即位30年記念式典 7日目 ~王女拝謁~
【 前回までのあらすじ 】
次なる『王女暗殺』の場所は、パレードでの「狙撃」だった。狙撃を装い、王女の馬車を爆破するつもりだったが、爆弾は不発。その時、王子たちの乗った馬車が王女の馬車にぶつかった。咄嗟に王女を抱きかかえるエドヴァルド。しかし、その後、エドヴァルドは誤って自分が仕掛けた爆弾を踏んで誤爆してしまう。
全身が痛い、、
なんだ、、そうだ、オレ今殴られている、、、
あいつは、、近所の悪ガキたちだ、、、いつもいちゃもんつけて、周りと一緒に殴る蹴る、、、オレが少し大きいからって妬んでるんだろうか、、でも殴りたくないなぁ、、何とか隙をみて逃げ出そうか、、
ん?あれ?
悪ガキたちが殴られている、、、誰だ、あの女の子?
「大丈夫?!だいぶ殴られてたみたいけど、あなた頑丈ね?!」
「き、君は?」
「私?私は『正義の味方』よ!」
ありがとう、、今度はオレが君を、、
、、、、
、、、
、、
目を覚ました。目の前には見知らぬ天井があった。さっきのは小さい頃の夢。しかし誰だったんだろう、あの女の子。近所の子ではなかったけど、、、
それにしても、ここは、、どこだ、、、
見回すと、医務室のような場所のベッドに寝かされていた。ロウソク一本の炎で十分灯りが間に合うほどの小さな部屋だ。
なぜ?ここにいる?
あぁそうか、オレ、爆薬を踏んだんだっけか。人が踏んでも反応しないんじゃなかったっけ。オレの踏み込みが強すぎたのかなぁ。
「気がつかれたようですね。ご無事で何よりです。」
ボーッとしていると、声をかけられた。声の主を探すと、そこに侍女の姿の女性が座っていた。
「あの、どちら様でしょうか。」
「私は、エミーリエ王女様の側女、エナと申します。」
エナと名乗った女性が頭を下げた。こちらも頭を下げようとしたが、軽い痛みと動きにくさが返ってきた。
「痛っ、これは、、」
「あ、無理なさらず、そのままで。」
エナはオレが動かないよう手で制すると、オレが気絶した後のことを説明してくれた。
王女を助けた後、オレは不思議な爆発に巻き込まれたそうだ。もちろんオレとハンスが仕掛けた例の爆薬だ。我ながら情けなや、、それを見た王女様が、即座に指示し、オレを王宮の医務官のところに連れてきた、ということらしかった。で、その日の夜、つまり今、目を覚ましたと。
「しかし、医者が驚いていました。あの爆発で、軽い火傷だけで済むなんて、と。」
『丈夫なだけが取り柄なもので』と答え体を見た。確かに包帯が巻かれてはいるが、手足はピンピンしている。父さん母さん、丈夫に産んでくれてありがとう。
元気そうな姿を見て安心したのか、エナは話を続けた。
「王女様からのご伝言です。もし体に支障がなければ、明日昼過ぎに、王宮に伺うように、褒美を与えるとのことです。それまでここにいることも可能ですが、どうしますか?」
んー、予定外過ぎて、ラース親分もどう動くか分からない。妹が心配だ。体も問題ないようだし、一旦、家に戻ろう。
「いえ、一旦家に戻ります。」
「そうですか。それでは私も王女様にご報告するため戻ります。」
そういって侍女は立ち上がった。部屋を出る直前、『そうそう』と言って、くるりと振り返った。
「忘れていました。王女様からのご指示です。謁見時、甲冑は不要、正装も不要、できるだけ薄着で来るように、とのことです。」
「???は、はぁ、、」
聞いたことのない、意味が分からない指示だ。高貴な方の考えは分からないなぁ。でも、まぁ王女様のご指示だからな。
侍女は部屋を出る時、こちらを向き、唇をひと舐めずりして出ていった。なぜか広背筋に氷を突っ込まれたような寒気を感じた。何だ?今のは?
