即位30年記念式典 7日目 ~第3王子ユリウスの助言~
【 前回までのあらすじ 】
エドヴァルドは、エミーリエ王女を助けたことから、王宮に呼ばれ王女への謁見を許された。謁見に薄着で来るよう言われたエドヴァルドは、様々なポーズを王女の前でとることになった。恩賞として希望を問われ、王女の近衛兵になることを志望した。しかし、それはラースから指示されたものだった。
王女様と謁見した後、控室のような場所に通された。控室といっても、当然オレの家より豪華だ。そして、オレの短パン+白の半袖上着という格好は、部屋の雰囲気に全く似つかわしくない。
ただ、今そんなことに頭は回らなかった。近衛兵に、なってしまった、、、もちろんオレが『希望』したことではある。しかし、なぜ王女様は即答したのか?少しぐらい躊躇するとか、『追って沙汰を』とか言って結論を先延ばしするとか、ありそうなものなのに。ラース親分の指示も、まるで要望が通ることを知ってるみたいな書き方だったけど、、
コンコン
姿勢を正し、扉を開いた衛兵の方を見た。が、入ってきたのは、その衛兵でも近衛兵でもなかった。衛兵をずいと押しのけ、入ってきた男性。少しカールのかかったブラウンヘア。日に焼けた彫りの深い顔。一見すると、王子とは思えない人物、ユリウス第3王子だった。
「ユリウス閣下!」
急ぎひざまずき、頭を垂れる。
「あー、いーよいーよ、そーゆー堅苦しいのは。」
ユリウス王子は、衛兵に『もう行っていいよ』と手を振り、目の前の机にどっかと座った。
「ほら、姉貴を救った英雄さんよ。そんな畏まらず、椅子に座れよ。」
「いや、、しかし、、」
「いーから。早く。何度も言わせんな。」
渋々そして恐る恐る椅子に腰掛けた。
今日は畏まらせてもらえない。無礼講の日でもあるのだろうか。
ユリウス王子は、『へー』と言いつつ、オレを舐めるように見回した。何だろう、これは、、
「あの、、昨日は、、その、お体はご無事でしたのでしょうか。」
目線を逸らしたくて、無理やり話題をふった。自分は気絶したから覚えていないが、事故には王子も巻き込まれたはずだ。
「身体?あー、へーきへーき。途中で速度落ちたしね。」
「ご無事で何よりでございます。」
まるで『昨日少し飲みすぎちゃったよ』ぐらいの勢いで返事が返ってきた。
「ところで、、閣下。どのようなご要件で、こちらに。」
別にやましいことは、、、いや、思いっきりしている、、、最悪処刑されるようなことを、、、
オレが勝手に冷や汗をかいていると、王子は『んー』としばし考えた後、大したことじゃねぇよというトーンで答えた。
「いやな、昨日の英雄がどんなやつか、顔を見たかったんだよ。あれはなかなか鋭い動きだった。」
「いや、英雄だなんて、、滅相も、、」
「謙遜すんなよ。」
王女様を受け止めた場面かな?よくあの一瞬を見れたな。普通、自分が事故の只中なら、そんな余裕はないはずなのに。ん?もしかして爆発しちゃった方?それだったら、めっちゃ恥ずかしい、、
「何かやってるのか?武術とか。」
「いえ、特には。ただ毎日筋肉を鍛えております。」
「あぁそれでか。それで姉貴は、、まぁそれはいいや。」
王子は会得したとばかりにニヤニヤした笑顔を向け、オレの体を見回した。何が『それで』なのか全く分からない。今日のオレには腹に落ちるものが全くない。
「ところで、、」
王子は、これまでの表情から一変、オレに真面目な顔を向けてきた。
「この式典中の1週間、姉貴、、じゃなかったエミーリエ王女を狙った『事故』がいくつか起きてるよな?」
「さ、さぁ、な、なんのこと、でしょう。」
「隠さなくていいよ、知ってんだろ?」
こめかみのある側頭筋付近から汗が出てきて、胸鎖乳突筋にまで届いた。
「巷では『幻の魔術師』の仕業だ!なんて与太話もある。」
「、、、」
大胸筋だけではない。全身の筋肉たちがフルフルと震えだした。
無言のオレを無視して、王子は問うた。
「これ、誰が仕組んだと思う?」
脊柱起立筋がその言葉に敏感に反応し、椅子をガタンと鳴らした。
「ははは、ワリーワリー。言えないよな、そんなこと。」
王子は破顔して声を上げたが、オレは冷や汗が止まらない。ヤバい、ヤバい、、バレてるのか?脇汗がすごいことになっている。
