に守りきれなかった。何も達成できなかったオレが、何を言っても、嘘にしか聞こえないように思えて…… いや、それすら嘘だ。エミーリエ王女を見れなかったのは、ただただ自分が情けなかっただけだ。
エミーリエ王女のところから、声も音も聞こえない。話しかければ届くかもしれない。しかし、声すらもかけられなかった。
__しばらく静かに時が経った。
体感的にはまもなく日付が変わる頃か。壁越しに微かに聞こえていた喧騒も聞こえなくなった。すでに王宮は制圧されてしまったのかもしれない。
静寂を破ったのは2つの足音。コツコツと石畳に響く二拍子が合わさらずに不協和音として伝わり、エミーリエ王女のところで停止した。鉄格子に顔を近づけのぞき見ると、二人の見知った顔があった。一人は商人ウルリク、もう一人は…
「ギオルグ、やはり貴方でしたか・・・」
エミーリエ王女の少し強張った声が届いた。ギオルグ王子だった。噂通りギオルグ王子がウルリクとラースの後ろにいたのか、だから、王女暗殺だったのか。
「エミーリエ王女、貴方には__」
「これは、これは、王女様ではありませんか!」
ギオルグ王子が何か言いかけたところを、打ち消すようにウルリクが大声を上げた。
「狭い所にお連れして大変もーしわけございません!今しばらくお待ちください。憎っくきギルド長ヘンリックと、ユリウス王子が捕まり次第、すぐにでも楽にして差し上げますから。」
ウルリクが気持ち悪い笑みを王女様に向けていた。お腹周りのぜい肉が顔から滲みでているようだ。
そんな顔をエミーリエ王女様に向けるんじゃねぇ。向けるんじゃねぇ!
「おい!ウルリク!こんなことをしてみろ!オレについている『幻の魔術師』が火魔術をけしかけるぞ!さっさと王女様を解放しろ!」
ウルリクは、贅肉じみた笑みを、そのままこちらに向けてきた。
「ほうほうほう!魔術師!あの幻の!いいですねぇ。ずっと隠れていらっしゃったので?ぜひご尊顔を拝してみたいみたいものですなぁ。ねぇ、ギオルグ王子!」
「あ、あぁ、魔術__」
「魔術師なぞ、そんな胡散臭いもの、端から当てにしてはいないのですよ?エドヴァルドくん。」
ギオルグ王子の返事を聞かず、ウルリクは饒舌さを増してきた。顔にも舌にも脂が乗りきっているらしい。
「最初から、このクーデターがメインで、暗殺はオマケみたいなものです。それに、あなたのお知り合い?のおかげで、あなたがどういう動きをしているのか分かってましたからねぇ。」
えっ?!知り合い?
どういう意味だ?ハンスのことか?いや、まさか、そんなはずは。でも、確かに色々とおかしなことは多かった。毒薬、秘薬、爆薬、とか、普通持ってないはずのものを、すぐに用意できていた、、ということは、オレはハンスにハメられたのか?そうすると、カーナは?妹は?
「これからお前には『魔術師』として__」
「そう、、『魔術師』といえばだ!」
頭を抱えるオレを無視して声をかけたギオルグ王子の言葉を更に遮って、興奮しながら、ウルリクは続けた。
「王女様のお命を狙う犯罪者!またの名を『幻の魔術師』!その魔術師であるお前の!その陰謀に気がつき、ギオルグ王子は王女を助けるために、王宮に突入した!ギオルグ王子は、その場にいた『幻の魔術師』を一刀で倒すも、時すでに遅し!王女と国王陛下は凶刃に倒されていた!という筋書きだ。どうだ、お前の書いたものより、良い物語だろう!」
そうか、そうだったのか、、ハンス。そういうことだったのか?そりゃずいぶんな喜劇があったもんだ。しがない衛兵のオレが踊らされた挙げ句、最後は魔術師だなんて。配役ミスの極みだ。
「まだユリウス王子が見つかってないのでね、処刑は明日に行う予定だ。その後、ギルドは解散、ギオルグ陛下と私で取り仕切るという算段ですよ!」
楽しそうにベラベラ話し続けるウルリクを、ギオルグは爪を噛みながら睨んでいた。言いたいことを全部言われたようだ。
「ということで王女様。狭いところで恐縮ですが、今しばらくお待ちください。」
ウルリクはエミーリエ王女のところに向かうと、仰々しいお辞儀とじっとりした笑顔を残して、ギオルグ王子とともに去っていった。
◇◇◇◇◇
ウルリクとギオルグ王子の足音が聞こえなるなると、静寂が訪れた。王女の様子を伺うも、何も聞こえない。話し声も、衣擦れの音も。微かに滴がたれ床に落ちる音だけが響く。
「エミーリエ王女様、オレは…」
失望されただろうか、裏切られたと思われただろうか、きっとそうだと思う。何を言っても言い訳にしか聞こえないだろうか。いや、言い訳にすらならないかもしれない。言葉の断片ばかりが浮かんでは消えていく。
「……エドヴァルド。」
エミーリエ王女の声が初めて届いた。気のせいか少し震えているようにも聞こえた。
「先ほど貴方は『私を命を賭して守る』と言いました。その言葉に嘘偽りはありますか?」
「……ありません。」
「だとすれば、問題ありません。」
エミーリエ王女の声は『演技』であるとは思えなかった。
「私も『貴方を信じる』といった言葉に嘘はありません。」
「しかし、私は__」
「そもそも貴方は気持ちが表情に出過ぎです。」
王女の笑い声が聞こえてきた。声しか聞こえない、聞こえないが、少し安心したような、王女様の笑顔が想像できた。
「王女様も、少し感情が表に出過ぎではありませんか?」
「エナ?」
「第一、とても安心できるような状況ではないのですよ?」
「そういえば、そうでしたね。」
「王女様?これからどうしたものでしょう。」
「どうしたものでしょうねぇ。でも…」
二人の様子は分からないが、何となく話すことで落ち着こうとしているのかもしれない。そんな信頼関係が見えた。
「こんなことなら、せめてエドヴァルドと旅でもしてみたかったですね。」
小さくて聞き取りにくかったが、そんな風に聞こえた。今はそう聞こえたと信じたかった。
【お知らせ】
本日の筋肉の出演はございませんでした。目立たなかっただけとも言えます。