次は?
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12……
私には歩きながら頭の中で何かを数える癖がある。例えば家への帰り道に歩いた歩数。通り過ぎる電信柱の本数。隣を横切る車の台数。歩きながら何かを数えていると目的地まで何となく早く着く気がするのだ。
その日はまだ引っ越したてで家の周りに何があるかわからずふらふらと気ままに散歩をしていた。転勤で初めてやってきた街。近くには昔ながらの商店街や大きなショッピングモール、小学校があり、かなり賑やかな雰囲気が満ちた街だ。
散歩もそこそこにスーパーで夕飯の鍋の用意を買い、あと追加で何を作るか考えながら歩いて帰る。最近はぐっと寒くなってきたので夕飯は鍋になりがちである。今日はもやし鍋にするつもりだ。
おや、突然かなり先まで見渡せるまっすぐ伸びた通りに出た。両側には同じぐらいの大きさの戸建ての家が並び「ザ閑静な住宅街」という感じがする。まだあまり通ったことがない道にちょっとわくわくする。
電信柱が等間隔に並んでいて思わず綺麗だなと思った。
1…… 2…… 3…… 4…… 5…… 6…… 7…… 8……
電信柱の横を通り過ぎる度に本数を数えながら歩く。
…………11…… 12…… 13…… 14…… 15…………
つい夢中で歩いてしまった。おそらくさっき曲がらないといけない通りを通過してしまった。まあたまにはそんな日もあっていいだろう。キリよく30本まで数えたら引き返そう。そう思った時だ、声が聞こえたのは。
「次は?」
子どもの声だった。最初私にかけられた声かわからなかった。しかし私が頭の中で1本数える度に合いの手のように「次は?」と楽しそうな声が聞こえる。その声があまりにも可愛らしいので不思議と怖いとは思わなかった。だから私は気にせず数え続けた。
…………25…… 26…… 27…… 28…… 29…… 30
30本まで数え終わった。しかしやはり30本目を数え切った後も「次は?」と聞こえた。
「今日はここまで」
私は少し微笑みながら小さな声で呟き、来た道を引き返そうとした。子どもの声の正体はわからないがちょっと楽しいひと時だった。しかし私はこの時判断を誤ったのかもしれない。
「次は?」
道を引き返しはじめてから2本目の電信柱の横を通過した時、さっきより少し低いトーンの声が聞こえた。私は聞こえないフリをして歩き続けることにした。しかし、突然踏み出した足が動かなくなった。疑問に思う間も無く寒気がして全身に鳥肌が立った。
「次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次は?次はははははははははははははははははははは…………」
耳元に低い声がこだました。さっきまでの可愛さなんて微塵もない無機質な声。私は恐怖のあまり走って家に帰った。しかしその声は家に帰るまでも、帰っても止むことはなかった。私は気がおかしくなりそうになり、知らぬ間に気を失っていた。
さて、これが1週間前の話だ。先週一度気を失い目覚めた後も私は子どもの声に襲われ続けた。「次は?」という声は絶え間なく頭に響く。私は耐えられなくなり自ら耳を潰した。
音が聞こえなくなることなんか気にしていられなかった。常にまとわりつく無機質な声から逃れたかったのだ。今、耳が聞こえなくなって不便なことはかなりあるが子どもの声からは解放されたのでほっとしている。
しかし、今私は新たな悩みに直面している。
昨日、外を歩いている時に変なものを見た。何本か電信柱の横を通った時に気がついた。電信柱の横を通り過ぎる時何か動くものが視界に入ったのだ。
最初は気のせいかと思った。しかしそんなことはなかった。一度立ち止まり電信柱をよく見てみた。するとそこには「口」があった。
そう「口」だ。それは明らかに人間の口の形をしている。口は一つや二つではない。電信柱に所狭しと口がついているのだ。
そしてその口は全て大きく唇を動かしてひたすら私に訴えかけてきた。
「次は?」
耳を失うだけではこの恐怖から逃れることはできないようだ。私は今、目をどうするか悩んでいる。