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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編小説

全てを許された王子

 


  ある所に全てを許されている王子がいた。彼は何をしても自由だった。何をしても罪に問われる事はなかった。

 元々、彼は善良な人間だった。十八の歳まで、彼は、全てを許されているにも関わらず、犯罪・悪行の類は一切行わなかった。きちんと規則を守り、ごく普通に生活していた。

 ところが、彼が悪行を成すきっかけとなった出来事が起こった。彼はほんのちょっとしたきっかけで、屋敷の中の花瓶を割ってしまったのだった。それは高価なものだと父に聞かされていた。彼は割った後、(これは叱られるだろう)と観念した。だが、彼を叱るものはなく、花瓶が割れた一時間後にはもう綺麗に掃除され、なにもなかったかのようになっていた。彼の父もその事を話題に出しすらしなかった。

 彼は自分が何をしても許されるというのは知っていた。が、彼はこれまで、それを本気に取った事はなかった。だが、この花瓶の些細な一件から、「これは本当なのではないか?」と考えるようになった。彼はそれを試してみたい気持ちに駆られた。

 彼は外に出て、犯罪に相当する事をやってみようと思った。父に念を押した所、「お前がこの国で何をしようと罪には問われないし、責任を問う者もいない」との事だった。彼はまず軽い犯罪から始めようと思った。

 彼は簡単な犯罪から始めた。彼は、行き交う女性のスカートをいきなりめくってみた。まるで小学生のようなイタズラだった。彼は(相手は怒るだろう)と予想したが、相手は怒らず、そのまま過ぎ去っていった。彼は疑問を持って、何度もスカートめくりをした。誰も何も言わなかった。彼は人通りの多い場所に行って大勢の人の前で、女のスカートをめくった。誰も何も言わなかった。

 王子は耐えかねて、スカートをめくられた女の元に行き「どうしてお前は怒らないのだ?」と質問した。女は「王子様ですから」と言った。女は去った。

 そこから、王子の悪行は加速した。彼はどこまで自分の犯罪が許されているのか、確かめようとした。

 私は王子の犯罪を逐一ここに記すつもりはない。それはあまりにも残虐なもので、直視し難いものだからだ。彼自身は残虐な人間でなかったにも関わらず、ただ、彼は自分と人々を試すだけに犯罪を重ねたのだった。

 王子がやったのは、強姦であり、殺人であり、放火であった。女を強姦した後、首を絞めて殺した。ベンチで仲睦まじくしているカップルの、男の首にナイフを突き立てた事もあった。首から鮮血がほとばしり、王子の顔に、女の顔に血がかかった。王子は女に尋ねた。

 「お前は私を殺したくならないか」

 「王子様ですから」

 女は悲しんでいる様子すら見せなかった。王子はますます苛立った。王子は女も殺した。それでも、誰も何も言わなかった。

 王子はあらゆる悪行を成した。彼は街路の真ん中で何人かを並べて、散弾銃で頭を撃つという事もした。彼らはみな従順で、呼ばれたら立ち止まり、銃を向けられても無表情なままで、撃たれる瞬間も、何も感じていないかのようだった。一つずつ頭が吹っ飛んでいっても、それを見ている回りの人間も無表情だった。誰も王子に声を掛けもしなかった。王子は広場の真ん中、人々の集まる中で自慰行為を行った。人を殺した。強姦した。そこには異様な光景が広がっていたが、誰も何とも思っていないようだった。王子はやがて疲れた。そうして彼は「自分は全てを許されている」のが本当だと知った。

 彼は疲れ果てた。彼は屋敷に戻った。そうして召使いの一人に持っていた拳銃を渡した。

 「これで私を撃ってくれ」

 「できません」

 「どうしてだ?」

 「王子様ですから」

 彼は拳銃を奪い取った。彼は父の元に行った。父は書斎で本を読んでいた。王子は質問した。

 「父上、どうして私は何をしても許されているのですか?」

 「お前が王子だからだ」

 「ではこれも許されるのですか?」

 王子は拳銃を父に向けた。父は無表情のまま、「ああ」と肯いた。王子は引き金を引いた。

 王子は書斎を飛び出した。今や悲しい気持ちだった。

 彼は走り出した。彼は人のいない所に行きたかった。今や、彼は人々の無表情を怖れていた。人間というのが怖かった。人間達が何にも怒らず、悲しまず、無軌道で、ただ一つ事を守っているのに吐き気がした。彼は人間が一人もいない場所に行きたかった。

 彼は気づけば小さな山を登っていた。低い山で、頂上からは街がよく見下ろせた。彼は子供の頃、よくそこで遊んだものだった。彼は少年時の自分を思い出して更に悲しい気持ちになった。彼はどんどん道を登っていった。十分も歩けば頂上に出るはずだった。

 道を歩いていると、向こうからおばあさんがやってきた。おばあさんは宗教的な服を着ていて、手には杖を持っていた。一体どんな宗派かはわからなかったが、敬虔な宗教者だとは見て取れた。王子はおばあさんを呼び止めた。

 「おばあさん、ちょっと待ってください」

 「なんです?」

 「あなたは宗教者らしい。…私はこれまで散々、悪行を成しました。私は裁かれなければいけない身です。これで私を撃ってください」

 王子は拳銃を渡した。おばあさんは拒否した。

 「あなたは王子様ですから」

 王子はおばあさんの頭部めがけて、銃を撃った。三発も撃ち込むと、ピクリとも動かなくなった。王子は泣きながら、山を登った。

 彼は頂上についた。そこからは王子の育った世界がよく見て取れた。

 彼は眼下に広がる風景を見ながら泣いていた。子供の頃、同じ風景を見ていた彼は今よりもっと幸福だった。彼は今や、何をしても許されていた。それ故、何者にもなれないのだった。

 彼はこの場所でする事を決めていた。自殺だった。彼はたっぷり一時間も、眼下の風景を楽しんだ後、拳銃の先を口に突っ込んだ。銃口を脳天に向ける。脳が吹っ飛ぶようにと、彼は慎重だった。

 王子は拳銃を唾液で濡らしながら、考えた。

 (もしこれで拳銃すらも、「私には殺せません」と言ってきたらお笑い草だな。…それにしても、私が全てを許されているにしても、私が私を殺すのはそれには矛盾しているはずだ。私は何をしても許されていた。どんな犯罪も許され、誰も私を裁く事はできなかった。だが、私が私を裁く時、私を裁こうとしない人々、そうして私のする事をなんでも許そうとする人々、その二つの論理に背馳する事となる。つまり、私の成すべき事はこれしかない。私は人々に反して死ぬ事になるだろう。私自身として私は死ぬだろう…。…本当に最低の生涯だった。思えば、私はあまりにも恵まれすぎていたのだな)

 彼は引き金を弾く一瞬前、苦笑した。それから、引き金を引いた。彼は自分の頭部の中の何かが吹っ飛ぶ音が聞いた。彼は安らかな気持ちだった。

 山の上に銃声が一発響いた。しかし、人々は無表情のまま、それぞれの規範を守って生き続けていた。




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[一言] 私は、いつもあなたの作品を読んでいて、あなたの作品が好きです。しかし、もっとこうしたらどうではないかと思うことがあったので、ここに書かせていただきます。 小説を書いているはずなのに、思…
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