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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪異調査

作者: 陰角八尋

蒸し暑い夜。眼鏡のレンズに汗が落ちる。舌打ちをして、眼鏡をいったん外してシャツの裾で軽く拭いた。


終電を待ちながら、右手に持つスマホの画面を見つめる。好きなバンドの公式サイトの1番上にある、「大切なお知らせ」が新曲発表や公演決定の類でないことに落ち込んだ。

理由はありがちな、音楽性の違い。


「疲れてるんだよこっちはぁ」


誰もいないホームで、声が出るほど大きなため息をついた。自分以外に誰もいないから、叫んでも良かったかもしれない。



終電で多発している飛び降り事故の調査は、今日で1週間目だ。ベンチに座りながら怪異を待っているが、一向に現れる気配がない。


末端の俺が暇だったってのと、単純に金が欲しからって引き受けたのが不味かった。給料が少ないから、稼げるときに稼いでおきたいと思ったらこれだ。1週間経っても怪異が出てこないなんて、あのクソ上司は一言も言ってなかったぞ。


「アホな君でもできる」と電話越しに言われたときはムカついたし、そこで乗せられて引き受けたってのもある。つまりは俺が悪い。


暇を持て余し、最近チェックしていなかったバンドを調べたらこれだ。新曲が出ていないかと淡い期待を勝手に抱いて、勝手にへこんでいる。


俺は今、世界で一番不幸な男だ。

とはいえ、自分からやると言ったのだからやらなければならない。既に2名、犠牲者も出ている。


最初は単なる自殺かと思われていたが、調査が進められるうちにそうではない可能性が浮上した。


飛び降りた人たちに自殺する理由が見当たらないことが、まず1つ。しかも、全員が後ろから突き飛ばされたかのようによろめき、線路に落ちる様子が監視カメラの映像に残っていたらしい。

運良く生き残った人たちからも、「後ろから誰かに押されたが誰もいなかった」という証言が出ている。


もし相手が怪異なら、警察にはどうすることもできない。

だからこそ、怪異調査を専門とする組織に依頼がきて、俺にお鉢が回ってきたんだろう。


「帰りて」


スマホをポケットにしまう。1週間ぶっ続けで終電を待っても怪異が出てこないストレスに、バンド解散のダブルパンチでもう限界だ。


電車はまだ来ない。俺が一人になれる状況を上司が作ってくれたせいで、話し相手もいない。


怪異が出てくるのは、終電前のホームで客が一人の時だけ。それが条件なら仕方はないが、一週間孤独だと寂しすぎて死にそうだ。しかも、この状況を作るのにいくらかかったのか。そのお金を少しでも俺に分けてほしい。


「はやく帰りてぇよぉぉ…お?」


ポケットにしまったスマホが震え、デフォルトの着信音がホームに響く。画面を見てみれば、大っ嫌いなクソ上司からだ。仕方なく、表示された応答ボタンを押す。


「はい、金沢です」

「やあ金沢君、お疲れ様」

「あ、お疲れ様です」


本当なら、ボロクソに言ってやりたい。ただ、俺より実力も地位も上だから、下手に逆らうと終わる。前に「クソハゲ」と言ったら、仕事量を2倍にされて死にかけたし。


「まだ怪異は出てきてません。本当に怪異は出てくるんでしょうか?」

「あぁうん。ご苦労様。仕事してもらっているところ悪いけど、おそらく君の所に怪異は出ないよ」

「はい?」


クソハゲが何を言っているのか、すぐには理解できなかった。怪異が出るから調べろと言われたんだが?

ふざけるなと言いたかったが、強気には出れない。深く息を吸い、気持ちを落ち着かせる。


「出ないって、どういうことですか?」

「うん、君に言ったとおり、終電時に現れるのは分かっていたんだけども。改めて調べてみたところ、そこの駅の怪異は、油断している者しか狙わないという仮説が立てられてね」