◇◇◇◇◇
自宅に帰ると、目を泣き腫らしたカーナとハンスが待っていた。「無茶をして、、」と妹には更に泣かれ、「この大根役者」とハンスには苦笑混じりの悪態をつかれた。ひとまず妹が無事で良かった。
良かった、、
しかし、深夜、ラースの伝言として、こないだ来た商人風の青年が手紙を持ってきた。読んだら誰にも見せずに燃やせ、という手紙。そこにはオレの次の『配役』が書かれていた。
◇◇◇◇◇
翌朝。
王宮の指定された場所に向かった。薄手と言われて迷ったが、半袖白い布地の上着と、黒目の短いズボンを履いている。本当にこれで大丈夫なのか?まるで海に泳ぎに行く近所のお兄ちゃんじゃないか。
門を通る時も、兵士に変な目で見られたが、説明すると通してくれた。
通されたのは、小さめの広間。国王陛下が謁見するには小さいが、部屋というには広すぎる。形容が難しいところだ。
中に入ると、複数名が前に立っていた。
近衛兵3名
侍女1名
官吏1名
侍女は昨夜の女性だ。王女様はまだいらしていない。
官吏から、広間の真ん中付近で立って待つように言われ待つ。カッコに違和感有りすぎて、どうにも落ち着かない。
しばらくすると『王女様、御成!』との声。オレはひざまずき、頭を垂れる。頭の上から王女様が広間に入ってきたのを聞いた。
「ここにいるエドヴァルドは、身を挺して王女様をお守りした、あっぱれな衛兵である。よって、王女様より直々のお言葉と、褒美を取らせる。」
官吏の声が響いた。
「エドヴァルド」
「はっ!」
王女様に名前を呼ばれた。王女様の言葉は、それだけで褒美ともいえる程の声だ。腹斜筋も喜びに打ち震えている。
「昨日の、そなたの働き、素晴らしきものであった。」
「もったいないお言葉。ありがたき幸せでございます。」
「、、、」
オレは更なる言葉を待った。
待った。
待っていた、、、
あれ?終わり?
でも、顔を上げて、終わりですか?と聞くわけにもいかず、、、
「、、、エドヴァルド。」
「はっ」
「、、、もう少し、近くに寄りなさい。」
近くに?
オレは頭を下げたまま、中腰で数歩近くに寄った。
「エドヴァルド!」
「はっ」
「もう少し、近くに。それから、立ちなさい。」
「はっ、しかし、、、」
「立ちなさい!!」
王女様の演説ではあまり聞いたことのない強い断定的な口調だ。
「し、失礼いたします。」
オレは更に数歩歩み寄ると、立ち上がった。
数歩前には王女様がいる。オレの方が背が高いので、少し王女様を見下ろす位置になる。
王女様はじっとこちらを見上げている。王女様と目線を合わせるのが怖くて、少しずらすと、王女様は咎めるように声をかけた。
「拳を胸の前で突き合わせて、力を込めなさい。」
「えっ?、、あ、、、」
「早く!」
言われるがまま、オレは胸を張り、拳を合わせ力を込めた。
僧帽筋と大胸筋が盛り上がる。筋肉たちは視線を浴び、小躍りするようだ。
「そのままの姿勢で、拳を上にあげ、力こぶを作りなさい。」
「はっ!」
主役の上腕二頭筋の見せ場であると同時に、見えないはずの広背筋が隠れた主役とばかりにチラリと顔を見せる。
「、、、そのまま、、、後ろを向きなさい。」
「、、、」
静かに後ろを向く。先ほど隠れていた広背筋だけでなく、僧帽筋や脊柱起立筋も主張する。しかし、それは決して邪魔をし合うのではなく、競い合い、絶妙な陰影を作り出す協力者なのだ。
「、、、上着を、上着を脱いで、、、」
小さな声で王女様の声が聞こえたか聞こえないかぐらいのタイミングで、『コホン』と誰かの咳払いが聞こえた。
オレは、はっと我に返り、前を向き改めてひざまずいた。
振り返った際、チラリと王女様の顔が見えたが、少し赤らめていたようだった。気のせいか、、、きっと気のせいだ。
「、、、ほ、褒美を取らせます。」
王女様の声が元のトーンに戻った。
「あ、ありがたき、、、」
そして、オレの方が緊張で声がかすれた。ここからが本番だ。
「何か望むものはあるか?」
「、、、」
言いたくない、いっそ『金銀を』と言ってしまいたい。しかし、きっとバレる。言わねば、、、
「も、もし、可能であれば、、、」
「申してみよ。」
「私は、、、私めを、、、」
あぁ、ままよ、、
「王女様の護衛に当たらせていただきたく、、、」
しばし広間内に沈黙が流れた。
「、、、それは、私の近衛兵になる、ということですか?」
「、、、さようでございます、、」
近くにいた近衛兵から、ザワザワとした声が聞こえてきた。
決して良い内容ではあるまい。だったら、すっぱり断ってくれ。慣例にないとか、身分が違いすぎるとか、色々理由はあるだろ?
「分かりました。そのように取り計らいましょう。」
えっ?!王女様の言葉にオレは顔を上げた。
王女は少しにこやかな顔をしていた。
そうじゃない、そうじゃないんだよ、、、
「明日より、王宮に参りなさい。詳しいことは後ほど別の者から説明させましょう。」
「、、、は、かしこ、まりました、、」
望んでもいない『望み』を口にし、望んでもいないものが望外に手に入ってしまった。仕方がない、仕方がない、のだが、、
オレの頭の中に、手紙に書かれたラースの指示が浮かんだ。
「褒美は王女の護衛役を望め。王女を暗殺しろ。」