即位30年記念式典 8日目 ~組手と気持ち~
【 前回までのあらすじ 】
「毒殺」「射殺」どちらの暗殺計画も無事失敗に終わらせた。更にエミーリエ王女を事故から救った功績から、王宮に呼ばれたエドヴァルドは、王女の前でポージングを取りご満悦だった。しかし、近衛兵として直接王女様を暗殺せよとラースからの指示が来てしまった。
1.長めの椅子に浅めに腰掛け、両足を伸ばす。
2.両手を腰の横に置き、椅子の端を握る。
3.腰を浮かし、ゆっくり腰を真下に降ろしていく。
4.腰が地面についたら、今度は逆にゆっくりと腰を上げていく。できるだけ、肘が直角にしたまま。
今日は上腕二頭筋と上腕三頭筋のお二方だ。昨日、王女様に披露したので、二人共興奮気味だ。10回3セット。ここ数日、色々あったので、筋トレは久しぶりのような気がする。しかしオレの頭の中は別のことで占めていた。もちろん『暗殺』のことだ。
元々『暗殺』を手伝ったのは、自分と妹が助かるためだった。じゃあ、妹が自分の命より大切なのか?それはそうだが、なら、王女を本当に暗殺して終わりだ。じゃあなぜオレは王女様を「殺さない」ようにしたんだろう、「王女様を死なせたくない」と考えたんだろう、、、
「殺すか」
「殺さないか」
考えがまとまらないまま、筋トレを続けた。かわいいオレの筋肉たちは、オレの悩みとは無縁で、呑気なものだ。
昨晩、ラース親分の使いとして、例の商人風の青年が伝言を持って来た。
「近衛兵就任、よくやった。次の指令を待て。」
やはり情報が筒抜けか。『魔術』が効かないなら、万が一を考え、ハンスには妹を頼むと伝えておいた。もうハンスにしか頼れる者がいない。それに、もうここまで巻き込んでしまった。若干の後ろ髪を引かれながら、オレは王宮に向かった。
◇◇◇◇◇
王宮に着いて、連れていかれた場所。執務室でも、謁見する部屋でも、ましてや寝室でもなく、武術道場だった。王宮に着くなり、侍女から『王女様が道場でお待ちです』と冷たく言い放たれた。この人から見られると、蛇に睨まれた気分になるな、、道場では、王女様が道着のようなものを着込んで立っていた。道着からチラリと見える引き締まった手足もお美しい、、
「エドヴァルド!」
「は、はい!」
「今から練習に付き合いなさい!」
「か、かしこまりました!」
王女様の声は、いつものように素敵な声ではあるが、何か違う。何だろう、『いつもよりハキハキしている』というのは失礼か。そう、何だか弾んでいるように感じる。
王女様の姿に見とれていると、侍女から無言で厚手の布の固まりを渡された。疑問に思っていると、どうやらこれで王女様の蹴りを受け止めろということらしい。確かに厚手で柔らかいので、これで受け止めたら衝撃は減るだろう。しかし、これ必要なんだろうか、、、
王女様が半身に構えた。オレも受け止められるよう中段で構える。
「行きます。」王女様がふぅと息を吐いた。
ドゥっ!