「じゃあ、意味ないじゃないですか。俺、警戒しながら待ってるんですから」

「うん、そうだね」


そうだねじゃない。俺の時間を返せ。


「それで、どうするんですか? 相手を選ぶような怪異ってことは、あいつが作った可能性があるんですよね?」

「『榎本若春』のことを言っているのなら、違うよ。彼はこんな怪異を作らないさ。もし榎本の仕業なら、標的をもっと絞り込むからね」


榎本じゃないなら、この怪異は自然発生したものだ。迷惑すぎる。いやあいつも十分迷惑だが。


「俺はそのまま帰りますけど、問題ないですか?」

「いやそのまま帰っちゃ駄目だよ」

「はい?」

「怪異を仕留めてから帰らないと」

「出ないって言いませんでしたっけ?」

()()()にはね。向かいのホームを見てほしいんだけど……多分そろそろ来るかな」

「来るって誰がですか?」


視線を向かいに移せば、階段から上がってくる赤色の髪が見えた。右に左に、揺れながら上がってきている。酔っぱらっているとすぐ分かるが、それだけじゃない。


狭山(さやま)じゃないですか」

「うん」


後輩だ。髪の毛と同じぐらい、顔が真っ赤になってる。よく立ってられるな。


「かなり酔っぱらっているみたいですけど」

「今日、私の奢りで飲みに誘っていたんだよ。彼、けっこう飲んでたけどホームには辿り着けたみたいだね」


はい?

じゃあ何だ? 俺が今日仕事をしていた間、このクソ上司(ハゲ)と狭山は楽しく飲んでいたのか?

どっちもくたばれ。


「彼には怪異のことを教えていない」

「でしょうね。もし知ってたら、絶対にバックレますよ狭山は」


狭山のアホ面を見ながら立ち上がり、いつでも走り出せるように構える。


「いけそうかい?」

「監視カメラに映るんですけど、良いんですか?」

「あぁそうだね、そこはなんとかするよ。生きてたらまた改めて連絡してくれ」

「縁起でもない。じゃままた後でかけなおします」


電話を切り、集中する。狭山はこちらに気づいていない。白線の内側でちゃんと電車を待っている。


そうして1分もしないうちに、アナウンスが聞こえてきた。向かい側の終電が、レールの継ぎ目を通過するたびにガタンと音を鳴らすのが聴こえる。


「出てきやがった……!」


ちょうどライトが見えてきたタイミングで、狭山の後ろに黒い塵のようなものが集まっているのが見えた。塵は集まり、やがて人型になっていく。


「よくあるタイプじぇねーか」


集まった怨念から生まれる雑魚怪異。あれなら俺だけでも何とかなる。電車がホームに着く数秒前、地面を蹴って走り出す。

怪異もこっちに気づいたみたいだが、もう遅い。白線を越え、ホームの(へり)を踏む足に力を込めて向かい側へと飛び込んだ。


鼓膜を刺激する警笛に、迫る電車のライト。顔を上げてようやく俺に気づく狭山の呆けた面。すべてがスローモーションに感じる。

ここで逃せば、また終電を待たなきゃいけないかもしれない。それだけはゴメンだ。


「失っせろぉぉ!」


まずは憂さ晴らしに狭山を蹴とばす。情けない悲鳴をあげて吹っ飛ぶ狭山を横目に、目の前の怪異へと拳を振るった。


拳に伝わる感触から、攻撃が通ったのを確信する。殴ってすぐ、怪異は一言も発しないまま霧散した。黒い塵は、やがて見えなくなる。

やっぱり、俺みたいにちょっとしか力を持ってない奴でも倒せるレベルだったらしい。何はともあれ、これで終電待ちから解放される。


しかし、横の狭山がゲロる音と、背後で急停車する電車の音を聴きながら気づいた。


「あ、終電」


電車が来た瞬間に、思いっきりホームからホームへ走り幅跳びをしたらどうなるか?


確実に電車は止まって遅延する。俺が乗るはずだった終電は、最悪来ないかもしれない。なら帰りは徒歩かタクシーだ。


「あぁぁぁぁやっちまったぁぁぁぁ」


しゃがみ、頭を抱える。クソ上司は分かっていたのだろうか。落ち込んでいると、ちょっと回復した後輩が恨みがましくこちらを睨んでくる。こっち見んな。


「先輩、何するんですかぁ!?」

「うるせぇくたばれ」

「えぇ!?」


すえた臭いに顔をしかめていると、ポケットのスマホが鳴っているのに気づく。取りだしてみれば、クソ上司だ。ため息をつきながら、応答ボタンを押す。駅に一人という状況を作れるなら、交通費は出るかもしれない。


「はい、金沢です」

「お疲れ様。電話に出たってことは生きてるんだろうけど、大丈夫?」

「大丈夫ですよ一応。ところで今回の仕事って、交通費とかは……?」

「残念ながら出ないよ。ごめんね」


あぁやっぱり。

俺は世界で一番不幸な男かもしれない。

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