「でも顔に書いてあるぞ。ギオルグ王子じゃないか、ってな。もっぱらの噂だもんな。」
、、、全然、そんなこと考えてなかった、、そんな噂があるのか?知らなかった、、でも確かにギオルグ王子なら、王女がいなくなると、王位継承権1位になるから、一番得することになる。
にしても、オレを疑ってたわけじゃないのか、、な?だったら良かったが、、
「しっかし、お前、本当に分かりやすいヤツだな。表情がコロコロ変わって、おっもしれー。」
「すみません、よく言われます。恥ずかしいです。」
「恥ずかしがることじゃないさ。」
王子が爽やかな笑顔を向けた。この人は人を惹き付ける笑顔をするなぁ。
「感情が分かりやすいヤツ、特にポジティブな気持ちを素直に表せるヤツってのは、人を引き寄せるんだ。お前、これまで結構人に助けられてきたんじゃないか?」
言われて昔のことを振り返ってみた。
ハンスには昔から助けられてきた。今もハンスがいなかったら、死んでたかもしれない。カーナにも助けられるばかりだ。そういえば、小さい頃は、喧嘩の時、女の子にもよく助けられたな。騙されることもたまにあるけど、みんな良い人ばかりだ。
そんなオレの気持ちを読み取るように、王子は頷いた。
「だからな、、」
王子の顔を見た。真剣な眼差しがこちらに届いた。
「そろそろ、助ける側になってほしいんだ。特にエミーリエ王女を助ける側に。」
「、、、」
オレは王女様の近衛兵になった。もちろん王女様を守る、助けるのが仕事だ。だが、それはラースからの指示、つまり王女を助けないことを目的にしている。
『お前はどちら側につくんだ』と問われているようだ。この人と話していると、全て見透かされている気持ちになる。何もかも話してしまいたくなるような。
「あの、、オレは、、」
「姉貴、エミーリエ王女はな、、」
王子はオレの言葉を遮るように続けた。
「綺麗で、聡明で、武術もできる、非の打ち所がない完璧な人間に見える。だろ?」
「、、はい、そう思います。」
そう思わない人を探す方が難しいだろう。
「でもな、それが『演技』だとしたら、どう思う?」
「演技、、ですか?」
「あぁ。」
あれが『演技』だとしたら、相当な実力派俳優だ。
「あぁ見えて、結構やんちゃな人でね。小さい頃は、よく『正義の味方!』つって、街なかで喧嘩してたらしいぞ。」
「そうは見えませんね。」
「そう見えるように努力して『演技』してるからな。」
「そうだとしたら、それはそれで、凄いです。」
「あぁ、だが悲しいことに、、」
王子は本当に残念だという顔をした。この人も随分と表情豊かな人だ。
「その努力は姉貴が『本当に欲しいもの』には繋がらない。」
「、、『本当に欲しいもの』ですか?」
「姉貴に限らず、多くのヤツが『自分が本当に欲しいもの』を知らないんだよ。」
自分のことが分からないなんてことがあるんだろうか。そんな疑問符がオレの顔にみえたのだろう。王子が続けた。
「自分のことを自分が一番良く知っているというのは幻想だ。だが、だからこそ『商売』が成り立つ。相手の持っているものを欲しい時は、まず『相手が本当に欲しいもの』に気づかせてやるんだ。今持っているものより、もっと欲しいものが別にある、とな。すると『私が本当に欲しいもの』を譲ってください、と言って、向こうから、こちらが欲しいものを差し出してくる。」
王子は、鼻をフフンとならした。
「『お前の命が惜しければ差し出せ』というのが、一番強力な『商売』だ。逆に言えば、『己の命は惜しくない』『命より大切なものがある』ヤツは一番手強い。」
「あぁ、、」
オレがラースにやられたやつか。思わず口に出しそうだった。
「お前にもあるんじゃないか?『本当に欲しいもの』が。自分の命よりも大切なものが。」
オレが本当に欲しいもの、、命より大切なもの、、
「まぁゆっくり考えてくれ。とはいえ、明日からお前は王女の護衛だ。護衛として、王女を、姉貴を必ず守ってほしい。昨日みたいにな。」
オレは立ち上がり、無言で敬礼した。
「すまんな、ペラペラ俺ばかり喋ってしまって。今度、お前の話を聞かせてくれ。」
そういうと王子は俺の肩をポンっと軽く叩き、『そんじゃ、そういうことで』と入ってきた時のように、軽めに出ていった。
「オレの『本当に欲しいもの』か、、」