「ぐはっ!」
バン!でもバシン!でもない重い音がオレの腕から響く。女性の蹴りじゃない、、思わずたたらを踏む。倒れずに済んだのは、オレの内転筋たちのおかげだ。
王女様と侍女が、へぇーと驚いた顔をしている。
「王女様の蹴りを受けて、倒れなかったのは王女様の師匠以来です。」
いやいや、それは、、、確かにさっきの蹴りは前腕筋群を通り抜けて、打撃が骨まで到達する感じだった。これ、受けるんですか?弱気になりそう、、
「どんどんいくよ!」
「は、はいっ!」
左右、上中下。鞭のような蹴りが様々な方向から飛んでくる。王女様の声にしたがって、受け止める。衝撃の音だけが道場にこだまする。1撃1撃の衝撃が全身に回る。受け止めるだけで汗が出る。
ひとしきり打ち込まれた後、王女様がふぅと息を吐いて、背中を向けた。侍女はいつものことのように布を渡して、王女様の汗をぬぐった。それをみてオレも腰を落とした。この防具がなかったら、骨折れてたかも、、
「んー!久しぶり!気持ちーわー!」
王女様が腕を伸ばして伸びをする。向うを向いているので顔色は分からないが、きっと本当に気持ちよさそうな顔をされているんだろう。そんな声だ。王女様が気分が良いなら、良かったのかな?腕、メッチャ痛いけど、、
侍女が『王女様?』と小声をかけた。咳ばらいをして、こちらを向いた王女様は以前見たような顔になっていた。、、、そうか、、、これが、ユリウス王子がおっしゃっていた『演技』か、、、
「少し、組手を行いたいのですが、、エドヴァルド、できますか?」
「あまりやったことはありませんが、、、多少なら。」
とは言ったものの、厳しいような、、、王女様の打撃を受け止めきれる自信があまりない、、、
そう思っていると、王女様は向けている顔を破顔し、クスクスと笑っていた。
「安心なさい、手加減しますから。」
オレはよほど変な顔をしていたらしい。
「それにしても、エドヴァルド。あなたは気持ちが表情にでやすいですね。こちらが気張っているのが、ばかばかしくなります。」
「、、、昨晩、ユリウス王子にも同じようなことを言われました。申し訳ございません。」
「謝ることはありません。あなたのその顔を、鍛えた肉体を見ていると、こちらが嬉しくなってきます。」
『王女様、下々の者にそのような』と窘める侍女を王女は制して続けた。
「いいんです!さっ、やりましょう?」
「はっ!」
王女が半身に構え、ゆっくりと前手を出す。オレも半身に構え、左手を出し、右手を引く。
「、、、」
「、、、」
静かな時が流れる。緊張感だけが流れる、気持ちのいい時間。
「打ってきなさい。」
王女様の言葉に無言で間合いを詰める。右手を繰り出す。が、気がつけば、腕を取られ、肩を決められ、うつ伏せに倒されていた。
「エド!もう一度!」
「はい!」
何度やっても同じだった。最後は床に組み伏せられた。数回やった後、解放された。オレは息を切らせて、大の字に倒れた。
しかし、王女様、強い、、
これ、護衛要らないんじゃないか?
「、、王女様に、、、勝てる、、人は、いないんじゃないですか?」
「そんなことはありませんよ?」
くるりと振り返り、光る汗をまとった真剣な顔を向けられた。
「武器を持った兵に10名も襲いかかってこられたら、すぐに終わってしまいます。」
なかなか寝つかない子に「早く寝ないと食べられちゃうぞ」というかのような顔。王女様ってこんな表情もするんだ、、
「だからこそ、あなた方のような近衛兵が必要なのですよ?」
王女様が近づき、右手を差し伸べられた。
「大丈夫ですか?」
どこかで見たような。どこで、、
「しかし、さすがです、エドヴァルド。頑丈で素晴らしい肉体です。」
心の奥から出るような素敵な笑顔と声。昔の少女の声と姿が重なった。あぁ、そうか、、、
「王女様、王女様はひょっとして『正義の味方』ですか?」
言葉がついて出た。王女様は何を問われたか分からないような顔をして、しばらく可愛げに逡巡した。
「んー、そうですね。そうかもしれませんね。」
王女様はオレの手を引っ張り、立ち上がらせてくれた。
「エドヴァルド、そういう貴方は?何ですか?」
「オレは何か?」という問い。
オレは、、そうか、オレが欲しかったもの、守りたかったもの、、
オレはそのままヒザをついた。
「私エドヴァルドは、エミーリエ王女を命を賭してお守りする衛兵、近衛兵です。」
「よろしい!エド、信頼してますよ?」
オレが欲しかった笑顔がそこにあった。